第25話:摩天楼の残影と、銀核の機神
美濃ダンジョン遠征から戻った翌週。
三日間の公欠を終えて登校した学校では、教室に入るなりクラスメイト全員からスタンディングオベーションを受け、美術準備室ではサキが美濃の黒泥炭と魔銅鉱を使った新装備の開発に狂喜乱舞し、自宅では兄の晃が紫水仙草の成分抽出に成功して「傷だけでなく毒と火傷を即座に消し去る特級解熱薬」を完成させていた。
そして迎えた、土曜日の早朝。
霧島第一ダンジョンのゲート前ベースキャンプには、再び張り詰めた熱気が戻っていた。
「あかねちゃん、美濃遠征での活躍、動画サイトのアーカイブ再生数が累計一億回を突破したわよ! でも、浮かれてる暇はないわ。今日の第六層、これまでの自然環境とは根本的にルールが違うわよ。」
研究棟の大型スクリーンを前に、赤城燈主任が白衣を翻してプロジェクターを操作した。
投影されたのは、灰色の幾何学模様がどこまでも複雑に折り重なった立体図面だった。
「第六層の環境コード――『失われた工業都市の廃墟』。洞窟でも樹海でも草原でもないわ。摩天楼、製鉄プラント、巨大な歯車仕掛けのパイプラインが立体交差する、巨大な無機物の迷宮よ。」
「……ビル街の、廃墟?」
私が目を丸くすると、燈さんが真顔で頷いた。
「ええ。出現するモンスターも生体ではないわ。自律稼働し続ける旧文明の防衛機構――”自動人形や、金属装甲を纏ったゴーレム”よ。生体反応がないため、通常の熱源探知や心音感知は一切通用しない。しかも高層ビルの鉄骨や鉛が電波や魔素を乱反射させるため、索敵の難易度は過去最悪レベルよ。」
「ビル影からの死角奇襲、そして狭隘な路地での近接戦闘か……。」
橘一尉が愛用の小銃を構え直す。その銃身には、美濃で採取した『美濃黒泥炭』の高熱精錬によって打ち直された、最新型の耐衝撃レシーバーが組み込まれていた。
熊倉二曹のタワーシールドも、表面に魔銅鉱のショックアブソーバーが追加され、無骨な黒塗りに深緑のラインが走っている。
「けれど、あかねちゃん。無機物の迷宮ということは……手に入る素材もまた、極上の金属資源ばかりよ。超硬合金、魔導歯車、そして……。」
燈さんが眼鏡の奥の瞳をギラリと光らせた。
「極めて低確率だけれど、ファンタジーの至高の金属――『ミスリル(神銀鉱)』の微量ドロップ反応が観測されているわ。わずか数グラムでも手に入れば、自衛隊の全防具の軽量化と魔導伝導率が革命を起こすわよ!」
「ミスリル……!」
私のオタク心が、その伝説の名に激しく反応した。
洞窟や草原の薬草も最高だったけれど、ファンタジー金属の王道であるミスリルをこの手で拝めるかもしれないのだ。
「それともう一つ、あかねちゃん。」
燈さんが私の後ろに回ると、そっと私の腰のあたり――黄金の尻尾の付け根を、細い指先で撫でた。
「ひゃんっ!? ちょ、燈さん!?」
「ふふ、体内の霊核の魔素純度が、美濃の遠征を経て臨界点に近づいているわ。貴女の種族進化の法則……”レベル10に達した瞬間、尻尾が一本増えて『二尾の霊狐』へと進化する”はずよ」
「尻尾が……二本に?」
「ええ。尻尾が増えれば、大地の地脈を捉える受容器が倍加し、索敵精度はさらに鋭敏になる。さらに体内の霊力回路が並列化されて、妖術の燃費と威力が飛躍的に向上するわ。……今日の第六層攻略、レベルアップの絶好の機会よ!」
「よし……! 気合い入れていきましょう、橘さん、熊倉さん!」
「了解です、あかねさん!」
「おうよ! ロボットだろうが石ころだろうが、俺の盾で叩き割ってやるぜ!」
黒い魔導ドローンカメラ『オクルス一号』がパタパタと宙に浮き、青いレンズが発光する。
土曜日の午前九時。
日本中、そして世界中が固唾を呑んで見守る中、第六層への突入ライブ配信が幕を開けた。
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視界の端のコンタクトモニターに、開始数十秒で数百万人規模のコメントが濁流のように流れ込んでくる。
: きたあああああ!!
