第15話:銀の恩恵と、特務ライブ配信の決定
マグマの熱気と激戦の余韻が漂う第4フロアの中央、冷え固まった溶岩の足場の上で、私たちは息を呑んで立ち尽くしていた。
周囲のマグマの照り返しを跳ね除けるように、静謐な白銀の光を放つ直方体の箱。
『第四位階・銀製の宝箱』。
その表面には、蔦や天球儀を思わせる緻密なエングレービングが施され、鍵穴の代わりに淡く脈動する銀色の結晶核が埋め込まれていた。
「……銀、か。前回の銅製でもあんな化け物染みた『魔導変換核』が出てきたってのによ。今度は一体何が飛び出すんだ……?」
熊倉二曹が唾を飲み込み、重厚なシールドを立てたままりと宝箱を見下ろす。
橘一尉も小銃の銃口を下に向けつつ、油断なく周囲の安全を確保していた。
「あかねさん、【万象識別】で危険性の有無を確認してください。」
「はい……!」
私は膝をつき、銀色に輝く金属の冷涼な表面へそっと指先を触れさせた。
『名称』:第三層守護獣の銀宝箱
『トラップ判定』:なし(安全)
『封印状態』:解除待機(接触者の認証により開錠)
『収蔵品』:魔導遺産群(中級上位)
「罠はありません! 開けますね……!」
留め金となっている銀の結晶に軽く魔力を通すと、カチリと澄んだ音が洞窟内に木霊した。
プシューッと、気圧が抜けるような細い音とともに、重厚な銀の蓋がひとりでに持ち上がる。
内側から溢れ出たのは、目も眩むような青白い燐光だった。
だが、そこに収まっていたのは、武器でも防具でも、あるいは巨大な機械仕掛けでもなかった。
「……巻物?」
熊倉二曹が目を丸くして呟いた。
ベルベットのように滑らかな布の上に、厳重に並べられていたのは、五本の筒状の巻物だった。
外側は銀糸で織られた布で巻かれ、中央には小さな魔石が埋め込まれたリボンで封印されている。手のひらに収まるほどのサイズだが、そこから発せられる空間の歪みのような魔力圧は尋常ではなかった。
「あかねさん、これは……?」
「ちょっと待ってください……今、読み取ります。」
私は巻物の一つに意識を集中させた。
『名称』:技能書・【亜空間格納】のスクロール
『分類』:消耗型習得触媒
『数量』:五巻
『効果』:使用者の魂魄に、独立した亜空間ストレージの術式を恒久的に刻み込む。
『仕様詳細』:
* 格納容量は』使用者の最大MP値に完全比例』する(MP1につき約10リットル相当の空間容積)。
* 内部時間は完全停止(生鮮食品の腐敗、薬草の劣化、金属の酸化なし)。
* 重量は外部に一切影響しない(格納物にかかわらず本人の携行重量はゼロ)。
* 取り出し・格納は意識の念動のみで瞬時に完了。
「……っっっ!!」
情報の全貌を把握した瞬間、私の背中の尻尾がバンッと逆立ち、両耳がピンと張り詰めた。
「あかねさん!? 何があったのですか!?」
「橘さん、熊倉さん……これ……これ、『アイテムボックス』です!!」
「あ、あいてむぼっくす……?」
熊倉二曹が首を傾げる。ファンタジー用語に疎い彼には、その言葉の恐ろしさがピンと来ていないようだった。
だが、日頃からラノベやアニメを網羅している私にとっては、これは人類の輸送概念を根底から破壊する究極のチートスキルだった。
「荷物が……無限に入るやつです! いや、正確にはMPに比例するんですけど、私の今の最大MPってレベル4になって”410”あるんです!」
私は興奮のあまり早口になりながら、両手を振り回して説明した。
「MP1につき十リットル……つまり、私なら”四千百リットル”! ドラム缶二十本分以上の荷物を、重さゼロで、ポケットもカバンもなしに体の中にしまえるようになります! しかも、中の時間は止まってるから、さっき採った薬草も、お肉も、温かいお弁当も、傷まないでそのまま取り出せるんです!!」
静寂が訪れた。
溶岩の泡立つ音だけがポコポコと響く中、橘一尉の目が点になり、小銃を持つ手がピクリと震えた。
「……重量、ゼロ。容量は数千リットル。時間停止……」
