表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
3/7

三日目

 キースは午前中に仕事を片付けてくれるらしい。待ち合わせは昼食を食べ終えてからの十三時だった。


 朝食を食べ終えた由美は、ぐるりとホテルを散策することにした。最低ランクの部屋でも一泊十数万円するような最高級ホテルという訳ではないが、それでも、背伸びし過ぎたと由美が痛感するほどには高級なホテルだ。


 グランドピアノを貸し出してくれたり、プールやエステサロンもあったりと、色々な事実が発覚して、ホテルを探検するのも中々に楽しかった。


 約束の十三時に由美を待っていたのは、黒塗りの長い車だった。乗車してみると案の定、座席はロの字型で、キースが堂々と座っている。


「……なんか、似合う」


 由美はまじまじとキースを見つめた。大衆店に出入りしている姿や、量産品を身に着けている姿がどうしても想像出来ない。上流階級の人間の凄みのような何かが彼全体から醸し出されている。


「そうか?」


 そんな会話をしている内に出発する車。運転席への扉は締め切られていた。


「どこに行くの?」

「ロデオドライブだ」


 由美は昨日の情景を思い出した。ウインドショッピングをして周った超高級店の並ぶ通り。勿論店の中に入る勇気は持ち合わせていなかったが、それでも自分には場違いだという感想を持った。


「由美さんは、パンツスタイルが好きなのか?」


 そんなキースの言葉に、由美は自分の服装を見下した。一昨日も、昨日も、今日も、彼と会うときはズボンだ。一昨日は偶然だが、昨日と今日は無意識……という訳ではない。


「キースが着飾ってる女の子が嫌いって言ってたから」


 そんな由美の言葉にキースははっと目を見開いた。それから彼は少しだけ目を細めて言った。


「僕は、由美さんをそんな風に思っていない」

「……うん、そっか。ありがとう」


 その後、社内は沈黙に包まれたが、由美は気まずさを感じなかった。目線が触れ合ったらお互いに口角をあげるし、ちょっとしたアイコンタクトを挟む。むしろ落ち着いた雰囲気が由美は心地良かった。


 静かに車が止まり、キースに手を取られて車を降りる。自分が昨日盗み見した光景に酷似していて、少しだけおかしかった。デジャヴというやつだ。


 そのまま手を引かれて、余りにも自然に二人は目の前の店の中に足を踏み入れた。


「お待ちしておりました。ラングフォード様、相馬様」


 数人の上品な若い女性が流れるようにお辞儀する。率直な感想は、ただ一つ。日本語だ、ということだった。


 昨日のホテルマンしかり、店員しかり、キースが手配してくれているのか、やけに日本語が耳についた。


「キース……此処って……」


 お店を見渡して推測すると、セレクトショップといったところか。洋服から帽子、靴まで色々と取り揃えてある。小さく呟く由美を見下ろしてキースは彼女の背中に手を添えた。


「彼女を頼む」


 キースが店員の元へ由美をやる。とん、と足を進めた由美は、さっと振り返ってどもった。


「えっと、それは……つまり……」

「遠慮しなくていい。僕が由美さんに何か贈りたいと思っただけだ」


 そう言ってキースはすぐに店を後にした。キースの後ろ姿を呆然と見つめていた由美は、それから油ぎった機械のように後ろの女性達を振り返る。彼女達はにこにこと由美を見ていた。


「相馬様。どちらのお洋服がお好きですか?」

「ええっと……」


 未だ訳が分からず混乱している頭で口ごもる。余りにも少女漫画的な展開についていけない。それから気持ちを落ち着ける為にふう、と深呼吸してもう一度店内を見渡して静かに息を吐いた。


「ブランドに拘りはないけど……でもワンピースが良いです」


 こんな事、きっと人生で一度だけだ。それなら、味わえるだけ味わわせてもらおう。三日間だけ、別世界に片足を突っ込んでも誰も咎めないだろう。と、由美は覚悟を決めて微笑んだ。


「相馬様はすっきりしたお顔立ちですから、モノトーンやブルーなどがお似合いになると思います」

「そ、そうですか。それなら……ああ、それ、素敵です!」


 由美とて女。可愛い服に囲まれるとその本能のままに目を煌めかせる。店員も一層笑みを深めて由美に試着を促した。


 お着替えをお手伝い致しましょうか、という質問に大きく首を振り、試着室に消えた由美を確認した店員は、そっと頭を寄せ合った。


「ねえ、どちらのご令嬢なの?」

「身に付けているものは全部ノーブランドだったよね」

「今時はそういうセレブもいるから……。でもあのキース・ラングフォードにエスコートされてるってクレイジー過ぎない?」


 キース・ラングフォードの名に、一瞬全員の口が止まる、無愛想で女嫌いだけど超ハンサムで有能。そんな謳い文句は上流階級ならずとも知っていた。


「あの子キース・ラングフォードのこと、キースって呼んでたよね」

「アメイジングね。だって彼の目、見た? 滅茶苦茶甘かったわ」

「そもそも最初から変だったじゃない」


 キース・ラングフォードの秘書だという男からの一本の電話。この日店に寄ること。連れが日本人女性だということ。店を貸し切り状態にすること。ラングフォード家の御曹司が場をセッティングして丁重に接している女性。どこの誰だとまことしやかに噂になった。


