第21話:恵みの緑野と、新米たちの歓声
特務専用レーンの自動認証端末に、黒地に金文字の『特級ライセンス』をかざすと、カチリと澄んだ電子音が鳴り、青い防壁がスッと左右に開いた。
一歩ゲートを踏み越えた瞬間、全身を包み込んだのは、どこまでも穏やかで、甘やかな土と青草の香りだった。
「……わぁぁ……っ!」
私の口から、思わず歓声がこぼれ落ちた。
目の前に広がっていたのは、視界の端から端まで波打つ、果てしないエメラルドグリーンの絨毯。
霧島ダンジョンの第四層で見た草原も広大だったけれど、あちらが荒野に近い峻険な風の台地だったのに対し、この美濃ダンジョンの第1層は、まるで春の北海道の牧草地か、おとぎ話の絵本の中に飛び込んだような優しさに満ちていた。
頭上には、淡い陽光のような柔らかな黄金色の光を降らせる発光岩盤の天井。
吹き抜ける風はぬるく、肌を心地よく撫でていく。
サキが作ってくれた白無垢の巫女羽織がパタパタと軽快に翻り、緋袴風のキュロットから伸びる私の黄金の尻尾が、嬉しさのあまり左右に大きく揺れた。
「これが、美濃の第1層か……。」
私の後ろからゲートをくぐってきた熊倉二曹が、シールドを肩に担ぎ直しながら、感嘆の息を吐いた。
「すげえな。霧島のあの息が詰まるような殺伐とした空気とまるで違うぜ。空気がうめぇ。」
「ええ。美濃ダンジョンは龍脈の歪みが穏やかで、魔素の性質も極めて安定しています。」
橘一尉も小銃のスリングを緩め、周囲の警戒を怠らないながらも、表情には普段の張り詰めた険しさはなかった。
「事前に共有されたJDAの測量データによれば、この美濃ダンジョンは”1フロアの面積がおよそ東京都23区丸ごとに匹敵する広さ”を持っています」
「と、東京都23区……!?」
私が目を丸くすると、橘一尉が手元の端末を操作して立体マップを見せてくれた。
東京都23区の総面積は約627平方キロメートル。
東京ドームで換算すれば一万三千個分以上という、途方もないスケールだ。
「先行調査部隊である自衛隊や警察の特別探索班は、第30層への到達を最優先としたため、各フロアの最短航路――ポータルと階段を結ぶ直線ルートのみを急ピッチで開拓してきました。つまり、この広大な草原の九割以上は、いまだ人類の足が踏み入れていない未踏の領域なのです。」
「未踏……九割以上が手つかず……!」
私のオタクとしての心臓が、トクン、と熱く跳ね上がった。
見渡せば、先ほどゲートをくぐった数百人、数千人の一般探索者たちが、思い思いの方向へと草原を駆け出していた。
何千人もの人間が一気に雪崩れ込んだというのに、東京都23区ほどの広大さがあるため、人々はたちまち緑の海へと点のように散らばっていく。
獲物の奪い合いや、過密によるトラブルなど起こりようもない、圧倒的な許容量がそこにはあった。
「あっちだ! スライムが跳ねてるぞ!」
「おい、無理して前に出るな! 盾を構えろ!」
「見て見て、足元に薬草生えてるーっ!」
遠くから、新米探索者たちの興奮と歓声が風に乗って届いてくる。
若者たちのグループが、水色のゼリー状のモンスター――スライムを剣や槍でペシペシと追い回し、別のパーティーは恐る恐る角の生えたウサギと対峙している。
危険な殺し合いではなく、どこか牧歌的な、新しい時代の日常の始まり。
そんな平和な光景を微笑ましく眺めながら、私は足元の草むらに視線を落とした。
そして――私の鑑定眼が、ビビビッと強烈な警報を鳴らした。
「……ん? あれ……? ちょっと待って……」
私は足を止め、小走りで道端の何気ない草むらへとしゃがみ込んだ。
腰のホルダーから、手慣れた相棒である園芸用スコップを素早く引き抜く。
「あかねさん? どうかしましたか?」
橘一尉と熊倉二曹が不思議そうに足を止める。
私の目の前には、一般の探索者たちが「ただの雑草」として踏み荒らし、通り過ぎていった茂みがあった。
だが、その根元に寄り添うようにして、銀色の斑点を持つ三つ葉の小さな草が、ひっそりと生え出でていたのだ。
【万象識別】!
