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地球はファンタジーにアップデートしました  作者: けろりぬ
第1部:ダンジョン黎明期
19/36

第19話:白銀の林道と、吹雪を統べる白熊

三月十四日、土曜日。

全国のダンジョンが一般の登録探索者たちへ解放される『三月十五日』の前日。

日本中、いや世界中の視線が、再び鹿児島県・霧島第一ダンジョンのゲート前へと注がれていた。


午前八時四十五分。

「日本政府公式・ダンジョン特務チャンネル」の待機画面には、配信開始十五分前にもかかわらず、すでに千五百万人を超える視聴者が殺到していた。

画面の向こうでは、明日から始まるダンジョン解禁を控え、全国の受講者や冒険を夢見る人々が固唾を呑んで待っている。


「……あかねちゃん、バイタル安定。体表面温度は平熱を維持。うーん、完璧な防寒態勢ね!」


プレハブ研究棟の前で、赤城燈主任が手元の端末をタップしながら満足そうに頷いた。

今日の私の装備は、前回の軽装とは打って変わって、まるでおとぎ話の雪国の旅人のような姿だった。


サキが美術準備室の機材と徹夜の気合いを注ぎ込んで仕立ててくれた、白銀と薄藍色のフード付きショートコート。

第二層で採掘した『水霊の魔鉱石』の微粉末と、第一層の『鋼線蜘蛛の糸』を高密度で織り交ぜた特殊生地は、ダウンジャケットのように驚くほど軽いくせに、吹雪の冷気を一切通さない。

フードの左右には、私の狐耳が窮屈にならないよう立体的なスリットが設けられ、耳の根元を優しく保護する水色のイヤーカバーが隙間風を完全にシャットアウトしている。腰の後ろから覗くふさふさの尻尾にも、お揃いの遮熱・耐寒バンドが巻かれ、冷気で毛先が凍りつくのを防いでいた。


さらに、ポケットの中には兄・晃が【錬金術師】のスキルを限界まで絞り出して調合した、飲むと半日以上体内の魔力循環を活性化させて内側から体温を保つ『耐寒活力ポーション』が四本、整然と並んでいる。


「ふふ、もこもこしてて可愛いわよ、あかねちゃん。全国のお茶の間が悶絶死する絵面ね。視聴率五〇%は堅いわ!」

「燈さん、可愛いかどうかじゃなくて命を守るための装備ですからね!?」


私が頬を膨らませて抗議すると、隣に並ぶ橘一尉と熊倉二曹がクスクスと笑った。

橘一尉は白と灰色のスノーカモフラージュ柄の防寒プレートキャリアを着用し、小銃の作動部には凍結防止の特殊オイルが塗布されている。

熊倉二曹のタワーシールドも、表面に耐寒セラミックが焼き付けられた白銀の特別仕様だ。


『――本番十秒前! 五、四、三、二……』


スタッフの手合図とともに、空中に浮かぶ黒い魔導ドローンカメラ『オクルス一号』の青色レンズがカッと光を放った。

配信が、世界へと開かれた。


視界の端のコンタクトレンズ型モニターに、凄まじい勢いでコメントが滝のように流れ落ちていく。


: きたああああああああああ!!

: あかねちゃんキターーー!!

: もこもこコート!?!? かわいすぎるんだが!?

: 白銀の狐っ子、ガチで天使かよ……

: 明日の一般開放前に霧島第5層のアタック見られるの最高すぎる!

: 橘さんも熊倉さんも雪山仕様だ! ガチプロの風格!


何千万もの温かい言葉が、私の緊張をふわりと溶かしてくれた。

私はドローンカメラに向かって、白い手袋の手をぺこりと振った。


「皆さん、おはようございます! 笹貫あかねです。いよいよ明日から、全国のダンジョンで一般の探索者の方々の挑戦が始まります。……霧島ダンジョンはDランク以上の制限がかかっていますが、私たちが一足先に、未知の『第五層』の様子をしっかりレポートしてきますね!」


: 了解です隊長!

