第16話:全世界生中継と、風走る大草原
三月に入り、春の兆しが見え始めた土曜日の早朝。
霧島第一ダンジョンのゲート前ベースキャンプは、これまでとは比べ物にならないほどの機材とアンテナ、そして報道対策班のざわめきに包まれていた。
「あかねちゃん、緊張してる? 脈拍は通常より十二パーセント上昇、瞳孔はわずかに散大……うん、適度な交感神経優位ね。バッチリよ!」
白衣のポケットからタブレット端末を覗き込み、赤城燈主任がニヤリと笑う。
その隣では、黒い球体の魔導ドローンカメラ『オクルス一号』が、パタパタと見えない魔力の推進力で宙に浮いていた。レンズの脇には小型の青色魔石がはめ込まれ、ダンジョンの深層から地上の通信網へ映像と音声をリアルタイムで中継する中継コアとして稼働している。
「燈さん、本当に全世界に流れるんですか……? アニメの実況ツイートくらいしかネットに書き込んだことないのに……。」
「今さら怖気づいても遅いわよ。配信プラットフォームは官邸主導の特設サーバーと世界大手動画サイトのサイマル配信。開始五分前ですでに待機画面の同時接続者数が五百万人を突破しているわ。」
「ご、ごひゃく……!?」
思わず私の頭の上の狐耳がぺたんと倒れ、背中の尻尾が落ち着きなく揺れた。
サキが作ってくれた深紅の『鋼線蜘蛛の守護リボン』を指先でそっと押さえる。耳当てこそ熱気のない第四層に合わせて外したが、リボンの防護結界と、腰に巻いた採取ツールホルダーは万全だ。
隣を見れば、歴戦の自衛官であるはずの橘一尉と熊倉二曹も、いつになく肩が張っていた。
橘一尉は小銃のスリングを何度も締め直し、熊倉二曹に至っては耐熱仕様から通常迷彩へと塗り直したタワーシールドの表面を、タオルでキュッキュと神経質に拭いている。
「橘一尉……本当に、俺のこの面が世界中に晒されるのか?」
「ええ、熊倉二曹。内閣府の公式広報規定に基づき、顔のモザイク処理は行われません。……ですが、われわれの任務の本質は変わりません。あかねさんの安全を確保し、第四層の安全航路を確立することです。」
「わ、分かっちゃいるがよ……テレビの前の親父とお袋が見てると思うと、モンスターより緊張するぜ……。」
熊倉二曹の泣き言に、橘一尉が「息を整えてください。」と小さく苦笑した。
私たち三人の視界の端には、燈さんの特製コンタクトレンズ型モニターによって、配信映像とリアルタイムの視聴者コメントが半透明の文字でスクロール表示されるようになっている。
『――本番十秒前! 九、八……』
スタッフのカウントダウンが響く。
「あかねさん、」橘一尉が私の肩にポンと手を置いた。「いつもの貴女のままでいてください。われわれは、貴女の背中を守るためにここにいます。」
「……はい!」
『さん、にー、いち……配信、開始!』
プツン、と小さな起動音とともに、ドローンのレンズが青く発光した。
同時に、私の視界の端のコメント欄が、信じられない速度で奔流となって流れ始めた。
: きたあああああ!!
: マジで始まった!? 政府公式チャンネル!?
: これが日本の進化者!?
: え、待って、めっちゃ普通の女子高生じゃん!?
: キツネ耳!? 本物!? ピクピク動いてるんだけど!!
: かわいいいいいい!!
: 横のゴリラみたいな自衛隊員いかつすぎワロタwww
: 橘さんマジ凛々しい、守られたい
: 霧島ダンジョンの中継ってマジかよ……
世界中からの日本語、英語、多言語のコメントが滝のように流れる。
私はゴクリと唾を飲み込み、ドローンカメラに向かって恐る恐る手を振った。
「あ、あの……皆さん、こんにちは。鹿児島県在住の高校一年生、笹貫あかねです。……えっと、世界がアップデートされてから、色々不安なことも多いと思いますけど、今日は私たちが普段どんな風にダンジョンを探索しているのか、少しでも知ってもらえたら嬉しいです。」
たどたどしい挨拶。けれど、コメント欄は温かい驚きで埋め尽くされていく。
: 声が澄んでて綺麗……!
: 礼儀正しいJKだ
: 海外の進化者はビル壊したりパレードしたりしてんのに、日本は素朴で安心したわ
: でもここ、最難関の霧島ダンジョンだろ? 大丈夫なのか?