『名称』:銀斑鈴蘭
『品質』:上質(B+ランク)
『分類』:高機能薬草/神経安定・魔力循環促進
『詳細』:美濃ダンジョンの清浄な風の吹き溜まりにのみ極稀に自生する希少種。通常の薬草と葉の形状が酷似しているため、専門の鑑定スキルを持たない者には判別が極めて困難。乾燥させて粉末化することで、強力な精神安定ポーションおよび高級MP回復薬の主原料となる。
「……う、うわぁぁぁぁぁっ!!」
私は思わず尻尾をピンと立てて叫んでしまった。
「な、なんだお嬢さん!? 敵か!?」
熊倉二曹が慌ててシールドを構え、周囲をキョロキョロと見回す。
「敵じゃないです! 宝物です!! 熊倉さん、踏まないで、絶対右足動かさないでください!」
「えっ!? あ、おう!?」
片足を上げたままフラフラと固まる熊倉二曹を尻目に、私はスコップの先を慎重に土へと差し入れた。
根を傷つけないよう、周囲の土ごとふんわりと掘り起こす。
『パッシブスキル:【万象解体】および【環境適応】適用。』
『薬効成分の欠損なし。最高品質(Aランク)で採取成功。』
「と、採れたぁ……! 銀斑鈴蘭! これ、自衛隊の先行調査ログにも載ってなかった新種ですよ橘さん!」
「新種の薬草……!? 自衛隊の植物学者が二週間かけて探索したルートの、こんなゲートの目と鼻の先でですか?」
橘一尉が目を丸くして覗き込んできた。
手のひらの上で淡く銀色に発光する三つ葉の小草。
「はい! 普通の薬草の中に紛れて擬態してるんです! 自衛隊の人たちは最短ルートを急ぐあまり、足元の細かい植生まで鑑定できてなかったんですね……! これ、兄ちゃんに見せたら発狂して小躍りするやつです! 一株で数十万円……いや、市場に出回ってないから言い値で売れちゃいます!」
「じゅ、十万……!? この草っぱらが!?」
片足をプルプル震わせていた熊倉二曹が素っ頓狂な声を上げた。
「しまっちゃお!」
私は満面の笑みで、掘り出した銀斑鈴蘭を胸元の空間――【亜空間格納】へとシュッと吸い込ませた。
アイテムボックスの中なら時間停止で鮮度も薬効も永遠に100%のまま保存できる。まさに採取のために天から授けられたチート能力だ。
「よし……! 橘さん、熊倉さん! 本腰入れて採取開始です!!」
私の瞳に、完全にプロのハンター……いや、プロの山菜採り名人の光が灯った。
巫女装束の白無垢の袖をたすき掛けでキュッと縛り上げ、スコップを握り直す。
未知の宝の山が、東京都23区の広さで丸ごと手つかずで残されているのだ。オタクとして、これを放置して通り過ぎるなどという冒涜が許されるはずもなかった。
「がはは! お嬢さんの採取スイッチが入っちまったな!」
熊倉二曹が足を下ろして楽しそうに笑う。
「よし、俺たちも付き合うぜ! 最短ルートなんてクソ食らえだ、道草食いながら行こうじゃねえか!」
「ええ。周囲の探索者たちの動向も見守りつつ、じっくりと調査を進めましょう。」
橘一尉の温かい言葉に背中を押され、私たちは本道から少し外れた、緩やかな起伏が続く草原の奥へと足を踏み入れた。
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歩けば歩くほど、美濃ダンジョン第1層の途方もない豊かさが明らかになっていった。
少し湿り気を帯びた小川のほとりへ近づけば、青い花弁を開いた『清流草』が群生している。
傷口の止血と化膿止めに絶大な効果を持つ良質な薬草だ。
一般の探索者たちが「緑色の葉っぱ」ばかりを血眼になって探している横で、私は【万象識別】のナビゲートに従い、岩陰や倒木の根元に隠されたレアな薬草を次々と見つけ出していった。
「あ、橘さん! あそこの茂み、赤い実がなってます!」
「魔物ではありませんね。……果実でしょうか?」
私が駆け寄って葉をかき分けると、そこには大粒のイチゴに似た、だが表面が宝石のようにツヤツヤと輝く深紅の果実が鈴なりになっていた。
『名称』:野良ルビーベリー
『品質』:上質(Bランク)
『分類』:自然食品/魔力果実
『特性』:糖度極大(糖度24度)、ビタミン魔素高含有、疲労回復(小)
『詳細』:ダンジョンの土壌に満ちる魔素を吸って自生した野生の果実。毒性は一切なく、極上の甘みと芳醇なマスカットのような香りを持つ。
「わぁ……美味しそう! 毒性ゼロです!」
私は一粒をもぎ取り、持参したミネラルウォーターで軽く洗ってから、思い切って口に放り込んでみた。
シャクッ……!