: 命大事にね!

: あかねちゃんの配信見てイメトレしてから明日美濃ダンジョン行ってくる!


「これより、特務小隊は第五層・氷雪エリアへの先行潜入調査を開始します。転移!」


橘一尉の号令で、私たちは第四層のポータルクリスタルに手を重ねた。

純白の光の奔流。

胃袋がふわりと浮き上がる無重力感ののち――。


ヒュオオオオオオォォォォォ……ッ!!


吹き荒れる凍てつく風の轟音が、私の鼓膜を容赦なく叩いた。


---


ザクッ、と足元の新雪を踏みしめる感触。

目を開けた瞬間、ドローンカメラが捉えた光景に、コメント欄の文字の流れが一瞬だけ完全に凍りついた。


: うわ……

: まっ白だ……

: 吹雪!? 洞窟の中なのに吹雪いてるの!?

: 寒そう……見てるだけで凍えそうなんだが


そこは、見渡す限りの”白銀の雪原”だった。

頭上の発光岩盤は、白銀と薄青色の鈍い光を放ち、まるで極北の白夜のような静謐で過酷な明かりを地上へと投げかけている。

空気中の水分が凍りつき、ダイヤモンドダストがキラキラと宙を舞う。気温は推定マイナス十五度。

だが、サキのコートと兄のポーション、そして私の【環境適応】のおかげで、肌に触れる冷気は清々しい早朝の高原の空気程度にしか感じられなかった。


「……第四層の草原とは、打って変わって過酷な環境だな。」

熊倉二曹が息を真っ白に染めながら、シールドを正面に構えて周囲を警戒する。


「あかねさん、マップの状況は?」

橘一尉が小銃を構え、視線を巡らせながら尋ねてきた。


「はい! 【地脈統御】、展開します!」


私は足元の雪に右手を差し入れ、大地の魔素へと意識を深く潜り込ませた。

第四層でレベル5に上がり、進化した探査スキル。

大地の魔素の流れだけでなく、氷の下に眠る土壌の起伏や、広大なフロアの全貌が、鮮明な三次元マップとなって脳裏に結像する。


「……見えました。この第五層も、東京ドーム二十個分以上の広さがあります。そして……」

私は視線を正面へと向けた。


「フロアの構造が、はっきりと分かれています。私たちのいる外周部は果てしない雪原ですが……”フロアの中央、全体の半分を占める広大なエリアが、鬱蒼とした『針葉樹の針葉樹林(林)』”になっています。」


「フロアの半分が林……!?」

熊倉二曹が眉をひそめる。


「はい。樹氷のように凍りついた巨木が密集していて、その林の中には、この極寒の環境でしか採れない未知の薬草や、耐寒性の魔鉱石がたくさん眠っています。……けれど、同時にあの林全体が、オオカミ系のモンスターの巨大な縄張り(テリトリー)になっています。」


「オオカミ……第四層のグラスウルフと同系統、あるいはそれ以上の群れか。」

橘一尉が冷徹に呟いた。


「はい。林の中は視界が悪く、オオカミたちの奇襲を受けやすい危険地帯です。……そして、この第五層の安全地帯(セーフエリア)ですが。」

私は北西の方向――中央の林から大きく外れた、雪原の片隅にそびえる氷壁を指差した。


「安全エリアは、中央から外れたあの氷の崖の窪みです。あそこだけ地脈の魔素が温かく滞留していて、遠目からでも目印になるように……”青い魔素の『かがり火』”が焚かれています。」


: かがり火!?

: ダンジョンの中に火が灯ってるの?

