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常世神話譚 ー夜姫と最高神の千年恋譚ー   作者: 福山蓮
【第一部 星を見上げる少女】
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【第26話】黒曜の瞳が映すもの

 常世の最も高い場所。

 岩肌と雲の境界。

 神殿でも宮でもない、名を持たぬ高所に、

 久遠は立っていた。


 世界の流れを観測するためだけに存在する場所。

 ここに立つ者は、選ばず、裁かず、ただ“視る”。


 風が久遠の漆黒の衣をはためかす。

 常世の世界が、わずかに軋んでいる。


 ――太陽が、揺れた。


 久遠は視線を下ろす。

 常世の街、そのさらに奥、人間界へと続く境目。

 ほんの一瞬だけ、夜と光の境界が歪んだのを見逃さなかった。


(……早すぎる)


 誰にも聞こえない声で、そう零す。


 太陽神・天照。

 あれほど安定していた神格に、

 今ほど“個”の感情が混じったことはない。


 怒り。

 焦り。

 独占。


 そして――

 それらすべてを肯定してしまうほどの、熱。


 久遠は目を細める。


 視えた未来は、ひとつではない。

 崩壊する世界。

 夜を失った太陽。

 太陽を失った夜。


 だが同時に、

 ありえたかもしれない、輝かしい先も、確かに存在していた。


(……いけない)


 久遠は“選ばない”存在だ。

 ただ、流れを観測し、記録するだけ。


 それでも。


 夜姫の名が、久遠の内で静かに響いた。


 まだ幼く、

 まだ己が“中心”だと知らない夜の神。


 問題は、あの神ではない。


(夜は、ただ夜だ)


 久遠の視線が、太陽宮の方角へ向く。


 最高神が世界を照らす光である限り、

 世界を焼き尽くす熱である限り…


 揺れることなど許されない。


 ふと、遠く視界に星が飛んでいく。


 ──夜の神


 今日も両腕に何かを抱えて、

 星の速さで常世の神殿街を超えて行く。


 並の神なら高度が高く気付かない。


 ◆


 夜姫は空を飛ぶまでに時間がかかった。


 常世に来てから、あの太陽神は熱心に高台の太陽宮の大地で飛び方を教えていた。


 何度か失敗して、真っ逆さまに大地へ落ちた。

 その時も必ずあの太陽神はすかさず受け止めては、自信を与え続けた。


(甘い…甘すぎる。)


 あの冷静な太陽の王が、

 あの神の前ではただのヒトになる。


 凍てつく刃のような琥珀の瞳に、

 柔らかさが滲む。


 多くの神は飛ぶことなど出来ない。

 あの、高貴な嵐の神「須佐男」でさえ。


「……化け物め…」


 久遠が皮肉を込めて呟いた、その直後。


 空気が、わずかに歪んだ。


「…誰がバケモノですって?!」


 目の前には、遠くを飛んでいた夜の神が、

 爽やかに風を纏い、両手にたっぷりの花を抱えて

 微笑んでいた。


「…夜姫様」


 久遠の敏感な感知をどう潜り抜け目の前に浮かんでいるのか…


「久遠…!私の事見てたでしょ?

 あっちから見えたから、よくここにいるよ 

 ね?」


 黒曜の瞳が見開いた。


 久遠は夜姫の姿など、今日まで捉えたことがなかった。


「…やはり、化け物の対は化け物。」


 夜姫は一瞬頬を膨らして、

 ジトリと黒曜の瞳を見つめる。


「はい!どうぞっ」


 差し出されたのは、

 この時期に常世で咲く、淡い黄色の花だった。


 一輪だけ。


 それは、贈る相手を選ぶ花。


「………私に?」


 夜姫は陽の光に照らされ、

 星屑の瞳で微笑んだ。


「今…

  "アマテラス様とお似合い"って

 言ってくれた?♡」


 久遠は僅かに眉を動かす。


「都合の良い方だ…

 確かに貴女以外に対はありえない」


 夜姫は灰青の瞳から星を飛ばし、

 くるりと空の上を回転した。


 銀の束ねた髪が陽光を受けて眩しい。


「…太陽宮へ?

 主は今日はお忙しい。

 お帰りください。」


 夜姫は明らかに落胆の色を浮かべ、

 久遠に詰め寄る。


「えっ!?…そうなの?

 折角こんなに綺麗だったから、

 飾って欲しかったのに…」


 久遠は顔色ひとつ変えず淡々と告げる。


「お引き取りを。」


(どうせ、止めても無駄なのだろうが…)


 夜姫は少女と女の顔で悪戯に微笑んだ。


 この未完成さが危うい…

 久遠は悟る。

 これが距離を間違いかねない原因なのだと。


「よしっ!

 なら、花だけアマテラス様の宮にさして

 帰ろうかな♪」


 空をくるりと舞いながら、

 今日の戦略を練っている。


 止められるものなら、

 今この場で止めてしまいたい。


 ──しかし


「ありがとう…久遠。

 いつも私に優しくしてくれて…」


 善意の微笑み。


 一瞬、時間が止まった。


 少し遠くで「じゃあ…」と聞こえたきがした。


 もう、夜姫は視界に居ない。


 夜の神に自分は一体いつ、

 優しさを見せただろうか?


 主の大切な対。

 運命の歯車。


 それ以上に何かを抱いた事はない。


 今頃、夜の神は太陽宮を訪れ、

 主の心をまた揺らしているのだろうか…


 大きく息を吸って吐く。


 介入は、しない。


 まだ――その時ではない。


 久遠はこの日、

 世界が少しだけ傾き始めたことを記録しながら、

 しばらく常世の高みに立ち続けていた。


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