「これより、橘隊は霧島第一ダンジョン第四層の先行偵察を開始します。」
橘一尉が凛とした声でカメラに告げ、第三層のポータルへと歩み出た。
「あかねさん、転移の準備を。」
「はい!」
三人が同時にポータルクリスタルに手を重ねる。
白銀の光が視界を埋め尽くし、転移の浮遊感が通り過ぎた後――。
ザァッ……!
肌を撫でたのは、地下深くとは思えないほど爽やかで、みずみずしい若草の香りを孕んだ本物のそよ風だった。
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目を開けた瞬間、ドローンカメラが上空へと舞い上がり、眼前のパノラマを捉えた。
そして、コメント欄が完全に静止したかと思うと、直後に爆発した。
: え……?
: は???
: ここ地下なの……!?
: 空がある!? いや、天井が光ってるのか!?
: 地平線が見えるんだけど……広すぎだろ……
そこに広がっていたのは、見渡す限りの大草原だった。
頭上、遥か百メートル以上の高みにある発光岩盤は、まるで抜けるような五月の青空と白い雲のような淡い青白色の輝きを放ち、大地一面に背丈の低い柔らかな緑の草原が波打っている。
風が吹き抜けるたび、草の海がサワサワと音を立ててうねる。
「第四層……本当に、草原なんですね。」
私は深呼吸をした。
地下特有の淀んだ空気は微塵もない。体内の霊核が、大地を駆け抜ける純度の高い風の魔素に共鳴して心地よく脈打っている。
「事前に赤城主任から共有されたデータによると、第四層の広さは第二層をさらに上回る。」
橘一尉が小銃を胸元に抱え、視線を巡らせる。
「フロアマップの中央は広大な窪地になっており、強大な生体反応が観測されている。……あかねさん、安全地帯の反応は?」
「はい、探知します。」
私はその場にしゃがみ込み、草原の柔らかな土に右手を当てた。
狐耳を澄ませ、【地脈感応】を展開する。
大地の脈動が、風の流れとともに立体的なグリッドとなって脳裏を満たす。
「……ありました。安全エリアは、マップの中央ではなく、”北東に大きくズレた小高い丘の岩陰”です。清浄な風の結界が張られています。」
「よし、まずはそこを中継地点として目指すぞ。お嬢さん、案内を頼む」
熊倉二曹がシールドを構え、歩き出した。
道中、コメント欄は私たちの何気ない行動に釘付けになっていた。
: 隊列がガチすぎる
: 自衛隊員の動きに一切の無駄がないな
: てかあかねちゃん、歩くのめちゃくちゃ軽やかじゃない?
その時、私の狐耳が風のそよぎの中に、かすかな甘い芳香を捉えた。
「あ……!」
私は足を止め、群生する草むらの一角へ駆け寄った。
: ん? どうした?
: 敵か!?
: 警戒しろ!
視聴者が緊張でざわつく中、私が取り出したのは、腰のホルダーに差してあったいつもの”園芸用小型スコップ”だった。
しゃがみ込み、風に揺れる小さな黄色い花を咲かせた草の根元にスコップを差し込む。
【万象識別】。
『名称』:風鈴草
『品質』:良質(Bランク)
『特性』:敏捷性一時向上、呼吸器系疲労回復、微弱浮揚魔素
『詳細』:第四層の澄んだ風の吹き溜まりに自生する霊草。すり潰して煎じることで、肺活量を劇的に高めるスタミナポーションの主原料となる。
「わぁ……! これ、乾燥させてお茶にすると、すごく呼吸が楽になるやつだ! 根っこも太くて上物!」
鼻歌交じりに、私はサキの作ってくれた保存袋へ丁寧に花を収め、さらにそれを胸元の空間――【亜空間格納】へとシュッと吸い込ませた。
: スコップwwwwww
: え、花摘み始めたんだが!?
: てか今、花が消えなかった!?
: 手品!? ポケットに入れたんじゃないぞ!?
: おい待て、今画面に出たステータス情報なに!? 鑑定スキル持ちかよ!!