: 自然発生のセーフティエリアか、神秘的だな……

: まずはそこを目指すのが定石だな


「了解しました。まずは北西の安全エリアへ向かい、拠点を確保しましょう。雪原を進みます!」

橘一尉の指示で、私たちは白銀の大地を歩み始めた。


ザク、ザクと雪を踏みしめる音。

雪原の開けた視界は、遮蔽物がない代わりに遠くまで見渡せる。

進み始めて数分、私の狐耳が、雪の下をサクサクと掘り返す小さな物音を捉えた。


「あ、橘さん、熊倉さん、ストップです! 敵がいます!」

私の声に、二人が即座に低く身構える。


: 敵か!?

: どこだ!? 見渡す限り雪しかないぞ!?


「前方三十メートル、右手の雪だまりの下です。」

私が指差すと同時に、【万象識別】の文字情報を意識の中で読み上げた。


雪がボフッと跳ね上がり、そこから飛び出してきたのは――全身が雪のように真っ白な、丸々とした毛並みの角ウサギだった。

だが、第一層の個体とは角の形状が違う。まるで透き通る氷の彫刻のような、鋭利な氷柱の角。


『種族』:フロストラビット(氷角雪兎)

『危険度』:Eランク

『特性』:雪中潜航、氷弾射出


さらに、バサササッ! と甲高い羽音を立てて、頭上の岩場から舞い降りてきたのは、ペンギンのように太く白い羽毛に覆われた、大型の鳥型モンスターだった。

鋭い嘴は鋼のように硬く、首の周りに鮮やかな瑠璃色の魔素の羽飾りを纏っている。


『種族』:ブリザードグラウス(吹雪雷鳥)

『危険度』:E+ランク

『特性』:羽ばたきによる局所吹雪(ホワイトアウト)、冷気ブレス


「雪ウサギと……雷鳥!?」

熊倉二曹が目を見張る。


「雷鳥が羽ばたきで視界を奪おうとしてきます! 橘さん、雷鳥の首の羽飾りが魔素コアです!」

「了解! 【精密射撃】!」


タアンッ!

橘一尉の小銃が火を噴いた。

飛び立とうとした雷鳥の首元へ、凍結防止オイルの施された銃身から魔導弾が吸い込まれる。

ギャアッ! と悲鳴を上げて雷鳥が雪上に墜落する。


そこへ、フロストラビットが雪を蹴立てて一直線に突進してきた。

額の氷柱角が青白く発光し、冷気の槍となって突き刺さる――!


「【堅守の構え】ッ!」

ドガァァァン!

熊倉二曹の耐寒シールドが突進を真正面から受け止めた。

シールドの表面が一瞬で白く凍りつきかけるが、耐寒セラミックのコーティングが冷気の侵食を弾き返す。


「足止め完了だ、お嬢さん!」

「はいっ! 妖術――【狐火・熱波】!」


ポンッ! と私の指先から放たれたのは、普段の青白い狐火ではなく、パチパチと燃え盛る小さな赤色の火球だった。

火球がウサギの足元の雪に着弾した瞬間、ドォッ! と激しい水蒸気が立ち上り、溶けた雪がウサギの足元をびしょ濡れの泥濘へと変えた。

急激な温度変化にウサギが悲鳴を上げて硬直する。


「熊倉二曹、粉砕しろ!」

「オラァッ! 【ヘビーチャージ】!!」


熊倉二曹の巨大なシールドスタンプが、泥に足を取られた雪兎を一撃で粉砕した。


二頭のモンスターは、あっという間に光の粒子となって白銀の雪原へと溶けて消え去った。

そして、その足元に残されたのは――。


カラン、と澄んだ音を立てる透き通った『氷角』、驚くほど柔らかく温かい『白銀の綿毛皮』、そして青く輝く『吹雪雷鳥の尾羽』。


『パッシブスキル:【万象解体】適用。確定ドロップ成功。』

『素材品質:良質(Bランク)へ昇格。』


: うおおお、鮮やかすぎる!!

: ウサギと雷鳥、見た目はモフモフで可愛いのに容赦ねえええ!

: てかあの毛皮、絶対めちゃくちゃ温かい高級ダウンになるやつじゃん!

