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春愁の坂にて ─1945年、あの日のそよかぜ派生作品─  作者: 乃土雨


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なりません

 慶応元年5月11日(西暦1865年7月3日)明け方

 現在の高岡町 穆佐むかさ 小山田にある農家で女の子が生まれた。


 父長次郎、母タケ共に19歳の歳での出産で、祖父の治左衛門は大いに喜び、この子は必ず出世する、蔵のある立派な家に嫁ぐことになると言い、女の子の名は「クラ」となった。


 奇しくも、この日。

 土佐勤王党、天誅の名人、人斬り以蔵こと岡田以蔵が土佐にて打首となった。


 クラの家はクラに続き一つ下に弟次郎兵衛、三つ下に妹マツが生まれ、祖父母合わせて7人家族となる。


 そしてマツが生まれた1868年初夏。

 江戸城が開城され265年に及んだ徳川幕府体制が終わりを迎えた。同年より元号は明治に改められた。

 

 「なりません!」


 クラが3歳半になろうかという年末。

 木の枝を腰帯に差し込んだクラが庭に立ち、「気をつけ」の姿勢で家の縁側に向かってそう言った。


 「ほう、クラ。何がならんとや?」


 縁側には小山田地区の長、池田甚一郎の孫藤一郎10歳が座っていた。縁側から庭に向かって足を出して腕を組んで座り、大声を出しているクラを少し笑って見ていた。


 「クラはしまづのとのさまにおつかえするんやもん。しまづがなくなるて・・・それはなりません!」


 「じゃかい島津はなくならんて。殿様がおらんなるとよ」


 「いっしょです!」


 今日は地区のまとめ役である池田一家が家に来て、幕府なき後の村の体制について説明しに来ていた。クラの祖父と父は奥の客間で池田からの話を聞いていた。その間、クラと藤一郎は縁側付近で時間を潰しており、その最中、藤一郎がクラに幕府に変わって政府が政治を行う旨の話をしたところだった。


 この地区には南北朝時代にあった穆佐城という山城があり、15世紀に廃城となっている。一時は足利尊氏の直轄城であったことや、伊藤氏対島津氏の戦ではその舞台となった城であった。

 

 実は池田家はその最後の当主であった島津家が何代か上の祖先に当たるのだとかいう噂で、代々この地区のまとめ役としての役割を担っていたのだ。


 つまり、世が世なら穆佐城当主であったであろう池田家に、侍に憧れていたクラはなんとなく忠誠心のようなものを感じていた。


 「ははは。クラは面白いわ」

 藤一郎はクラを侍好きの女児として見ており、その立ち振る舞いが妙に面白く、家に何度も遊びに来る仲であった。

 室内で遊ぶことより、外でチャンバラ遊びをしたがったり、藤一郎にも臆せず意見を言う等、クラは男の子顔負けの侍っぷりを見せていた。


 「とういちろうさま!わらいごとやないが!」


 必死にそう訴えるクラが、やはり藤一郎にはどうにもおかしく感じられるのだった。



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