果皮が弾けた瞬間、口いっぱいに広がったのは、信じられないほど濃厚でみずみずしい甘みだった。
砂糖を煮詰めたような嫌な甘さではない。高原の朝摘みフルーツを限界まで濃縮したような、爽やかで気品ある果汁が喉を潤していく。
体内の魔素がふわりと活性化し、歩き回った足の疲れがスーッと引いていくのが分かった。
「……んん〜〜っっ! 甘ぁぁぁいっ!!」
思わず両手で頬を押さえ、耳と尻尾がパタパタと歓喜のダンスを踊る。
「橘さん、熊倉さん、これ食べてみてください! ほっぺた落ちます!」
「どれどれ……んぐっ!? な、なんだこれぇぇぇっ!?」
熊倉二曹が一粒丸ごと口に放り込み、目を丸くして叫んだ。
「う、うめぇぇぇっ! なんだこの甘さ! 俺の知ってるイチゴの百倍ジューシーだぞ!? 練乳ぶっかけた高級メロンより甘ぇ!」
「……本当ですね。酸味と甘みのバランスが奇跡的です。」
橘一尉も小さくかじり、普段のクールな表情をとろけさせて感嘆の声を漏らした。
「市場に流通すれば、一粒千円以上で高級百貨店に並ぶレベルですよ、これは。」
「ですよね! 全部採っちゃいましょう!」
私はアイテムボックスを全開にし、茂みのルビーベリーを一粒残さず収穫した。
サキへのお土産と、兄ちゃんにタルトでも作ってもらうための食材確保完了だ。
美濃ダンジョンが一般に大人気となっている理由が、肌身に染みてよく分かった。
霧島ダンジョンは鉱石と猛毒とモンスターの素材ばかりで、現地で口に入れられるものなど皆無だった。
けれど、この美濃ダンジョンは違う。
大地そのものが優しく、豊かな実りをもたらしてくれるのだ。
少し進んだ先では、野生の巨大なカブのような野菜『大地の白蕪』が土から頭を覗かせており、熊倉二曹が怪力でスポンと引き抜いて大喜びしていた。
シチューに入れれば絶品間違いなしのダンジョン野菜だ。
その時、前方の草原で、若い四人組の探索者パーティーが歓声を上げているのが見えた。
「やったぞ! スライム倒した!」
「見て! コアの横に何か落ちてる!」
「……え!? これ、塩!? 食卓塩の小袋がドロップしたぞ!?」
「マジで!? スライムから調味料出るって本当だったんだ!」
探索者たちが大はしゃぎで塩の包みを掲げている。
「ふふ、微笑ましいですね。」
私が笑うと、橘一尉が頷いた。
「美濃ダンジョンの低層モンスターは、魔素が霧散する際に、なぜか人間社会の基礎的な食品や調味料を模倣してドロップする傾向が確認されています。スライムからは純度の高い岩塩や砂糖、角ウサギからは良質な赤身肉。命を奪うことへの心理的抵抗を減らし、食糧自給を促進するためのシステム側の配慮ではないか……と赤城主任は分析していました。」
「なるほどなぁ。これなら、戦いが苦手な奴でも、薬草摘んで野菜引っこ抜いて、スライム狩って塩持って帰るだけで、今日の晩飯が豪華になるわけだ。人気が出るのも納得だぜ。」
熊倉二曹が感心したように腕を組む。
危険と隣り合わせではあるけれど、ここには確かに「人が生きていける未来」が広がっていた。
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だが、どれほど穏やかであっても、ここがダンジョンであることに変わりはない。
ゲートから三キロほど進み、周囲の探索者たちの姿がまばらになってきた頃、風景に少しずつ変化が現れ始めた。
平坦だった草原に緩やかな起伏が混ざり始め、背丈の低い灌木が増えてくる。
そして――。
「……止まってください。」
私の狐耳がピクリと跳ね上がり、低く警告を発した。
「敵ですか?」
橘一尉が即座に小銃を胸元に引きつけ、熊倉二曹が前へと滑り込む。
「前方五十メートル、小高い丘の向こう側です。……ウサギでもスライムでもありません。」
私は大地の土に指先を触れさせ、【地脈統御】で気配を探る。
「二足歩行の生体反応が三つ。……犬のような頭部、手には粗末な棍棒と錆びた短剣を持っています。」
「コボルトですね。」
橘一尉が表情を引き締めた。
「自衛隊の報告書にもありました。第1層の中央から奥部にかけて群れを作る、亜人種の小型モンスターです。体格は人間の子供ほどですが、知能があり、集団で連携して罠や奇襲を仕掛けてきます。」
丘の上の草むらから、カサリと音がした。
現れたのは、褐色の毛並みに覆われた犬の顔を持つ、ボロ布を腰に巻いた小柄な亜人――コボルトたちだった。
ギラギラとした黄色い目を光らせ、手にした骨の棍棒を振り上げて威嚇してくる。
「グルルルルッ!」
「キャンッ! バウッ!」
三頭は互いに目配せをし、一頭が正面から奇声を上げて突進し、残る二頭が左右の草むらへと身を低くして散開した。
典型的な挟撃戦術だ。初心者パーティーなら、正面の敵に気を取られて側面から奇襲を食らうパターンだろう。
だが――。
「フンッ、連携の真似事かよ! 俺たちを誰だと思ってやがる!」
熊倉二曹が大地を踏みしめ、タワーシールドをガツンと打ち鳴らした。
「【挑発の咆哮】ッッ!!」
ドォォォンッ!