: 土曜朝のあかねちゃん配信、完全に生活習慣になったわ
: 美濃の巫女服も最高だったけど、今日の装備もかっこいい!
: 霧島ダンジョン第6層、未踏の領域突入キタ!
今日の私の装いは、サキが美濃から帰ったあとに突貫で仕立ててくれた、動きやすさ最優先のショートジャケット付きの探索装束だ。
耐刃性の高い白銀の蜘蛛糸生地に、美濃の黒泥炭で染め上げた漆黒のライン。
左耳の付け根には、サキ特製の守護リボンが揺れている。
私たちは第五層のポータルから、白熊公のクレーターの奥にあった巨大な石造りの大階段を降り立った。
階段を下りるにつれて、雪原の冷気が急速に乾いた無機質な風へと変わり、ツンとした油と錆の匂いが鼻腔を刺す。
そして、階段の終わりを抜けた瞬間――。
ドローンカメラが捉えた光景に、コメント欄が一瞬にして沈黙し、直後に爆発した。
: え……!?
: なんだここ……!?
: 廃墟ビル群……!?
: 地下に近代都市があるんだけど……!?
: スチームパンクだ……退廃美やばすぎる……
そこに広がっていたのは、かつて高度な機械文明が栄え、そのまま静かに息絶えたかのような、果てしない”工業都市の残影”だった。
頭上の発光岩盤は、工場地帯のナトリウムランプのような鈍い琥珀色の光を投げかけている。
見渡す限り立ち並ぶのは、コンクリートと黒鉄で組み上げられた数十階建ての廃ビル群。
建物の外壁には、太い真鍮のパイプラインや巨大な錆びついた歯車が毛細血管のように張り巡らされ、路地には冷えた配管からシューッ……と白い蒸気が細く立ち上っていた。
窓ガラスは割れ、道路のアスファルトには深い亀裂が走り、人工的な無機物の静寂がフロア全体を支配している。
「……信じられない光景ですね」
橘一尉が小銃を低く構え、廃ビルの影を油断なくスキャンする。
「建物が高く密集し、路地が迷路のように入り組んでいます。これまでの階層のように、遠くを見通すことができません」
「ああ、角を曲がった瞬間にバッタリ出くわすやつだな」
熊倉二曹がタワーシールドを胸元に引きつける。
私は足元の割れたアスファルトに右手を当て、頭の上の狐耳をピンと澄ませた。
【地脈統御】。
「……っ!」
脳裏に流れ込んできたのは、無数の障害物によるノイズだった。
鉄骨やコンクリートの壁が魔素の反響を複雑に跳ね返し、通常の生体反応が全く引っかからない。
「……あかねさん、索敵は?」
「厳しいです……。建物の中の鉄骨が邪魔をして、大地の波形が乱反射してます。それに、やっぱり生体反応がゼロです。……でも!」
私は狐耳を微細に震わせ、風の音の隙間に意識を研ぎ澄ませた。
サキの作ってくれた守護リボンが、微弱な音響ノイズをフィルタリングしてくれる。
「……聞こえます。金属同士が擦れ合う、油の切れた歯車の回転音。……前方三十メートル、十字路の右側のビルの二階!」
私の座標指定と同時に、廃ビルの二階の割れた窓ガラスを突き破り、何かが路地へと飛び降りてきた!
ガシャアアアアンッッ!!
アスファルトに重い着地音を響かせたのは、真鍮と黒鉄で精密に組み上げられた、四足歩行の機械獣だった。
狼の骨格を模したそのボディの内側では、幾重にも重なった歯車がカチカチと高速回転し、眼球部分に埋め込まれた紅いレンズが不気味に発光している。
【万象識別】!