: 草原のど真ん中でピクニック気分の女子高生、大物すぎるだろwww
「あかねさん、採取も結構ですが周囲の警戒を怠らないでくださいね。」
橘一尉が呆れ混じりに微笑みながら周囲に銃口を向ける。
「あ、すみません! でもこれ、すごく良い薬草で……あ、熊倉さん! そこの岩の下に転がってる白っぽい石、踏まないでください!」
「あ? なんだこの石ころ、邪魔だから蹴っ飛ばそうと……」
「ダメです! それ『風化石』です! 割ると中から純度の高い風霊魔鉱石が出てきます!」
「なっ、マジかよ!?」
熊倉二曹が慌てて足を止め、タワーシールドの角で岩の隙間を慎重に叩いた。
パカン、と外殻が割れると、中から淡い緑色に輝く美しい水晶のような鉱石が転がり出た。
それを私がすかさず拾い上げ、再びアイテムボックスへポイッと放り込む。
: 手慣れすぎワロタwwww
: 完全にゲームのベテラン採集家ムーブ
: 「石ころ邪魔だから蹴っ飛ばそうと」草
: 熊倉さん完全に荷物持ち兼ツルハシ扱いされてて草生える
: でも見ててめっちゃワクワクするなこれ……!
: ダンジョンってこんなに資源の宝庫なのか
視聴者たちが私の採取ペースに驚き、コメント欄が温かい笑いと感嘆で埋まっていく。
未知の素材を発見し、その価値を解き明かしていく楽しさ。
画面の向こうにいる何百万もの人々に、ダンジョンが決して「絶望の穴」だけではないことが、確実に伝わっている実感があった。
だが――風が急激に凪いだ。
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北東の安全エリアを目指し、緩やかな丘陵地帯を半ばほど進んだ時のことだった。
サワサワと鳴っていた草原のざわめきが、ピタリと止まった。
頭の上の狐耳が、空間のねじれるような不快な摩擦音を捉えて激しく震える。
「……橘さん、熊倉さん。」
私の静かな声に、二人が即座に足を止め、背中を合わせるように円陣を組んだ。
「あかねさん、何が来ますか?」
「……囲まれてます。いつの間にか、すぐ近くまで詰め寄られてます。」
私の【地脈感応】の立体マップ。
平穏に見える草原の緑の波の下に、十数個の鋭利な魔力反応が、音もなく私たちを取り囲むように包囲網を敷いていた。
そして、その中央――マップの窪地の方角から、ひときわ巨大で禍々しい風の奔流が急速に接近してきていた。
: え、何? 何が起きてるの?
: カメラの周囲、誰もいないじゃん
: 草が揺れてるだけに見えるけど……
: おいおい、あかねちゃんの耳が警戒モードになってるぞ
突如、右斜め前の草むらが不自然に盛り上がった。
次の瞬間、何もない空間から、緑色の毛並みを持つ巨大な狼が、牙を剥き出して熊倉二曹の喉元めがけて飛び出してきた!
「グルアッッ!!」
「【堅守の構え】ッッ!!」
ガギィィィィンッッ!!
熊倉二曹のタワーシールドに、狼の強靭な爪が激突し、火花が散る。
「敵影確認! ウルフ型モンスター、数は……視認できません! 草に同化しています!」
橘一尉が小銃を構えるが、トリガーを引けない。
飛びかかってきた一頭はシールドに弾かれて草むらに着地した瞬間、まるで水滴が海に溶けるように、その姿が緑の大地の中へと完全に消え去ったのだ。
【万象識別】!
『種族』:グラスウルフ(草隠れ狼)
『危険度』:E+ランク
『特性』:光学迷彩(草原同化)、風刃散布、集団連携
『弱点』:嗅覚・音響への過敏反応、魔素の揺らぎ探知
「姿を消す狼……!? 光学迷彩の集団か!」
熊倉二曹が歯を食いしばる。
見えない敵が、風の音に紛れて周囲を高速で旋回している気配だけが伝わってくる。
草が擦れる音は四方八方から響き、どこから奇襲が来るのか全く絞り込めない。
ヒュンッ! ヒュンッ!
何もない空間から、三日月状のカマイタチ――風の刃が撃ち出され、熊倉二曹のシールドと橘一尉のプレートキャリアを激しく削り取った。
: うわあああ見えない!?
: なんだそれチートだろ!!
: 逃げて!! あかねちゃん後ろ!!
: 自衛隊でもこれ当てられないだろ!?