重厚な赤い魔力の波動が草原を揺るがす。
左右へ回り込もうとしていた二頭のコボルトが、強制的に意識を熊倉二曹へと引き戻され、「ギャンッ!?」とパニックを起こして足を止めた。
「そこです、橘さん! 左右の足元、泥濘化させます!」
私は巫女装束の袖を翻し、両手を地面に向けた。
「地脈励起――【流砂泥濘】!」
ズズズッ! と左右のコボルトの足元の土壌が一瞬で底なしの泥へと変化する。
「キャンッ!? キャンッ!?」
俊敏な四肢を泥に取られ、コボルトたちがもがく。
「【精密射撃】」
タアンッ! タアンッ!
橘一尉の抑制された連射。
魔導弾が唸りを上げ、泥に囚われた二頭の額を正確無比に撃ち抜いた。
残る正面の一頭が怯んで後退しかけたところへ、熊倉二曹のシールドが重戦車のように突進した。
「【ヘビーチャージ】ッ!!」
ドガァァンッ!
棍棒ごと吹き飛ばされた最後の一頭が、空中で光の粒子へと弾け飛んだ。
戦闘時間、わずか十秒。
あまりにも一方的な制圧劇だった。
「ふぅ……。霧島のモンスターに比べると、動きが素直すぎて拍子抜けするな」
熊倉二曹がシールドを下ろして苦笑いする。
「油断は禁物ですが、霧島の過酷な環境を生き抜いてきた私たちにとって、美濃の第1層の敵は脅威にはなり得ませんね」
橘一尉も小銃のセーフティを戻し、微笑んだ。
消滅した三頭のコボルトの足元には、パッシブスキル【万象解体】の恩恵により、綺麗な素材がドロップしていた。
小型の『コボルトの牙』、手入れのされた『粗末な革』、そして――。
「あ、見てください!」
私が駆け寄って拾い上げたのは、油紙に包まれた塊だった。
『名称』:熟成干し肉(オーク燻製)
『品質』:良質(Bランク)
『分類』:ドロップ食品
『詳細』:コボルトが大切に持ち歩いていた特製の干し肉。ハーブの香味が効いており、非常に滋味深い味わい。保存食として極めて優秀。
「干し肉がドロップした! 本当に食べ物を落とすんだ!」
「がはは! まるで絵に描いたような冒険の戦利品だな! 今夜の酒のつまみに貰っていくぜ!」
熊倉二曹が嬉しそうに干し肉を受け取り、私たちは再び笑顔を取り戻した。
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コボルトの縄張りを抜けた先で、私たちは草原の中央にポツリとそびえる、奇妙な地形に行き当たった。
なだらかな緑の大地の中に、そこだけ突然、巨人の骨のように突き出した巨大な灰色の奇岩地帯。
雨風に削られた玄武岩と石灰岩が露出し、小さな岩山を形成している。
「……橘さん、美濃ダンジョンって、草原でも鉱石は採れるんですよね?」
「ええ。基本は草原ですが、こうした局所的な岩石露出部――いわゆる『露頭』において、ごく稀に鉱石の採掘が報告されています。ただし、霧島の鉱山洞窟ほど豊富な埋蔵量はないそうですが……」
「ちょっと見てきてもいいですか?」
「もちろんですよ。」
私はピッケルを片手に、岩山の斜面へと駆け上がった。
頭の上の狐耳を澄ませ、【地脈統御】で岩石の内部の魔素密度をスキャンする。
表面の岩肌はただの石灰岩だ。一般の探索者が見れば、「ただの岩場」として通り過ぎてしまうだろう。
だが、私の感覚は、岩山の北側の亀裂の奥深くに、キン……と澄んだ硬質な金属の共鳴音を感じ取っていた。
「ここ……! この奥に、何か硬いものが埋まってます!」
私は岩の割れ目にピッケルの切っ先を当て、体内の魔素をひとすじ通した。
【万象識別】!