『種族』:クロックワーク・ハウンド(ぜんまい仕掛けの猟犬)
『危険度』:E+ランク
『特性』:無痛覚、高硬度真鍮装甲、高周波ワイヤーカッター
『弱点』:首元の主ぜんまいコア、雷属性攻撃
ギチギチギチッ!
猟犬の口元が左右に開き、高周波で振動する鋼のワイヤーが熊倉二曹の首元めがけて射出された!
「【堅守の構え】ッ!」
ガキィィィィンッ!!
熊倉二曹のシールドがワイヤーを弾き返す。火花が激しく散り、シールドの表面に鋭い筋が走る。
「痛覚がねえ分、生き物より踏み込みが鋭いぜ!」
「橘さん、首の付け根の歯車の隙間! 青い魔石が見えている場所が動力核です!」
「了解――【精密射撃】!」
タアンッ!
橘一尉の放った魔導弾が、建物の影を縫って寸分の狂いもなく首の隙間へと飛び込んだ。
バチンッ! と内部の主ぜんまいが弾け飛ぶ音が響く。
猟犬の紅いレンズの光がフッと消え、四肢の力が抜けてガシャリと道路に崩れ落ちた。
光の粒子となって消滅していく機械獣。
そして、その足元に残されたのは――。
カラン、と澄んだ音を立てる『高精度・真鍮歯車』、紫色の『極小魔石』、そして黒光りする『超硬鋼のフレーム破片』。
: ロボット犬キターーー!!
: めっちゃかっこいいけど怖ぇぇぇ!
: 痛覚なしの突進とか前衛の負担ヤバいな
: 橘さんマジでエイム神、あんな小さい隙間一発で抜くとか
「素材回収します!」
私が駆け寄り、歯車と金属片をアイテムボックスへ吸い込ませる。
手にした瞬間、ずっしりとした重みと、現代の製鉄技術すら凌駕する硬度を感じた。
「これ、ただの鉄じゃないです! 軽くてすごく硬い合金……サキに見せたら絶対に狂喜乱舞します!」
私たちは慎重に、迷路のような廃墟の路地を進んでいった。
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道中、様々な機械モンスターが廃ビルの隙間から奇襲を仕掛けてきた。
両手が回転ノコギリになった等身大の自動人形『ギロチン・オートマタ』や、壁面に張り付いて高圧の蒸気弾を乱射してくる『スチームタレット』。
だが、視界が悪く索敵が困難な環境だからこそ、私の五感は極限まで研ぎ澄まされていった。
建物の隙間を吹き抜ける風のわずかな乱れ。
配管を伝わってくる微細な振動。
オタクとしての集中力が、複雑な立体迷路の構造を少しずつ脳裏の三次元マップへと書き換えていく。
そして、歩き始めて二時間ほど経った頃。
路地裏の崩壊した製鉄プラントの残骸を通りかかった時のことだった。
「……ん? あれ……?」
私の狐耳が、瓦礫の山の中から微かに響く「澄んだ銀の共鳴音」を捉えた。
「あかねさん、敵ですか?」
「いえ、違います……! 熊倉さん、そこの崩れた鉄骨の山、どかせますか!?」
「おうよ! どっこいしょぉぉッ!」
熊倉二曹が怪力を込めて、数トンの鉄骨の塊をバリバリと引き剥がした。
その奥、押し潰されたコンクリートの割れ目から、青白い光の筋が漏れ出していた。
私はピッケルを手に駆け寄り、瓦礫の土砂を慎重に掻き分けた。
そこにあったのは――周囲の錆びた鉄とは明らかに一線を画す、月光を浴びた水面のように美しく青銀色に輝く、拳大の金属の塊だった。
【万象識別】!