: 尾羽きれい……! アクセサリーにしたい!


「回収しますね!」

私は駆け寄り、アイテムボックスへと素材をスッと吸い込ませた。

手ぶらで軽やかに雪の上をトントンと跳ねる私の姿に、コメント欄が再び「アイテムボックス便利すぎ」「足取り軽すぎワロタ」と沸き立つ。


私たちは雪原のモンスターを危なげなく処理しながら、北西の氷壁へと進んでいった。


---


歩くこと三十分。

雪原の吹き溜まりを抜けた先に、巨大な青氷の断崖絶壁が現れた。

その崖の懐深くに、ぽっかりと外敵を拒むように開いた天然の窪地。


そこへ近づいた瞬間、ピタリと吹雪の風が止んだ。

窪地の中央には、黒い玄武岩で組まれた古代の炉のような台座があり、その上で、大人の背丈ほどもある青白い燐光を放つ炎――『かがり火』が、音もなく静かに揺らめいていた。


「……暖かい。」

橘一尉が小銃を下ろし、息を吐いた。

その炎は、薪を燃やしているのではない。地脈から直接湧き出る純粋な熱素が、青い炎となって燃え盛っているのだ。

かがり火を中心とした半径三十メートルほどの空間は、地面の雪が綺麗に解け、まるで春の陽だまりのように穏やかな暖気に満たされていた。


: 本当にかがり火がある……!

: 青い炎なのに暖かそう!

: 幻想的だなあ……

: ここなら凍えずに野営できるね


「ここが、第五層の安全エリアですね。」

私はかがり火の台座に手をかざし、その心地よい温もりを全身で受け止めた。

「中央の林で素材を集めるにしても、ボスに挑むにしても、ここを拠点にすれば凍傷の心配はありません!」


熊倉二曹がシールドを壁に立てかけ、ドスンと腰を下ろした。

「ふぅ……生き返るぜ。お嬢さん、例のやつ、頼めるか?」

「はい! お任せください!」


私はアイテムボックスから、地上を出発する直前に母と兄が持たせてくれた、保温容器に入った『豚汁』を取り出した。

時間停止の亜空間から出された豚汁からは、まるで今煮込み終わったかのようにアツアツの湯気がモワッと立ち上る。


: 出たwww アイテムボックス飯テロwww

: 豚汁!? この極寒の雪原で豚汁だと!?

: うまそうすぎるだろふざけんなwww

: 腹減ってきた……


「橘さん、熊倉さん、どうぞ!」

「ありがとうございます、あかねさん。……いただきます。」

木製のお椀を受け取った橘一尉が、フーフーと息を吹きかけてすする。

その端麗な顔が、一口飲んだ瞬間にふにゃりと蕩けるように緩んだ。

「……美味しい。身体の芯まで染み渡ります。」

「うめぇぇぇっ! 豚肉の脂と味噌の甘みが五臓六腑に染みるぜぇ!」

豪快に平らげる熊倉二曹。


視聴者たちが「美味そう」「飯テロやめろ」と草を生やす中、私たちは完璧にスタミナとMPを全快させたのだった。


---


「さて、本番はここからだ。」


橘一尉が空のお椀を私のアイテムボックスへ戻し、表情を引き締めた。

かがり火の暖気エリアを出て、私たちはフロアの中央――エリアの半分を占める巨大な針葉樹林の縁へと歩み寄った。


間近で見ると、その林は圧倒的な威圧感を放っていた。

樹齢数百年を超える巨大な唐松やモミの木が、分厚い樹氷を纏って立ち並び、日差しを遮って薄暗い影を落としている。

木々の間からは、ヒョオオオ……と木枯らしが吹き抜け、湿った雪と針葉樹の鋭いヤニの香りが漂ってくる。


「……あかねさん、林の中の様子は?」


私は林の入口の巨木に触れ、【地脈統御】を集中させた。

脳裏に広がる樹林のマップ。


「……すごいです。林の奥、樹氷の根元に、超高純度の『氷霊の魔鉱石』と、万病を治すと言われる幻の霊草『雪中蓮(せっちゅうれん)』が群生してます! 採取ポイントとしては、第三層の鉱山洞窟に匹敵する宝の山です!」


