【第5話】 須佐男 神殿ツアー1
黄昏都。
神殿街を越え、森林を抜けた西の果て。
夜の宮は今日も、穏やかな光の中で朝を迎えていた。
夜姫の背丈に合わせて誂えられた、艶やかな黒檀の丸テーブル。
その上には、乳白色の陶器皿と、繊細な文様を刻んだ銀食器。
コックルたちが作った朝食が、温かな湯気を立てて並んでいる。
六人で囲む食卓には、朝から笑顔があふれていた。
コックルたちはにこにこと、湯気の立つお茶を注ぎながら囁いた。
「夜姫様、天照様と過ごせて良かったねぇ」
「……うん」
夜姫の頬が、林檎のようにぽっと色づく。
昨日――
天照と神殿街を歩いた余韻が、まだ消えない。
天照は夜姫の手を引き、
よく訪れる場所を丁寧に案内してくれた。
市場。運動場。憩いの庭。景色の高台。
どれも夜姫には新しく、
先の涙など、どこかへ飛んでいってしまった。
宮前まで送られた温もりが、
まだ手の中に残っている。
(昨日も……すごくやさしかった
……陽だまりみたいな神……)
脳裏に浮かぶ、
いたずらっぽく笑う琥珀の瞳。
胸の奥が、また熱を帯びる。
――でも。
(今日こそ……“神”として頑張らないと!)
夜を護るために来たのだ。
いつまでも子どもでは、いられない。
伸ばした腕は、まだ短い。
(……早く、大きくなぁれ!)
そう念じた――その瞬間。
バァァァン!!!
夜の宮の扉が、吹き飛ぶ勢いで開いた。
「ひゃっ!?」
「「「「「ぎゃあぁぁぁぁ!!」」」」」
風と砂を巻き上げて乱入してきたのは――
嵐の神・須佐男。
✦
「よぉ! 夜姫ちゃん!」
扉に片足をかけ、
深い翡翠の瞳と小麦色の肌を誇示する精悍な男。
刈り上げた髪をかき上げ、
眩しいウインクと星をばらまく。
⭐︎バチン!(ウインク)
「この俺様に目を付けられるとはな〜!
先が怖いぞ♡」
(……黙っていれば格好いい……黙っていれば)
「よっしゃあ!
神殿ツアー行くぜぇぇぇぇぇぇええええ!!」
気づけば夜姫は――
椅子の上ではなく、須佐男の腕の中だった。
「……きゃ!?」
(え? いつのまに?! どうして?!)
コックル(涙目)
「す、須佐男様……それはダメです!
こ、この夜の宮では……静粛に……ッ」
「夜姫様は今、お食事中です!」
須佐男は夜姫を抱いたまま立ち止まり、
首を傾げて、ぎろりと睨んだ。
高貴な威圧が、空気を震わせる。
「「「「「……っ?!!!!」」」」」
「静粛……?」
血の気が引き、
思わず道を開けるコックルたち。
しかし次の瞬間――破顔。
「知らん!
さあ行くぞ、姫ちゃんっ!!」
(夜姫様が混乱している……!
助けねば……!
しかし……須佐男様だけは無理ィ……!)
✦
「えっ……えっ……ええええぇぇ!?」
須佐男は疾走。
鼻歌まで聞こえる。
「ハッハッハッ! 気持ちいいだろ〜?
俺様なりの歓迎だ!
飯は後で、ゆっくり俺と食おうぜー!」
夜姫は、朝食の果実が逆流しそうだった。
「しかし昨日は大変だったな?
アマちゃんに惚れられ――」
「ほ、惚っ……!?
ななな何の話を――!」
須佐男は呼吸一つ乱さず、涼しい顔で笑う。
「いやいや。
俺のが惚れてるから、よろしくなぁ♡」
(し、死ぬ……)
「さあ! かっ飛ばしてくぜーー!!
しっかり掴まれ〜!!」
「きゃあああ〜〜!!」
夜姫たちは西の森を一気に越え、
神殿街へと駆け抜けていった。
✦
✦ 天照、察知 ✦
✦
白亜の太陽宮の高台。
昇りゆく光を整え終えた天照が、ふと空を仰ぐ。
(……須佐男の神力か。うるさいな)
そして、その奥に――
夜姫の気配。
長い指が欄干を離れ、
無言で闇へ歩き出す。
琥珀の瞳に、わずかな影がよぎった。
「少し、外の空気を吸ってくる」
天照は、
いつもより早い足取りで宮を出た。
✦
「しっかり掴まってろーー!!
ま、落とさねぇけどな! ハッハー!!」
「きゃああああああ!!
降ろしてぇ〜〜!!」
須佐男が夜姫を抱え走り抜け、
最初に足を止めた場所は――
鍛冶の宮だった。
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