『名称』:ミスリル原石(天然神銀)
『品質』:極上(Aランク)
『分類』:超希少金属/神話級触媒
『特性』:魔力伝導率99.9%、超軽量(鉄の三分の一)、不壊特性、自己修復魔素
『詳細』:地脈の超高純度魔素が金属組織と完全融合した奇跡の鉱石。あらゆる魔法をロスなく通し、鍛造された武具は永遠に刃こぼれしない。
「……っ!!」
私の息が止まった。
手のひらに載せたそれは、見た目の重厚感からは信じられないほど軽く、羽毛のように手のひらに吸い付いてきた。
触れているだけで、体内の魔力が心地よく引き出され、循環していくのが分かる。
「橘さん、熊倉さん……出ました……!」
私は震える声で掲げてみせた。
「『ミスリル』です……! 本物の、ミスリル原石です!!」
ドローンカメラがその輝きをドアップで捉えた瞬間、コメント欄が文字通り爆発炎上した。
: マジで出たああああああああああああ!?!?
: ミスリル!? 本物のミスリル!?
: 青銀色に光ってる……美しすぎるだろ……
: 鉄の三分の一の重さで不壊とかチートすぎる!!
: 赤城主任が今頃モニターの前で泡吹いて倒れてそうwww
「これが、神銀ミスリル……。」
橘一尉が息を呑み、手袋越しにそっと触れる。
「本当に、信じられない軽さですね。これさえあれば、装備の重量制限という概念そのものが覆りますよ。」
「がはは! お嬢さんの引きの強さは相変わらず異常だな! よし、絶対に落とすなよ、大事にしまっとけ!」
熊倉二曹の言葉に、私は満面の笑みでミスリル原石をアイテムボックスへ大事に収めた。
これ一個で、国家予算が一体どれほど動くのか。もはや想像すらつかなかった。
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さらに進み、私たちはフロアの北西の区画へと足を踏み入れた。
事前に【地脈統御】で探査していた、第六層の安全エリア(セーフエリア)を目指すためだ。
「あかねさん、安全エリアはどこですか? これまでの階層のような泉やかがり火は見当たりませんが……。」
橘一尉が周囲の高層ビルを見上げる。
「はい! 今回の安全エリアは、中央から大きく外れた、あの建物の中です!」
私が指差したのは、崩壊したビル群の中に奇跡的に無傷のまま残されていた、重厚なドーム状の石造り建築だった。
かつての中央銀行か、あるいは総督府のような威容を誇る建物。
分厚い真鍮の二重扉を押し開けて中に入ると、外の油と錆の匂いが遮断され、ひんやりとした清浄な空気が満ちていた。
広大なロビーの中央には、青白い光の結界がドーム状に張り巡らされ、モンスターの侵入を完全に拒絶している。
: おお、銀行の金庫みたいな安全地帯!
: 建物の中がセーフエリアになってるのか!
: 廃墟のシェルター感あって最高だな
「ここなら安心ですね。」
私たちはロビーのソファに腰を下ろし、小休止を取ることにした。
アイテムボックスから、兄の晃が持たせてくれた温かいお茶と、母の手作りサンドイッチを取り出す。
美濃で手に入れた『極上牛フィレ肉』のカツサンドだ。
サクサクの衣と、信じられないほど柔らかくジューシーな肉の旨味が口いっぱいに広がる。
一口食べた熊倉二曹が「うめぇぇぇっ!」と叫び、橘一尉も目を細めて美味しそうに頬張っていた。
だが――美味しい食事で体力を回復させた私の耳は、すでに次の目的地――この第六層の核心部を捉えていた。
「橘さん、熊倉さん。」
私はサンドイッチを飲み込み、表情を引き締めた。
「フロアのマップ中央……一番巨大な製鉄炉の広場に、この階層の主――”中ボス”がいます」
「いよいよか」
橘一尉が小銃を点検し、立ち上がる。
「どんな敵ですか?」
「……ゴーレムです。でも、ただの岩のゴーレムじゃありません。全身を黒鉄とミスリルの装甲で固めた……”超巨大な機械仕掛けの機神”です」
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安全エリアを出発し、入り組んだ路地を抜けてフロアの中央へと到達した時、私たちの前に現れたのは、巨大なコロシアムのように開けた円形広場だった。
周囲を取り囲むのは、天を突く高層製鉄炉と、複雑に絡み合うパイプラインの巨塔。
そして、その広場の中央。
赤錆びたアスファルトの上に、山のような黒鉄の巨体が座り込んでいた。
ズズズズズズ……ッ!
