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春愁の坂にて ─1945年、あの日のそよかぜ派生作品─  作者: 乃土雨


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9/10

三の坂の攻防

  12歳の少女が宮崎県高岡町から熊本県田原までそう簡単に行けるものではない。

 クラももちろんそれは承知の上であった。


 怪しまれずに、しかも確実に藤一郎の元に行くために、クラは男装をし薩軍応援として駆けつける兵士になりすまして田原に向かったのだった。


 七本柿木台場到着は13日早朝。緩やかな坂を登った先にある七本は薩軍が基地としていた。


 薩軍が守っているのは言わずと知れた田原坂。七本からすぐ北にある山だ。この辺りは普段は穏やかな農村で、あたり一面に畑が広がっている。


 田原坂が天下分け目の激戦地言われているのには訳があり、その道幅にあった。薩軍の熊本制圧を防ぎたい官軍はどうしても熊本市内に大砲を配備する必要があった。その大砲を曳いて通れる道が、田原坂の他になかったのだ。

 もちろん官軍の作戦も承知している薩軍は、なんとしても官軍を通すわけにはいかなかった。先に田原に到達していた薩軍は、坂の上から官軍に応戦。地の利を活かした戦法で3月4日から実に9日間坂を守り抜いていたのだ。

 クラが到着した時、薩軍陣営は疲れこそ見られていたものの、まだ勝機を見出そうという野心が溢れていた。


 ──村で聞いちょった感じと違うな。もうみんな戦意喪失してるもんなんかと思っちょった。


 まだ寒い中、朝日に照らされる薩軍陣営で藤一郎を探したが、結局その日は藤一郎に会えなかった。


 クラは気づいていたが、穆佐や高岡から送り出した兵士たちは七本にいなかった。もう、既に藤一郎は命を落としているのではないかと言う思いが過る。


 次の日、クラは戦闘員として戦線に送り込まれた。

 田原坂三の坂の頂上で先発隊の隊士に会った。


 「下手に頭出すんじゃねえぞ。あっという間に撃ち抜かれるからな」

 と土嚢で作った堡塁で隣になった男がクラに言った。


 敵弾が飛ぶ戦場で、クラはもちろん恐怖に震えたが冷静に藤一郎を探している自分にも少し驚いた。

 ふと気がつくと、官軍の射撃音が聞こえない。堡塁内でもなんだなんだとざわつき始める。


 皆が恐る恐る顔を出し始めた。クラも堡塁から頭を出して官軍側の動きを確認しようとした時、堡塁をよじ登って飛び降りながら切り掛かる官軍兵士の姿が目に飛び込んだ。


 ──あ、無理や。交わし切らん。


 と思った瞬間、腹に衝撃を感じた。


 倒れ込む官軍兵士。


 何が何だかわからなかった。


 「大丈夫か!?」


 その声には聞き覚えがあった。声の主は紛れもなく池田藤一郎だった。


 切り掛かった敵の一撃を、クラの腹に腕を回して後方へ薙ぎ倒して交わし、敵が刀を振り切った一瞬の隙を見て、藤一郎が敵の脇腹を刺したのだ。


 クラはまた藤一郎に命を救われた。あの大祭のときのように。


 14日早朝に、官軍は警察内でも剣術に秀でたもののみで構成した「抜刀隊」を田原坂に送り込んだ。


 接近戦になると、薩摩の士族に敵わないと踏んだ官軍が対薩軍組織として用意したものだった。奇襲攻撃であったことで、薩軍側の堡塁を3つ潰すことに成功するが、やはり薩摩士族の圧倒的剣術に押し返された。


 藤一郎がその後クラに駆け寄ることはなかった。クラとも気付いていなかったし、薩軍と抜刀隊が入り混じり、とてもそれどころではなく、クラもまた藤一郎を探す余裕は流石になかった。


 だがクラは満足だった。藤一郎が生きているを分かっただけで十分だったのだ。


 官軍が去り、その日の戦闘が終了した途端、クラは左頬にジンジンとした痛みを感じ始めた。


 どこかでぶつけたのかと思い、手で確認すると先程の官軍兵士にどうやら左頬を切られたようだった。


 「はっ・・・はっ・・・ほんとに切られるんや・・・・怖・・・・」


 基地に帰る道すがらクラは他の隊士に見られないように物陰に隠れて泣いた。



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