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常世神話譚 ー夜姫と最高神の千年恋譚ー   作者: 福山蓮
【第一部 星を見上げる少女】
2/31

【第1話】  常世の国へ

 挿絵(By みてみん)


 


 これは、遠い遠い昔の話。

 まだ神と人とが寄り添って生きていた頃の物語。


 神は人を守り、人は神を敬う。

 同じ街で暮らすこともあれば、

 離れ離れに生きることもあった。


 この世界のすべてを含め、

 人々はそれを――常世(とこよ)と呼んでいた。


 常世の国は、大きく二つに分かれている。


 下界と呼ばれる、人間が多く住まう地――常降(とこふり)

 上界と呼ばれる、神々のみが住まう地――黄昏都(たそがれと)


 黄昏都は神気が濃く、

 人が踏み入ることは決して叶わない、憧れの都。


 そこは、人が長く留まることを許されない

 強い神気に満ちた大地だった。


 神は数百、あるいは数千の年月を寿命とし、

 常世の国全土に加護をもたらす存在として

 人々から崇められている。


 神の出自は三つあると語られている。


 神同士の愛から生まれる者。

 人の祈りによって昇る者。


 そして――

 祈りそのものが零れ落ち、形を成した存在。


 常世の最高神・天照は、

 その“例外”だった。


 そして今日。

 同じく“零れ落ちた神”が、

 この国へ迎え入れられようとしていた。


 国中が、祝福の準備に湧いていた。



 ◇


 白い花びらが舞う、春先のこと。


 少女はみすぼらしいローブを深くかぶり、

 常降の街の賑わいの中を歩いていく。


 弦楽と管楽器の華やかな音。

 揺れる旗の色彩。

 甘く香ばしい屋台の匂い。


 そのすべてが、

 生まれて初めて触れる世界のように

 少女の胸を熱くした。


「嬢ちゃん、腹減ってないかい?」


 屋台の主人が声を掛けてきた。

 差し出された大きな赤い果実飴の手には、

 どこか父性の温かさがあった。


「今日は祭りだからな!

 夜の神様が生まれてくれたんだ。ありがてぇ日だ!」


 少女の瞳が、わずかに揺れる。


「……いいの?」


 その瞬間、主人の後ろから

 少年がぴょこんと顔を出した。


「昨日抜けたんだ!

 ずっと痒いの我慢して、昨日まで耐えたんだぞ!

 偉いだろ!」


 前歯の抜けた笑顔に、

 少女は思わずローブの下でクスッと笑った。


「わ~〜!笑ったな!?

 お前だって同じくらいだろ!

 歯がないくせに笑うな〜!」


頬を膨らませて怒る仕草が、ひどく可愛い。


 主人が肩を押さえて宥め、

 少女に紅い果実飴を差し出す。


 ——食事をするのは、初めて。


 そっと口元へ運び、一口かじる。


 カリッ。


 次の瞬間、

 甘酸っぱい果汁が弾けるように広がった。


「お……おいしい~~っ!」


 少女の声が弾む。

 主人は豪快に笑い、少年も跳ねるように喜んだ。


「そんなに腹減ってたか!

 もっと食うか?」


 少女が大きく頷いた、その瞬間——


 ふわり、とローブが外れる。


 陽光を反射する銀の髪。

 月光を湛えたような、淡い灰青の瞳。


 二人は目を見開き、息を呑んだ。


「……わぁ……」


 少年が、信じられないというように呟く。

 主人も立ち尽くしていた。


 少女は慌ててローブを被り直し、

 深く頭を下げる。


 そして、駆け出した。


「本当にありがとう!

 また……絶対来ます!」


 小さな足が石畳を軽やかに打ち鳴らし、

 祭りの喧騒の中へと溶けていく。


 胸の奥が、じんわりと温かい。


 いい街だ。

 優しい祈りに満ちている。


 ——この国を護る神々は、

 どんな姿をしているのだろう。


 春風に背中を押され、

 少女は常降とこふりの街を抜けて行く。


 黄昏都たそがれとへと続く石畳の階段は、高山地帯の麓から始まっている。

 その一帯は祈壇区(きだんく)と呼ばれ、祈祷所や教会が折り重なるように建ち並ぶ、ひとつの街だった。


 少し冷たい風が、頬を撫でる。


 その先で、

 幾重にも連なる石畳の階段が高台へと伸び、黄昏都へ続いている。


 高鳴る胸に、思い切り息を吸い込む。


 少女は一歩を踏み出し、上界——黄昏都を目指した。


 この先に、新しい世界が待っている。


 そして、少女はまだ知らない。


 この国との出会いが、

 淡く、切なく、夢のような——


 千年の恋と祈りの物語の始まりとなることを。




挿絵(By みてみん)




ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

よろしければ、ブックマークして続きをお待ちいただけると嬉しいです。

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