私たちの足音に反応し、その巨躯がゆっくりと立ち上がった。
関節の歯車がガシャリと噛み合い、蒸気の噴出音が轟く。
体長十メートルを超える、圧倒的な威容を誇る』重装甲機神』。
右腕には削岩機のような巨大な回転パイルバンカー、左腕には大口径の蒸気式重機関砲。
そして、胸の中央には――眩い白銀の光を放つ、巨大な『ミスリルの歯車コア』が埋め込まれていた。
【万象識別】!
『種族』:フォートレス・ゴーレム(城塞機神)
『危険度』:D+ランク(第六層階層守護獣/中ボス)
『特性』:不壊ミスリル多重装甲、超重量パイルバンカー、全方位蒸気機銃、自律修復機能
『弱点』:胸部ミスリルコアへの魔素過負荷、関節部の歯車露出部
「グルルルル……ガシャァァァンッッ!!」
ゴーレムの単眼レンズが紅く発光し、大気を切り裂くような重機関砲の掃射が開始された!
ズガガガガガガガガガッッ!!
「【堅守の構え】ッッ!!」
熊倉二曹が前に飛び出し、シールドを突き立てる。
猛烈な蒸気機関砲の弾丸が、耐熱・耐衝撃シールドの表面で激しい火花を散らす。
美濃の魔銅鉱によるショックアブソーバーが悲鳴を上げ、熊倉二曹の足がズザザッと後退した。
「くっ……重ぇッ! 戦車小隊の集中砲火を浴びてる気分だぜ!」
「熊倉二曹、持ちこたえてください! 【精密射撃】!」
橘一尉が側面に回り込み、関節の歯車めがけて小銃を連射する。
だが、弾丸は分厚いミスリル装甲に弾かれ、表面をわずかに凹ませるだけで致命傷を与えられない。
「装甲が硬すぎる……! 現代火器の運動エネルギーを、ミスリルの魔素膜が完全に吸収しています!」
橘一尉の顔に焦りが走る。
その時、ゴーレムが機関砲の掃射を止め、右腕の巨大パイルバンカーをガシャリと構え直した。
内部の蒸気圧が極限まで跳ね上がり、シリンダーが真っ赤に赤熱化する。
「直撃すればシールドごと粉砕されるぞ!」
熊倉二曹が叫ぶ。
距離、二十メートル。
パイルバンカーが熊倉二曹めがけて撃ち出されようとした、まさにそのコンマ数秒前――。
(ダメ……! 熊倉さんのシールドでも、あの超重量の一撃は受け止めきれない!)
私の胸の奥――霊核が、これまでにないほど激しくドクンッ! と跳ね上がった。
仲間を失うかもしれないという極限の危機感。
その感情に呼応するように、体内に蓄積されていた美濃と霧島の膨大な魔素の奔流が、堰を切ったように全身の神経へと雪崩れ込んできた。
カッッッッ!!!!
私の身体から、目も眩むような黄金の燐光が爆発的に噴き上がった。
『――経験値および霊核純度が規定値に達しました』
『笹貫あかねのレベルが【7】……【8】……【9】……』
『臨界突破。笹貫あかねのレベルが【10】に上昇しました』
『種族進化:【野狐(一尾)】から【霊狐(二尾)】へ昇華』
『パッシブ特性:【双尾の霊脈】が発現しました』
「……え!?」
背中に、強烈な温かさと充実感が走った。
腰の後ろから伸びていた一本の黄金の尻尾の横から、もう一本の、全く同じ輝きを放つふさふさの尻尾が、ふわりと音もなく枝分かれするように生え出でたのだ!