『対象』:隠れ風紋岩
『内部含有物』:緑風の魔銅鉱
『品質』:希少(B+ランク)
『詳細』:草原の豊かな風魔素を数千年かけて吸蔵した特殊な銅鉱石。通常の銅よりも遥かに軽く、魔力伝導率が銀に匹敵する。軽量な魔導武具や、装飾品の接続金具の最高級素材。
「熊倉さーん! ここの岩、叩き割ってください!」
「おうよ! シールドクラッシュ一発、いくぜぇッ!」
下から駆け上がってきた熊倉二曹が、怪力を込めてタワーシールドの角を岩の亀裂へ打ち込んだ。
バゴォォォンッ!!
激しい火花とともに外殻の石灰岩が粉々に砕け散り、その内部から――エメラルドグリーンと淡い琥珀色の筋が走る、美しい金属光沢を放つ鉱石の塊が、ゴロリと三つ転がり落ちた。
「出た……! 『緑風の魔銅鉱』です!」
「綺麗な色だな……! 霧島の真っ赤な鉱石とはまた違った趣があるぜ。」
熊倉二曹が手のひらに載せて目を細める。
「サキに見せたら、今度はどんなアクセサリーを作ってくれるかしら……!」
私は目を輝かせながら、鉱石をアイテムボックスへと大事にしまい込んだ。
草原だからといって、植物だけじゃない。
注意深く地脈を読めば、こうした岩場の奥底に、ひっそりと極上の鉱石が眠っているのだ。
見落とされていた宝物を一つずつ掘り起こしていく快感。
これこそが、探索者の醍醐味そのものだった。
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太陽のような発光岩盤の光が、わずかに茜色を帯び始めた頃。
私たちは、第1層のなだらかな丘の頂へと辿り着いていた。
そこから見下ろす景色は、息を呑むほど壮麗だった。
どこまでも、どこまでも続く、夕暮れ色に染まる緑の海。
遠くの平原には、今日の探索を終えて満足そうにゲートへと引き返していく探索者たちの小さな影が、幾つもの列を作って歩いているのが見えた。
誰もが怪我をすることなく、手には薬草やスライムのドロップ品を抱え、笑顔で語り合っている。
「……平和ですね。」
私がぽつりと呟くと、隣に立った橘一尉が、柔らかく微笑んで私の肩に手を置いた。
「ええ。あかねさんが開会式で伝えてくれた『命を大事にして、安全第一で楽しんでほしい』という祈りが、ちゃんと彼らに届いた結果ですよ。」
「そうだな。」
熊倉二曹も夕暮れの風に吹かれながら、深く頷いた。
「霧島の最前線で命を削って道を作ったお前が言うからこそ、みんな無茶をしなかったんだ。……いい一日だったな、あかねのお嬢さん。」
「はい……! 本当に、楽しかったです!」
私は胸元の守護リボンをそっと撫で、風をいっぱいに吸い込んだ。
アイテムボックスの中には、新種の薬草、甘い木の実、美味しい干し肉、そして美しい緑の鉱石が、ぎっしりと詰まっている。
誰にも奪われず、誰も傷つけず、ただ自然の恵みを分かち合う冒険。
「さて、あかねさん。第1層の散策は十分に堪能できたようですね。」
橘一尉が前方の地平線を指差した。
その先、草原の遥か向こう側に、第2層へと続く巨大な古代の石造アーチが、夕日を浴びて神々しく佇んでいた。
「美濃ダンジョンは第10層までが草原エリアです。……ここから先、さらに奥へ進めば、より強力なモンスターや、まだ誰も見たことのない未知の植生が待っていますよ。」
「行きましょう、橘さん、熊倉さん!」
私はピョンと軽やかに跳ね、白無垢の巫女羽織を翻した。
頭の上の狐耳が、次のフロアから吹き抜けてくる未知の風を捉えてピクリと揺れる。
恵みの大地・美濃ダンジョン。
私たちの新しい探求の旅は、まだ始まったばかりだった。