コメント欄が悲鳴で埋め尽くされる。
姿の見えない敵による遠距離からの風刃攻撃。
橘一尉の正確無比な射撃も、射線と標的が見えなければ引き金を引けない。
じりじりと包囲が狭まり、熊倉二曹のシールドの防護範囲を越えて風刃が私の足元をかすめかけた、その時――。
地響きとともに、丘の向こうからその巨躯が現れた。
体長四メートルを超える、白銀と深緑の毛並みを纏った巨大な狼。
その頭部には、風の魔素を結晶化させた二本の角が生え、周囲の大気そのものを従えるように渦巻く暴風を身に纏っている。
『種族』:グラスウルフリーダー(風統べる翠狼)
『危険度』:Dランク(中ボス/群れの長)
『特性』:完全光学迷彩、広域暴風操作、群れ統率
『弱点』:額の風晶角破損による迷彩強制解除
「オオオオオオオオォォォォンッッ!!」
リーダーの咆哮が響いた瞬間、その巨躯すらもフッと掻き消えた。
完全な透明化。
風の音だけが、全方位から渦を巻いて私たちを飲み込もうと迫り狂う。
「姿を消したまま突撃してくる気だ……! どこから来る!?」
熊倉二曹が叫ぶ。
橘一尉の額を冷たい汗が伝う。
見えない。音も風にかき消されている。
HPのない世界。あんな巨大な狼の牙が一度でも喉を捉えれば、即死だ。
けれど――。
私の頭の奥で、オタクとしての冷静な直感と、研ぎ澄まされた霊狐の五感が、完璧に噛み合った。
(見えないなら……視覚に頼るな。大地を見ろ!)
「橘さん、熊倉さん! 動かないでください!」
私は二人の中心で、両の手のひらを地面へ深々と突き立てた。
「草に隠れても、風に紛れても……大地の草を踏みしめる重みは、絶対に消せない!!」
【地脈感応】――最大出力!
さらに、【万象識別】を大地の振動波形に直結させる!
ドクンッ……!
私の脳裏の立体マップに、劇的な変化が訪れた。
緑の大地の上に、ペタペタと駆け回る見えない足跡――土壌にかかる微細な圧力の変化が、鮮烈な赤い光の軌跡となってリアルタイムに浮かび上がったのだ!
「見えた……!!」
私は目を見開き、迷うことなく前方を指差した。
「十一点の方向、距離十五メートル! リーダーが低空を這うように突進してきてます! その左右、二メートル外側に護衛が二頭!」
「了解ッ!!」
私の的確すぎる座標指定に、橘一尉には一切の迷いはなかった。
「【クイックスプリント】――【精密射撃】!」
橘一尉が前方へ滑り込むように踏み込み、何もない空間――私が指差した一点めがけて小銃を三連射した。
タアンッ! タアンッ! タアンッ!
ガァァァンッ!!
虚空で、硬質な金属が砕け散るような甲高い音が炸裂した。
橘一尉の放った魔導徹甲弾が、見えないリーダーの額の『風晶角』を完璧に粉砕したのだ!
「ギャウッッ!?」
空間に激しいノイズが走り、迷彩が強制解除された。
角を折られ、苦痛に悶えながら実体化した巨大な翠狼が、砂煙を上げて地面を転がる。
頭の角を失ったことで、周囲を取り囲んでいた十数頭の群れの迷彩もドミノ倒しのように一斉に解け、驚愕した狼たちの姿が草原の白日の下に晒された!
: 見えたあああああ!?
: なんで当たったの!? マジで言った通りにいたぞ!?
: あかねちゃん神かよ!!
: 透視スキル!? いや足音か!?
: すげええええええええええ!!
「お嬢さんの言う通りだ! 姿が見えりゃあ、ただの犬ころだろうがよッ!!」
熊倉二曹が咆哮した。
「【挑発の咆哮】ッ! からの――【ヘビーチャージ】ッッ!!」
ドガアアアアッッ!!
動揺した狼の群れめがけて熊倉二曹のタワーシールドが重戦車のように突進し、三頭をまとめて跳ね飛ばす。
「妖術――【水華双掌】!」
私も即座に追撃した。
両の手のひらから放たれた二筋の高圧水流が、立ち上がろうとしたリーダーの足元の土壌を泥濘へと変え、その俊敏な四肢を完全に封じ込める。
「グルルッ……!?」
泥に足を取られ、体勢を崩した巨大狼。
「これで、終わりです!」
回り込んでいた橘一尉が、至近距離からその眉間へと小銃を突きつけた。
「【徹甲撃】!!」
ズドォォォンッ!!
閃光とともに放たれた最後の一撃が、リーダーの頭部を正確に撃ち抜いた。
巨躯がビクンと痙攣し、そのまま大地へと崩れ落ちる。
統率者を失った周囲のグラスウルフたちは、恐怖に尾を巻き、散り散りになって草原の彼方へと逃げ去っていった。
そして――。
シュウゥゥゥ……ッ!