二本の尻尾。
左右に優雅に揺らめく双尾から、大地の魔素がこれまでの二倍以上の解像度で脳裏へと吸い上げられていく。
世界が、止まって見えた。
建物の影、パイプラインの中を流れる蒸気の圧力、そして目の前の機神の胸の奥で回転するミスリルコアの魔素の流れ――その全てが、まるで手にとるように完全に視覚化されていた。
「あかねさん……!? 尻尾が、二本に……!?」
橘一尉が息を呑む。
「……橘さん、熊倉さん! 私に合わせてもらえますか!」
私の声は、驚くほど澄み渡っていた。
二本の尻尾をピンと天へ掲げ、両の手のひらをゴーレムの胸元へと突き出す。
体内の霊力回路が並列化されたことで、妖術の発動速度と魔力効率が、桁違いの次元へと跳ね上がっていた。
「妖術・二重螺旋――【水華双龍・渦潮拘束】ッ!!」
ゴオオオオオオッッ!!
私の掌から撃ち出されたのは、これまでの高圧水流とは比べ物にならない、二頭の巨大な水の龍だった。
水龍は空中で螺旋を描きながらゴーレムの全身へと絡みつき、その巨大な関節と歯車の隙間へ、超高圧の水流を一気に流し込んだ。
「ガガッ!? ギチギチッ!?」
水圧によって歯車の回転が強制停止させられ、パイルバンカーの射出が完全に不発に終わる。
動きを封じられた機神。
「そして――地脈励起・【過電流短絡】ッ!!」
私は左足のステップを踏み込み、大地の地脈から引き出した雷の魔素を、水龍の奔流へと注ぎ込んだ。
水は、最高の導電体だ。
バチバチバチバチッ! ドガガガガアンッッ!!
青白い猛烈な高圧電流が、水流を伝ってゴーレムの内部機構へと一気に雪崩れ込んだ。
胸の中央のミスリルコアが、許容量を超える雷魔素を浴びて激しくオーバーロードを起こす。
バチィィィンッ! とミスリルの歯車が火花を吹き、装甲の隙間から真っ黒な煙が噴き出した。
内部からの完全な機能停止。
巨躯がガクンと膝をつき、胸元のミスリルコアが無防備に露出し、激しく明滅を繰り返している。
「今です、橘さんッ!! 内部コアを撃ち抜いてくださいッ!!」
「了解――これで、終わりです!」
橘一尉が跳躍した。
建物の瓦礫を蹴り、空中で水平に構えられた小銃。
その銃口から放たれたのは、美濃の黒泥炭によって極限まで研ぎ澄まされた、渾身の魔導徹甲弾!
ドォォォォンッ!!
弾丸は、火花を散らすミスリルコアのド真ん中へと完璧に吸い込まれた。
パリンッ……! と、ガラスが内側から砕け散るような澄んだ破裂音。
「ガ……ガ……ガシャァァァン……ッ!」
城塞機神の単眼レンズから紅い光が完全に消え去った。
十メートルを超える巨大な黒鉄の巨体が、地面を揺らして前のめりに崩れ落ちていく。
そして――。
シュウゥゥゥゥ……ッ!
息を呑むほど膨大な、白銀とサファイア色の光の粒子が、廃墟のコロシアムを埋め尽くすように舞い上がった。
吹き荒れる光の嵐の中、橘一尉が華麗に着地し、小銃を下ろして息を吐いた。
「ふぅ……中ボス、撃破完了です!」
「がははははっ! すげえ! すげえぞお嬢さん! 二本目の尻尾が生えた途端に、あの化け物を水と雷で料理しちまいやがった!!」
熊倉二曹が駆け寄り、私の頭をワシワシと撫で回した。
その瞬間、私の頭の奥で、高らかなファンファーレが鳴り響いた。
『――中ボス【フォートレス・ゴーレム】の撃破を確認』
『第六層の安全航路が確立されました』
『パッシブスキル:【万象解体】により、超希少素材『真祖ミスリルフレーム』を獲得』
コメント欄は、もはやサーバーが崩壊するのではないかという勢いで祝福と歓喜の叫びで埋め尽くされていた。
: 尻尾が二本生えたあああああ!?!?
: 二尾の霊狐キタアアアアアア!!
: 進化の瞬間を地上波生中継で見られたの奇跡すぎるだろ!!
: もふもふが二倍……! 破壊力が二倍……!!
: 水龍からの雷撃コンボ、美しすぎて鳥肌立ったわ!
: あかねちゃんレベル10おめでとううううう!!
