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常世神話譚 ー夜姫と最高神の千年恋譚ー   作者: 福山蓮
【第一部 星を見上げる少女】
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【第10話】 太陽宮

 柔らかな風に銀の髪を揺らし、

 二人は白亜の太陽宮へ足を踏み入れた。


 想像していたより――ずっと静かだった。


 剥き出しの石造り。

 飾り気のない白。


 豪奢な権威ではなく、

 絶対的な力だけが息づく宮。


 使い神たちが忙しなく行き交う中、

 天照は夜姫の様子に小さく笑い、歩幅を緩めた。


 宮へ入る前まで包まれていた手は、

 いつの間にか離れている。


 夜姫は、少しだけ寂しくなった指先を握り込んだ。


「アマテラス様の宮って……意外です」


 天照はその意味を悟り、横目で笑う。


「ああ。俺は派手なのが好きじゃない。

 自分の家くらい、静かでいい」


 ――家。


 この偉大な太陽にも、

 休む場所があり、眠る時間がある。


 夜姫には、それが少し不思議で、

 ほんの少し嬉しかった。


 使い神たちの行き交う回廊を抜け、

 二人は中央殿の最奥へ進む。


 彫刻を纏った巨大な石扉が、

 行く手を塞いでいた。


 夜姫には到底動かせそうにない扉を、

 天照は片手で軽々と押し開く。


 ギギギ……。


 眩い光が溢れた。


 扉の向こうは、

 常世を一望する吹きさらしの高台だった。


 押し寄せる風。

 遥か眼下に連なる山々。


 その中央には、

 たった一つの白い玉座が据えられている。


 天照はそこへ腰を下ろすと、

 夜姫に向かってニヤリと笑った。


「少し、力を見せてやる」


 夜姫は大きく頷いた。


 あまりに真剣なその顔に、

 天照は堪えきれず吹き出す。


「ほんっと可愛いな、お前は」


 照れる暇もなく、

 天照は玉座から立ち上がった。


 次の瞬間――

 その身体が、ふわりと宙へ浮く。


 渦巻く光。

 宇宙の息吹を思わせる熱と圧。


 暴風。


 髪が逆立ち、

 琥珀の瞳の奥で赤黒い光が燃え上がる。


 夜姫は立っていられない。

 息をすることさえ忘れてしまう。


 世界が震え、

 光が天照の掌へ収束し――


 爆ぜた。


 ――静寂。


 光の残滓が舞う高台に、

 ただ一柱、天照だけが立っている。


「どうだ?」


 誇示するような声ではなかった。


 ただ――嬉しそうだった。


「お前がどれだけ強くなっても、

 俺は負けない」


 その笑顔は、

 まるで勝負を待ち望む少年のようだった。


 夜姫は胸をいっぱいにして叫ぶ。


「すごいっ……! すごいです!!

 光はどこへ行ったんですか!?」


 天照はケラケラと笑った。


「あれか? 人の世界だ。

 豊穣の加護ってやつさ」


 ――こんな顔で笑う神を、

 夜姫は知らなかった。


 そのとき。


 高台に、黒い影が落ちた。


 開け放たれた石扉の前に、

 硬質な神気を纏った男が立っている。


 夜姫の背筋が自然に伸びた。


「久遠。入るなら声をかけろ」


 天照に仕える使い神だ。


 夜姫は慌てて深く頭を下げる。


 しかし久遠は、

 夜姫に一瞥すらくれなかった。


「天照様。

 ついをお連れになる際は、

 必ず私めにお命じください。


 天照様ご自身が、

 直々に動かれる必要はございません」


(……対?)


 天照は、面倒そうに肩を竦めた。


「俺がやりたいからやってるだけだ。

 今日はもう下がれ」


 久遠は一礼し、踵を返す。


 そして夜姫の横を通り過ぎる寸前、

 その耳元へ冷たい声を落とした。


「太陽は孤高です。

 誰のものにもなり得ない。


 夜の神よ。

 肝に銘じなさい」


 刺すような声音。


 夜姫の胸が、一瞬で冷えた。


 天照にも、

 聞こえていないはずはない。


 けれど彼は、

 久遠の背を見送りながら笑い飛ばした。


「あれは、ああいう奴だ。

 俺に仕えて、一度も裏切ったことはない。

 気にするな」


 それでも、

 胸の内側に小さな不安が残る。


 それを察したのか、

 天照はすぐに夜姫の前へ屈んだ。


 小さな手を、両手で包み込む。


 琥珀の瞳が、

 息の触れそうな距離にある。


「行こう。疲れたんだろ。

 俺の部屋で少し休むか?


 美味いものでも出してやる」


 太陽のように眩しい笑顔。


 夜姫は迷わず頷いた。




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