「でも結構……普通な感じだったよね?」

「分かってないね。あの子キース・ラングフォードを前にして、普通だったのよ」


 そんな一人の言葉に、皆ふと試着室の扉を見た。そういえばそうだった、と彼女達の脳裏にキースと由美の姿が過ぎる。彼女は余りにも自然体で、故に、異質だ。


「しかもキース・ラングフォードにあーんな台詞言わせて、本当、何者……」


 その言葉に答えられる人物はいなかった。




 一方由美は鏡の前に立つ自分に目を見開いていた。

 

 紺と白のストライプの膝丈ワンピース。胸から三つのボタンが並び、腰には藍色のリボンが巻かれている。その上に肌に優しい薄手の白いカーディガン。チラチラと輝くアクセサリーのついた赤い靴底の白いサンダル。


 由美は思わず感嘆した。着て初めて実感する。高級ブランドと呼ばれるところの洋服は、着心地が素晴らしく、何よりシルエットが美しい。ひらりと舞うワンピースに由美はにこりと微笑んだ。


 試着室のから出ると、店員達が褒めそやしてくれる。少し照れくさいと思いつつ、小声で礼を言った。


「由美さん。……今戻った」


 計ったようなタイミングで現れたキース。由美は早歩きで彼の元へ行き、出来うる限り綺麗にお辞儀した。


「もうね、もうとっても楽しかった。……素敵な体験をありがとう、キース」

「ああ、いや。良いんだ」


 彼はそう言って財布から黒いカードを取り出し、店員に渡す。由美はその光景をドラマを見るような感覚で鑑賞していた。


「ねえ、どう? なんか違和感とか……不相応みたいな感じとか、ない?」


 車内に戻り、鼻歌を歌いながら由美は立ち上がりキースの前で一回転してみせた。


「俺は女性を褒めることに慣れていない。気の利いた言葉は言えないが、よく似合っていると思う。綺麗だ」


 自分から尋ねておいて、由美はその言葉に赤面した。気の利いた言葉は、確かに心をくすぐるかもしれないが、それ以上に真正面からの言葉は胸に刺さる。由美はどくりと胸が高鳴るのを感じた。


 その瞬間、僅かな揺れが車内を襲う。思わずキースに倒れこんだ由美は、慌てて立ち上がろうとして、それが出来ないことに気付く。そっと顔を上げ、間近にあるキースの顔に体が熱くなった。


「ごめん、キース。わざとじゃないの」

「いや、僕は平気だ。由美さんは大丈夫か?」

「あ、うん。大丈夫。……えっと、だから」


 背中に回されたキースの腕をつんつんとつついた。彼ははっと目を見開いて驚きながら、されど由美に気を遣いゆっくりと腕を由美から離した。


「ありがとう」

「ああ」


 その後車が止まった先はハリウッドだった。ハリウッドスターの名前が書いてある星型がずらりと並ぶ道路。有名なハリウッドサイン。ハリウッドスターを象った蝋人形の館など、由美は存分にハリウッドを堪能した。


「……日本人女性の観光客がよく行く所を調べたんだが、合っていたか?」

「なにその種明かし。合ってた、合ってた。一人より二人の方が断然楽しいし。本当にありがとうね」


 にかりと笑う由美にキースが緩く微笑んだ。


 それから二人はレストランに向かう。今日はフレンチだった。フォーマルとカジュアルのちょうど中間の雰囲気。由美は思ったよりもリラックス出来ることにほっと胸を撫で下ろした。


 夜景がよく見える席につき、由美はキースを見様見真似で恐る恐る食事をする。そんな由美にキースが小声でマナーを教えてくれた。


 こくりと赤ワインを傾ける。一九八二年シャトー・ラフィット・ロートシルト。なんともエレガントで、シルクのようなアタック。繊細でしなやかな口当たりが、由美を恍惚とさせる。


 大事にゆっくりと飲みながら由美はキースに尋ねた。


「キースってどうして日本語こんなに上手なの?」

「あなり詳しくは言えないが、日本に事業を展開しようと思っているんだ」


 ああ、なるほど。これで株を売買したらインサイダー取引というやつに引っかかるかもしれない。由美はくつりと笑った。


「凄い。楽しみだね」


 日本でニュースになるだろうか。どれくらい大きな事業かは分からないが、出来るならばニュースで彼の勇姿を見てみたい、と思う。トロトロに煮込まれた牛テールを一口食べて由美は更に問うた。


「こういう事って、よくしてるの? 女の子を食事に誘ったり、とか……」

「いや、プライベートでは初めてだ」

「……そっか」


 どこか複雑な感情を抑え込みながら微笑んで、由美はまたワイングラスを手に取った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