【第12話】 久遠 ——予兆
暗い。
陽はまだ遠い。
星々の息が止まり、
常世が沈黙する刻。
黒曜の瞳が、静かにひらいた。
眠りは不要だった。
この身は、
主を護るためだけに零れ落ちた祈り。
生まれて一度も、
嘆いたことはない。
――昨夜までは。
先見の幻。
それはいつも、
破滅の前触れ。
久遠には、
“先見”という加護がある。
武神たちさえ畏れる、
未来を垣間見る異能。
一手先の動き。
命の切れる音。
常世の崩落。
望まずとも、視えてしまう。
(未来など、覗きたくはない)
それでも――
知ってしまった以上、
関わらずにはいられない。
呼吸が乱れた。
先見が、
二つの未来を映し出した。
ひとつは――
主が、少年のように笑う未来。
そして、もうひとつは――
主が壊れ、
常世が死ぬ未来。
(……愚かな)
湿った夜気へ息を吐き、呟く。
「夢か」
太陽と夜は、
交わってはならない。
それがどれほど、
幸福を奪おうとも。
久遠は高台へ出ると、
背の霊穿をすらりと抜く。
刀身は、陽を飲む闇。
刃先は、静かに死を告げる銀。
「夜の神よ……」
名を思い浮かべた瞬間、
手が微かに震えた。
昨夜の光景が、胸裏を抉る。
天照が見せた、無防備な笑顔。
必死に伸ばされた、夜姫の小さな手。
光が一点に集まる時、
闇もまた、そこへ向かう。
避け得ぬ摂理。
刃が淡く脈打った。
夜明けが近い。
「あの神はいけない」
その声に、迷いはなかった。
主を侵すものは、
神であろうと斬る。
主が望まぬ未来なら、
喜んで地獄の番犬になろう。
久遠は静かに目を閉じる。
「主……
貴方は、
あまりに愚かだ」
それは怒りではない。
嫉妬でもない。
ただ――
愛しすぎた世界を失うことへの絶望。
夜が割れ、
光が差し込む。
新しい一日が始まる。
だが――
この瞬間から、常世は
ゆっくりと死に始めた。
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