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春愁の坂にて ─1945年、あの日のそよかぜ派生作品─  作者: 乃土雨


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6/10

縁側

 「いやぁ、治左衛門さん。こればっかりはの。どうにもならんわ」


 座敷では祖父治左衛門と父長次郎が甚之助と焼酎を飲みながら難しい話をしていた。


 「まあ廃刀令がきっかけなんわ間違いないやろ。熊本、福岡、萩での乱はそのうち全国に広まるど」

 と長次郎。


 「じゃあじゃあ。どうも薩摩の方でも企てがあるとかないとか。薩摩が決起すりゃあ、流石の政府もちっと考えるじゃろ」

 と甚之助。


 藤一郎もその輪の中におり、頷きながら茶を飲んでいた。

 クラは、もっと自分の晴れ着を褒めて欲しかったが大人たちは士族による反乱の話に夢中になっている。

 クラはそっと襖を開けて、弟と妹が遊んでいる庭が見える縁側に移動した。


 「あ、ねえちゃん。遊ぼうや」

 とマツが声をかける。


 「遊べんよ。着物が汚れるし」

 そう言って縁側に座った。

 風もなく日が暖かい。縁側で日向ぼっこしていたら眠ってしまいそうだ。


 ──薩摩が決起すりゃあ、流石の政府もちっと考えるじゃろ


 先ほどの甚之助の言葉を思い出した。


 ──薩摩は反乱を起こすとじゃろか。士族の身分を無くした政府が憎いんやろうな。


 クラはぼんやりそう思った。


 侍は好きだ。あの生き方、精神、佇まい。だが、今やその身分も無くなり10年になる。正直なところ、今更士族の身分が復活したからと言って、徳川幕府の時のような感覚に戻るのだろうかと言う思いもある。


 廃刀令は、あの大祭での出来事もあって賛成だ。はやり、その気になれば人を切れるものを腰に差している人があちこち居ては安心して買い物もできない。サエも大喜びだった。


 次郎兵衛が棒切れを持って庭を走っている。マツはメンコで遊んでいる。


 「クラも、小さい時は棒切れを持って走りまわっちょったが」


 ハッとして声の方を見ると、藤一郎が縁側に立っていた。

 はっきりわかるくらい心臓がドクンと脈打った。


 「わわわ、藤一郎さん」

 変な驚き方をしてしまった。


 「寝ちょったとや?」

 藤一郎が笑いながらクラの横に座った。


 「ね・・・ねね寝ちょりません!」

 背筋を伸ばしてそう答えた。鼓動が早く激しくなる。顔も紅潮しているのだろう。どんどん熱くなってきた。


 「藤一郎さん、お話は?」


 「ああ、ちょっと・・・つまらんかったかい抜けてきた」

 と奥の父親に聞こえないように囁き声で言った。


 「へ・・・へぇー。先生でもそんなことあるんやね・・・」

 藤一郎をの横顔を見たかったが、藤一郎が目線を自分に向けた時、変な顔になってやしないかと思うと恥ずかしくて、まっすぐ庭を見たままクラは答えた。


 「争いごとの論議は好かんとよ。父上に言ったら、この根性なしがって怒鳴られるかい、黙って聞くようにしちょる」


 その言葉に、クラは思わず藤一郎の方を向いた。藤一郎は自信なさげな表情で少し俯いている。


 胸がちくっと痛む。そして何かに締め付けられるような苦しさを感じる。なぜだか、涙が溢れてくる。


 ──化粧が崩れる!


 とハッと我に帰って素早く庭の方に顔を戻す。


 「薩摩が決起したら、父上はオレを連れて軍に合流するち言いよる」


  元日だと言うのに、目の前を黄色い蝶が横切る。



 「そりゃあご立派なことです。オレも男やったらそんげしちょったやろ」

 クラは蝶を目で追いながら言った。藤一郎の言うことに、現実味がなさすぎて理解が追いつかなかった。


 「なりません」


 「え?」 


 「クラが危ないところに行くのは、なりません。まして戦場など。ここにおんなさい(居なさいの意)」


 「は・・・はい」


 ──あれオレ今悪いこと言うたんやっけ?藤一郎さん、真剣な顔や。怒ったんやろか・・・


 「クラ」


 「はい!」

 藤一郎が立ち上がりながらクラを呼ぶ。クラも咄嗟に答える。 


 「初詣、行こうや」

 笑顔で藤一郎がクラに言った。



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