何千万もの温かい祝福の声。
私は照れくさそうに二本の尻尾をパタパタと交差させ、ドローンカメラに向かって満面の笑みでピースサインを作ってみせた。
そして――。
ゴーレムが消滅した広場の中央、光の粒子が晴れ上がったその足元に、それは静かに鎮座していた。
重厚な白銀の輝きを放つ、四角い金属の箱。
第四層の時と同じ、スーパーレアの証。
「……銀宝箱だ。」
熊倉二曹がゴクリと喉を鳴らした。
私は歩み寄り、冷涼な銀の蓋にそっと指先を触れさせた。
【万象識別】!
『名称』:第六層守護機神の銀宝箱
『トラップ判定』:なし(安全)
『収蔵品』:技能書・【空間転移】のスクロール×5巻
「……っ!!」
私の息が止まった。
「あかねさん、何が入っていたのですか?」
橘一尉が尋ねる。
「橘さん……これ……『テレポート』のスキルスクロールです……! 五本入ってます!」
「て、テレポート……!? 瞬間移動だと!?」
熊倉二曹が目を丸くして叫んだ。
「はい! 一度行ったことのある場所、あるいは視界の通る範囲内へ、空間を飛び越えて一瞬で移動できる魔法です! アイテムボックスに続いて、今度は人間そのものの転移スキルです!」
「……信じられませんね。」
橘一尉が深く息を呑んだ。
「もしこれを最前線の部隊が習得すれば、退路を断たれた際の緊急脱出、あるいは要人救出において、文字通り無敵の生存率を誇ることになります。」
「一本は、あかねさんが使ってくださいね。」
橘一尉の優しい言葉に、私は頷いた。
「はい! 使わせていただきます!」
銀色の巻物を一本手に取り、胸元へと押し当てる。
(習得――【空間転移】!)
シュウゥゥ……!
巻物が光の粒子となって私の霊核へと溶け込み、頭の中に「空間の座標を捉える感覚」が鮮やかに刻み込まれた。
試しに、五メートル先の瓦礫の上を意識して念じてみる。
パッ!
視界が一瞬だけブレたかと思うと、私の身体はすでに瓦礫の上に立っていた。
「うわぁ……! 本当に一瞬で移動できた!」
「すげえ……! まさに魔法使いだな、お嬢さん!」
熊倉二曹が拍手を送る。
残る四本のスクロールを厳重にケースへ収めた私たちは、広場の奥へと歩みを進めた。
そこには、青白い光を静かに脈動させる”第六層の【帰還ポータル】”。
そしてその奥には――。
どこまでも深く、重厚な大地の鼓動を響かせる、”第七層へと続く巨大な大階段”が、口を開けていた。
「あそこが……第七層への扉ですね。」
私が呟くと、橘一尉がポータルクリスタルに手を重ね、ドローンカメラに向き直った。
「全国、そして世界中の視聴者の皆様。橘隊はこれより第六層ポータルの認証を完了し、本日の探索任務を終了します。二尾への進化を果たしたあかねさんとともに、私たちはこれからも未知を切り拓き続けます。ご視聴、ありがとうございました!」
ドローンカメラの青いランプが静かに消え、配信が終了した。
「……ふぅぅぅぅっ!」
私は大理石の床にぺたんと座り込み、新しく生えた二本目の尻尾を抱きしめた。
もふもふが二倍。温かさも二倍。
耳を澄ませば、第七層の奥から、未知の風が優しく吹き上がってくるのが聞こえた。
「お疲れ様、あかねさん。素晴らしい進化でしたよ。」
橘一尉が手を差し伸べて私を引き起こしてくれる。
「がはは! さあ帰るぞ! 燈のセンセがミスリルと二本の尻尾を見てどんな奇声を上げるか、今から楽しみでならねえぜ!」
三人で顔を見合わせて笑い合い、私たちはポータルの純白の光の中へと足を踏み入れた。
工業都市の廃墟を越え、神銀の輝きと二本の尻尾を手に入れた私たち。
未踏の深淵――第七層への挑戦に向けて、私たちの冒険は、さらなる高みへと加速していた。