倒れたリーダーの巨体が、息を呑むほど眩いエメラルドグリーンの光の粒子となって霧散していった。
満天の星空のように草原を舞い上がる光の吹雪。
その足元に、コロンと転がり落ちたのは、深緑色に輝く『翠嵐の魔石』と、極上のビロードのような『翠狼の毛皮』。
そして、私の視界の奥で、高らかなファンファーレが鳴り響いた。
『――中ボス【グラスウルフリーダー】の撃破を確認』
『経験値が一定値に達しました』
『笹貫あかねのレベルが【5】に上昇しました』
『スキル【地脈感応】が【地脈統御(ランク1)】へ進化しました』
『パッシブスキル:【万象解体】により、レア素材『翠嵐の角片』を獲得』
「……ふぅ」
橘一尉が小銃を下ろし、息を吐いた。
熊倉二曹がシールドを肩に担ぎ、汗だくの顔で豪快に笑った。
「がははは! 見たか世界! これが俺たち橘隊のチームワークだぁッ!!」
コメント欄は、もはや判読不能なほどの速度で賞賛の嵐が吹き荒れていた。
: 鳥肌立った……!!
: かっけえええええええええ!!
: 自衛隊つよすぎ! 連携が完璧すぎる!
: あかねちゃんの索敵がマジで人間離れしてる、さすが進化者
: てかレベル上がった!? 光ったぞ!?
: 世界最高峰の探索チームだろこれ……!
ドローンカメラに向かって、私がホッと胸を撫で下ろしながら小さく手を振ると、コメント欄の速度はさらに加速した。
「皆さん、応援ありがとうございました。……ちょっと危なかったですけど、無事に撃破できました。怪我人はゼロです!」
笑顔を見せる私の耳元で、サキのリボンが誇らしげに風に揺れていた。
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その後、私たちは北東の小高い丘にある安全エリア(セーフエリア)へと無事に到達した。
そこは巨大な風食岩に囲まれた静かな空間で、澄んだ湧き水と、傷を癒やす清らかな風の結界が張られていた。
携帯食料と、私がアイテムボックスから取り出した淹れたての温かいお茶(時間が停止していたため湯気が立っていた)で乾杯し、私たちは束の間の休息を取った。
コメント欄には「アイテムボックス便利すぎる」「どこでもピクニックじゃん」と羨望の声が溢れかえっていた。
そして、配信開始から約三時間後。
安全エリアを出発し、風の草原を南西へと進んだ私たちは、第5フロア――この広大な第四層の終着点へと辿り着いた。
草原の果てに突如として現れた、白亜の大理石で築かれた巨大な円形広場。
その中央には、青白い光を静かに脈動させる、第四層の【帰還ポータル】が鎮座していた。
そして、その広場の奥には――。
どこまでも深く、冷え切った冷気と、かすかな吹雪の音を吹き上げてくる、”第五層へと続く巨大な階段”が、口を開けていた。
「あれが……第五層への階段ですね。」
私が呟くと、橘一尉が静かに頷き、ドローンカメラに向かって一礼した。
「全国、そして世界中の視聴者の皆様。橘隊はこれより第四層ポータルの認証を完了し、本日の探索任務を終了します。第五層の先行調査につきましては、防衛省および内閣府の協議を経て、改めてご報告いたします。ご視聴、ありがとうございました。」
配信終了のボタンが押され、ドローンの青い光がフッと消えた。
視界の端のコメント欄がログアウトし、大草原に再び、静かな風の音だけが戻ってきた。
「……終わったぁぁぁぁっ!」
私はその場の大理石の床にぺたんと座り込んだ。
緊張の糸が一気に切れ、耳も尻尾もだらりと脱力してしまう。
「がはは! お疲れさん、あかねのお嬢さん! 初めての配信にしちゃあ、満点どころか百二十点の大立ち回りだったぜ!」
熊倉二曹がドスンと隣に座り込み、水筒を煽る。
「ええ。防衛省の広報班から速報が入りましたが、同時接続者数は最終的に二千万人を超えたそうです。貴女の勇敢で、かつ冷静な姿は、世界中に計り知れない勇気と安心を与えましたよ。」
橘一尉も優しく微笑み、私の頭をポンと撫でてくれた。
私は立ち上がり、ポータルの冷涼な結晶に手を重ねて、地上との空間接続を確立した。
光が満ちていく中、私は振り返り、第五層へと続く暗い階段を見つめた。
吹き上げてくる冷気。
おそらく次は、氷雪の世界。
けれど、もう何の不安もなかった。
私のオタク知識と、頼れる仲間たち、そして何百万人もの応援が、私の背中を力強く押し続けてくれている。
「帰りましょう、橘さん、熊倉さん! 燈さんたちが、きっと大騒ぎしながら待ってますよ!」
純白の転移光に包まれながら、私たちは大草原を後にし、誇らしい笑顔で地上へと帰還したのだった。




