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春愁の坂にて ─1945年、あの日のそよかぜ派生作品─  作者: 乃土雨


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西南戦争勃発

 1877年1月29日夜

 鹿児島県にて、私学校党が草牟田火薬庫を襲って火薬、武器類を奪取する事件が起こる。


 2月4日には私学校党の暴挙が全国に知らされることとなる。


 クラ、藤一郎の願いは神には届かず、17日には西郷隆盛を筆頭にした薩摩軍が熊本を目指し北上を開始した。これに呼応するように、クラの集落である穆佐地区からは71名、大淀川を挟んで北隣の高岡地区からは実に527名が従軍。小山田の池田親子も、20日に出征し熊本城にて薩軍と合流する手筈となった。


 出征前の夜、小山田地区ではささやかな壮行会が行われた。


 廃藩置県以前、高岡一帯は薩摩藩であったことから西郷隆盛を神のように崇める人が多く、その西郷自ら指揮を取る今回の反乱は、比較的速やかに政府と折り合いがつくと信じるものがほとんどであった。


 「まあ、俺どんが熊本に着く頃には、もう戦いは終わっちょるかもしれんわ」

 と壮行会の後、クラ宅に立ち寄った池田甚之助がそう言った。


 「ああ、ほんとにそうかもしらんです。無駄骨になるかも知れんけんどん、熊本旅行に行くと思えばいいやないですか」

 とクラの父長次郎も笑って答えた。


 そんな親連中とは少し離れたところで、クラと藤一郎は向かい合っていた。


 「すぐ帰るかい。帰ったら、俺らの将来のこと真剣に話そう」

 と藤一郎はまっすぐクラを見て言った。


 「はい、春頃には色々落ち着くじゃろかい、そん時親にも話します」


 「今年の桜は、一段と綺麗に見えるんやろうな。クラと見たいわ」


 「すぐですかい。まずは熊本に行って、無事に帰ってきてください。それからはずっと一緒におります」


 「待ちきれんわ」


 「はい、オレもです」


 藤一郎を呼ぶ甚之助の声。


 「ああ、じゃあそろそろ行くわ」


 「明日の出発式にも行きますかい」


 「そら頼もしいわ。岡田以蔵の生まれ変わりのクラが見送ってくれたら百人力じゃ。それから、その・・・・」


 「なんですか?」


 「その・・・・ほ・・・他の男のことを好きになったら許さんど」


 「ふふ。心配いらんです。オレはずっと藤一郎さんのことが好きじゃかい」

 クラのその言葉を聞いて、藤一郎は父甚之助のところで走って向かった。途中一度振り返り、絶対やどと大きな声でクラに言ったのだった。

 

 翌朝は夜も明け切らぬ5時に出発となった。他の出征者とともに藤一郎は凛々しい面持ちで熊本へと向かった。


 その後、数日は薩軍の快進撃がクラの住む小山田地区にも届いた。クラは、本当にすぐにでも藤一郎は帰ってくると信じていた。ところが。


 24日、薩軍は熊本城占領を諦める。薩軍の、熊本城を拠点に九州を制圧し、政府軍と対立しようという計画は、政府軍にはお見通しであったようで、いち早く熊本城を炎上させ落城を防いだのだ。(※熊本城炎上には諸説あり)


 そのため、熊本城を占領できず、薩軍は奇襲作戦に失敗。そもそも戦闘能力の高い薩摩藩士の集合体であったため、その後も数日は持ち堪えたものの、圧倒的な兵力と武力を誇る政府軍に徐々に押されていった。


 そして、ついに迎えた3月4日

 薩軍は物資輸送に有利に働く要衝、田原坂を抑えるべく17日間の戦闘に突入する。


 3月9日夕方


 「そもそも、勝ち目は無かったとじゃ・・・」

 沢で野菜を洗っていたクラの耳に、畑仕事を終えて家に帰る村人の声が聞こえてきた。


 「クラちゃん、大丈夫やが」

 ともに野菜を洗っていたサエが、手の止まったクラを見てそう声をかけた。


 気丈なクラも、少し涙声になって

 「じいちゃんも父ちゃんも言いよった。こうなったら終わりやって。田原で苦戦しよると、万が一勝てても次は負けるって・・・・藤一郎さんは・・・田原におるとじゃろうか・・・」

 とサエを見た。


 高岡からの兵士は第5小隊、穆佐からの兵士は6・7小隊に配属され、いずれも田原坂での戦闘に加わっていた。


 「絶対帰ってくるが。藤一郎さんがクラちゃんを残してどっか行くわけないもん。それに、クラちゃんいつも言いよるやない。岡田以蔵の生まれ変わりやって。岡田先生が守ってくださるが」


 「そうやね・・・そうやね・・・オレが弱気になっちょったらいかん。オレは、慶応元年生まれ、岡田以蔵の生まれ変わりやかい!」


 クラはあえて大きな声でそう言って、気持ちを奮い立たせた。


 そして翌早朝。


 クラは誰にも告げずに家を出たのだった。



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