私の目がキラリと輝く。

しかし、その直後、私の狐耳が激しくピンと立った。


「でも……やっぱりいます。林のあちこちに、オオカミたちの群れ。第四層のグラスウルフとは違います。体格が二回り大きく、毛並みは青白い氷の毛皮……『フロストウルフ』です。三十頭以上の大群が、林全体を巡回しています。」


「三十頭か……。視界の悪い林の中でそれと正面衝突するのは避けたいな」

熊倉二曹が唸る。


「ええ。林の素材採掘は、周辺の安全を確保した後の課題ですね。……まずは、この階層の主――中ボスを排除し、安全航路を確立するのが先決です。」

橘一尉の言葉に、私は頷いた。


「はい。そして……その中ボスですが。」

私は林の中央ではなく、林を回り込んだ先――フロアの最奥へと続く雪原の窪地を指差した。

「林の向こう側の雪原に、巨大な氷のドーム状の巣穴があります。そこに……信じられないほど巨大な魔力反応が眠っています。」


私たちは林の深くへは立ち入らず、その外周の雪原を慎重に迂回しながら、フロアの最奥を目指して進軍した。

途中で数頭のフロストウルフが林から飛び出してきたが、私の【気配遮断】と【地脈統御】による先制探知により、熊倉二曹の挑発と橘一尉の精密射撃で難なく各個撃破。

ドロップした美しい『氷狼の毛皮』をアイテムボックスに収めつつ、私たちはついに、最奥の氷の谷へと辿り着いた。


---


そこは、すり鉢状になった巨大な雪のクレーターだった。

クレーターの中央には、氷山をくり抜いたような巨大な氷窟が鎮座している。


私たちがクレーターの縁に立ったその時――。


ズズズズズズ……ッ!


地鳴りのような重低音が雪原を揺らした。

氷窟の奥から、青白い冷気の霧がドッと吹き荒れる。

そして、重い足音とともに姿を現したその巨躯に、私たちは息を呑んだ。


「グルアアアアアアアアッッ!!」


大気を震わせる咆哮。

現れたのは、体長八メートルを超える、山のような威容を誇る”超巨大な白熊”だった。

その毛並みは、ただの毛皮ではない。分厚い永久凍土の氷とダイヤモンドのような氷晶が全身に鎧のように張り付き、背中からは無数の鋭利な氷の棘が剣山のように突き出している。

巨大な前足の爪は、一本が熊倉二曹の腕ほどもあり、踏みしめるだけで足元の雪が青白い氷へと凍結していく。


【万象識別】!


『種族』:フロストベア・タイラント(吹雪を統べる白熊公)

『危険度』:D+ランク(第五層階層守護獣/中ボス)

『特性』:絶対氷壁装甲、局所絶対零度、超質量前脚粉砕、氷嵐ブレス

『弱点』:顎の下の魔素コア、急激な熱膨張(火属性攻撃による装甲の熱亀裂)


: うわあああああ!?

: デカすぎんだろ!! ホッキョクグマどころの騒ぎじゃねえ!!

: 怪獣じゃん!!

: あんな氷の爪で殴られたらシールドごとミンチだぞ!?

: 逃げてぇぇぇぇ!!


コメント欄が恐怖の悲鳴で埋め尽くされる。

だが、私たちは動じなかった。

これまで幾度もの死線を越えてきた信頼が、私たちの足元をガッシリと大地に繋ぎ止めていた。


「橘さん、熊倉さん! あいつの全身の氷は、第三層の亀と同じく『熱の急変』に弱いです! 表面を私の狐火で炙って脆くすれば、橘さんの徹甲弾が通ります!」

「了解! 熊倉二曹、突進を受け止められるか!?」

「やってやるぜぇ! 熊対熊の力比べだぁッ!!」


熊倉二曹がクレーターの斜面を滑り降り、白銀のタワーシールドをドンと氷の大地に突き立てた。


「オラァッ!! かかってこい、デカブツ野郎ッ!!」

【挑発の咆哮】!


