【第21話】 紅い果実飴編 紅い果実は恋の味
颯が戻ってきたときだった。
店主らしき、大柄な男が後ろから歩いてきて、
手に赤く艶やかな果実飴を握っていた。
太陽の下で宝石のようにきらめく紅。
その甘い香りは、二人の間に歓喜を呼ぶ。
「おぉ、本当に……あの時の嬢ちゃんだな。
こんなに綺麗に育って……
うちの颯には、勿体ねぇくらいだ」
――忘れていない。
夜姫に初めて“食事”をくれた人。
優しさを教えてくれた人。
夜姫は深く頭を下げた。
「あの時は、本当に……
ありがとうございました。
今日は、ちゃんと……支払わせてください」
店主はふと、夜姫の後ろに並ぶ
2柱の「美しすぎる影」に息を呑む。
「……こりゃ驚いた。
嬢ちゃんもだが…
アンタの周りは偉い美形ばかりなんだな…
まさかと思うが…やっぱり
夜の神様なのかい?」
その問いに一瞬、灰青の瞳が揺れる。
「あの日、常世は夜の神様を迎えた日だった。
誰もその姿を見た人間は居ないが…
俺たち親子は嬢ちゃんがそうだったんだろうって、ずっと思ってたんだ」
天照が店主の言葉を聞いている。
(――否定しなければ)
すると、夜姫が首を振る前に…
低く抑えた声が割り込んだ。
「これは夜を統べる神だ。
……俺と、対に在る存在だ」
琥珀の瞳が夜姫を射抜く。
夜姫は灰青の瞳を大きく見開き、天照を見上げる。
天照はいつもの顔で静かに頷く。
「あの……夜を司る神……夜姫と申します」
その声は小さくても、月のように澄んでいた。
店主は胸いっぱいに笑った。
「やっぱりなぁ……
こんな美しい方が神でなくてどうする!
うん…そうか…そうだよなぁ」
だが次に向けられた言葉は
父としての祈りだった。
「夜姫様、一つ頼みてぇ。
コイツはアンタに会えた日からずっと……
ただ、もう一度会えることだけを夢に
生きてた。」
颯は、真剣な眼差しでその言葉を聞いている。
「だから──向き合ってやってくれねぇか。
種族も立場も関係なく、
ただ一人の“想いを持つ者”として」
その声が周囲へ届いていたのか、
音が消えた。
天照も水波女も――何も言わなかった。
店主の大きな手が、颯の背を押す。
颯は飴を差し出し、
震える声で告げる。
「夜姫……
ずっと……好きだった。
今も、それは変わらない。
一緒に……食べてくれないか」
紅い飴が、夜姫の唇へ近づく。
夜姫は一瞬ためらい――
それでも優しく、微笑んだ。
「そんなに想ってくれて……ありがとう。
私……愛されたことなんてなくて……
だから、
とても嬉しかった」
天照が、ピクリと反応する。
颯は希望を浮かべたまま固まる。
しかし――夜姫は続けた。
「私もね……
あの日からずっと……夢を見てたの。
アマテラス様と……
この飴を、一緒に食べる日を」
沈黙。
琥珀の瞳が揺れたように見えた。
気のせいかもしれない。
最高神の熱が、波が、溢れそうな震えが――
夜姫は颯に手を差し出す。
「一本……もらってもいい?」
颯は悟る。
この恋は、届かない。
それでも笑った。
「……うん。
君の夢に……少しでも力になれてよかった」
夜姫は飴を受け取り、
まっすぐ琥珀の瞳を見つめる。
「……一緒に、食べていただけますか」
天照は視線をそらさない。
強いまま――溶けていた。
身をかがめ、
静かに飴へと唇を寄せる。
群衆の息が止まる。
…カリッ
それは口付けのように美しい奇跡。
「……なるほど。
果汁が……たまらんな。」
天照は、噛みしめるように息を吐いた。
そして、少年のような満面の笑み。
最近は見せてはくれない…
幼い頃よく見た景色。
夜姫だけへ向けられた、特別。
その光景に
店主は豪快に笑い、
颯は少し寂しく目を伏せ、
水波女はわずかに目を見開いた。
夜姫の頬は真っ赤。
「……うれしいっ!!」
天照は飴を夜姫の唇へ寄せて返す。
「ほら。
お前が食いたかったんだろ。
食おうぜ」
天照の齧りかけ…
紅い飴が二つ並ぶように赤くなる。
しかし、迷いはない。
夜姫は星屑の笑みで大きく齧った。
カリッ…
「おいしぃ〜〜!
しあわせぇぇぇぇ!!」
人々の歓声が上がる。
拍手が広がる。
太陽と夜。
対の神が並んで笑っている。
祝福の中心で。
初めて、恋は形になった。
この日。
夜は初めて、太陽に触れていた。
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