「グルオオオオッッ!!」

白熊公が四肢を猛烈に駆動させ、雪煙を巻き上げながら突進してきた。

時速数十キロ、重量数十トンの氷山が迫るような圧倒的質量!


「【堅守の構え】――限界突破ッッ!!」


ズガァァァァァァァンッッッ!!!!


激突の瞬間、クレーター全体に爆発的な衝撃波が走り、数トンの雪が真上へと吹き飛んだ。

熊倉二曹の足が、氷の地面をガリガリと削りながら十メートル以上も後退する。

シールドの表面に張り付いた氷の爪が、激しい火花と冷気の煙を上げる。

だが――熊倉二曹の膝は、折れなかった!


「ぐ、ぐあああああっ……! 重ぇ……だが、止めたぞッ!!」

「熊倉さん、ナイスですッ!!」


私はクレーターの縁から跳躍し、両の手のひらを突き出した。

体内の霊核から、MPを惜しみなく注ぎ込む。


「妖術・極熱――【紅蓮狐火・連弾】!!」


ボワッ! ボワッ! ボワッ!

私の両手から放たれたのは、これまでの青白い狐火とは一線を画す、灼熱の深紅の火球十数発!

第三層の溶岩洞窟を踏破し、火の魔素を深く理解したことで進化した、高熱特化の狐火だ。


深紅の火球が、白熊の胸元、肩、そして前足の付け根の氷晶装甲へと次々と着弾した。


ジュワァァァァァァッッ!!


マイナス数十度の永久凍土の氷に、千度を超える霊炎が直撃する。

強烈な水蒸気爆発が巻き起こり、白煙が立ち込める中――。


ピキピキピキッ! バキィィィィンッ!!


「グアッ!?」

白熊が苦痛に叫んだ。

急激な熱膨張に耐えきれず、自慢の絶対氷壁装甲が、まるで強化ガラスが砕け散るようにバキバキと音を立てて粉々に弾け飛んだのだ!

剥き出しになった、無防備な胸元の皮膚。

そして、顎の下で激しく脈動する、青白い『魔素コア』!


「橘さん、今ですッ!! 顎の下ぁぁぁっ!!」

「貫きなさい――【徹甲撃】・【精密射撃】ッッ!!」


背後から回り込んでいた橘一尉が、跳躍した。

空中で水平に構えられた小銃。

その銃口から放たれたのは、魔素の光帯を螺旋状に纏った、渾身の一撃――極大徹甲弾!


ドォォォォォンッ!!


空気を引き裂く轟音とともに放たれた弾丸は、剥離した氷の隙間を完璧に縫い、白熊の顎の下――露出した魔素コアへと寸分の狂いもなく直撃した。


パリンッ……! と、ガラスが内側から砕け散るような澄んだ音が響いた。


「グル……ア……ッ……!」


白熊公の瞳から光が失われ、その巨大な山のような身体が、ドスン……と雪原へと前のめりに崩れ落ちた。

そして――。


シュウゥゥゥゥ……ッ!


息を呑むほど膨大な、白銀とサファイア色の光の粒子が、冬の夜空の花火のようにクレーターいっぱいに舞い上がった。

吹雪がピタリと止み、頭上の発光岩盤から降り注ぐ光が、雪原を幻想的な青の世界へと染め上げていく。


私の頭の奥で、高らかなファンファーレが鳴り響いた。


『――中ボス【フロストベア・タイラント】の撃破を確認』

『経験値が一定値に達しました』

『笹貫あかねのレベルが【6】に上昇しました』

『スキル【妖術(中級)】が【妖術(上級)】へ進化しました』

『パッシブスキル:【万象解体】により、超希少素材『絶対氷晶の核』を獲得』


「……やったぁぁぁぁっ!」

私は雪の上にへたり込み、両手を突き上げて歓声を上げた。


「がははははっ! 見たかコノヤロー! 熊対決は俺の勝ちだぁッ!!」

熊倉二曹がシールドを掲げて雄叫びを上げ、橘一尉が汗を拭いながら、誇らしげに親指を立ててみせた。


コメント欄は、もはやサーバーが吹き飛ぶのではないかという勢いで祝福と驚愕の言葉が埋め尽くしていた。


: 鳥肌が止まらん……!!

: 完璧すぎる……!

: 狐火で氷を割ってからの狙撃、美しすぎんだろ!

: 熊倉さんマジで人間やめてるwww あの突進止めたぞwww

: あかねちゃんレベル6!? おめでとううううう!!

: これが日本のトップ探索チームか……世界最強だろ……


消滅した白熊の足元には、極大の『氷霊の極大魔石』、白銀に輝く『タイラントの氷毛皮』、そして青く透き通る『絶対氷晶の核』が堂々とドロップしていた。

それらを余さずアイテムボックスへと収め、私たちはクレーターの奥へと歩みを進めた。


---


クレーターを抜けた先。

凍てつく風の吹き抜ける雪原の最奥に、それ(・・)は静かに佇んでいた。


白亜の大理石で作られた、巨大な神殿の広場。

中央には、青白い光を優しく放ち、私たちの帰還を待つ第五層の【帰還ポータル】が浮遊していた。

そして、その奥――。


さらに地下深く、第六層へと続く巨大な階段が、ぽっかりと口を開けていた。


階段の奥からは、冷気ではなく、どこか懐かしい土の匂いと、微かな機械の駆動音のような、不気味な地鳴りが吹き上がってきていた。


「あそこが……第六層への道ですね。」

私が呟くと、橘一尉がポータルのクリスタルに手を重ね、ドローンカメラに向き直った。


「全国の皆様。橘隊はこれより第五層ポータルの認証を完了し、本日の探索任務を終了します。中ボスの撃破により、第五層の安全航路は確立されました。」

橘一尉がカメラに向かって敬礼し、熊倉二曹が豪快に手を振る。


私も、コートのポケットから手袋の手を出し、満面の笑みで手を振った。

「皆さん、長時間の配信のお付き合い、本当にありがとうございました! 明日からのダンジョン開放、挑戦する皆さんはどうか無理をせず、安全第一で冒険を楽しんでくださいね! 霧島ダンジョンからも、皆さんの安全を応援しています!」


: あかねちゃんお疲れ様ーー!!

: 明日、安全第一で頑張ってくるよ!

: 最高の配信をありがとう!

: ゆっくり休んでね!

: 次の配信も待ってるぞーー!!


何千万もの温かいコメントに見送られながら、配信終了のスイッチが押された。

ドローンカメラの青いランプが静かに消える。


「……ふぅぅぅぅっ!」

私は大理石の床に大の字になって倒れ込んだ。

冷たい床が、熱を持った背中に心地いい。頭の上の狐耳が、役目を終えてふにゃりと脱力した。


「お疲れ様、あかねさん。今日も見事な指揮でした。」

橘一尉が優しく手を差し伸べて私を引き起こしてくれる。

「がはは! さあ帰ろうぜ! 基地に戻ったら、赤城のセンセが涎垂らして待ってるぞ!」

「あはは……また抱きつかれないように、逃げる準備しなきゃですね。」


三人で顔を見合わせて笑い合い、私たちはポータルの光の中へと足を踏み入れた。


明日から始まる、人類の新しい時代。

無数の人々がダンジョンへと挑み、世界が大きく動き出すその前夜。

白銀の第五層を踏破した私たちは、確かな自信と絆を胸に、誇らしく地上へと帰還したのだった。


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