橘一尉の顔色が、軍人としての計算速度に追いつけず青ざめていく。
「兵站の概念が、完全に消滅しますね……。食料や弾薬の輸送部隊が不要になり、どれほど過酷な前線でも、一人で一個中隊分の重火器と補給物資を運搬できるということですか……?」
「そういうことになりますね……! しかも、それが五本もあります!」
「五本……!!」
熊倉二曹が頭を抱えて唸り声を上げた。
「おいおいおい! 銅宝箱の発電機に続いて、今度は歩く巨大コンテナ船かよ!? なんだこのダンジョン、人類の文明をごっそりアップグレードさせる気満々じゃねえか!」
「あかねさん、そのスクロールはどのようにして使うのですか?」
橘一尉の問いに、私は【万象識別】の補足を読み上げた。
「胸に当てて、『習得』と念じるだけでいいみたいです。誰でも使えますが、一度使うと巻物は光になって消えてしまいます。」
「まずは、あかねさんが一本使ってください。」
橘一尉が即座に断言した。
「今回のボス撃破は、あかねさんの水属性妖術と地脈操作による足場形成がなければ不可能でした。そして何より、採掘や採取を主任務とするあかねさんがこのスキルを持つことが、パーティー全体の探索効率を最も引き上げます。」
「いいんですか……? 私、民間人なのに……。」
「当たり前だろ!」熊倉二曹が太い腕で私の背中を軽く叩いた。「お前がでけえリュック背負ってヨロヨロ歩くのを見るより、手ぶらでピョンピョン跳ね回りながら鉱石を全部吸い込んでくれた方が、俺たちも護衛しやすいってもんだ!」
二人の温かい言葉に、私は胸を打たれた。
「……ありがとうございます! じゃあ、使わせてもらいます!」
私は銀色の巻物を一本手に取り、両手で包み込んで胸元へと押し当てた。
そして、強く念じる。
(習得――【アイテムボックス】!)
シュウゥゥゥ……!
巻物が淡い銀光の粒子へと崩れ、私の胸の奥――霊核の中へとスッと染み込んでいった。
直後、頭の中にカチリと新しい『部屋』が増設されたような、不思議な空間感覚が広がった。
『スキル【亜空間格納】を習得しました。』
『現在容量:4,100リットル(使用量:0%)』
『時間経過:停止』
「……すごい。頭の中に、真っ白で果てしなく広い倉庫ができたみたい……。」
私は足元に転がっていた、先ほど採掘したばかりの巨大な『真紅鉄の原石』に手をかざしてみた。
(しまって!)
念じた瞬間、目の前にあった十数キロの金属の塊が、フッと空間から掻き消えた。
そして、私の頭の中の「白い倉庫」の棚の上に、ちょこんとその原石が整然と置かれているのが認識できた。
手にも体にも、一切の重みはかかっていない。
「消えた……! お嬢さん、取り出せるか!?」
「はい!(出てきて!)」
パッ、と手元に再び真紅鉄の原石が現れ、私の手のひらに戻ってきた。
出し入れにかかる時間はゼロコンマ一秒。思考と完全に同期している。
「これ……リュックに詰めてた鉱石も、薬草も、全部しまっちゃいますね!」
私は背中のタクティカルバッグから、これまで採取した『高純度・火霊魔鉱石』や『紫斑毒胞子茸』、熊倉二曹のバッグに入っていたモンスターの角や毛皮を、次々と亜空間の中へと吸い込ませていった。
数分後、私たちの装備はすっかり軽くなり、私の背中はほぼ手ぶらの状態になった。
「身軽だ……! これ、走るのも跳ぶのもすごく楽です!」
私は尻尾を軽快に揺らしながら、その場で軽く跳ねてみせた。
「素晴らしい利便性です。」
橘一尉は深く頷き、残された四本のスクロールを慎重に専用ケースへと収めた。
「残る四本は、防衛省を通じて旭川ダンジョン、美濃ダンジョンの先行調査隊、および国家戦略物資として最前線の自衛隊員たちへ配分されることになります。あかねさんのもたらしたこの恩恵は、全国の探索者の生命線を劇的に太くすることでしょう。」
私たちはそのまま第4フロアの湖を渡りきり、最奥の『第5フロア』へと足を踏み入れた。
そこは、赤褐色の溶岩の気配が薄れ、再び神聖な石造りの神殿が広がっていた。
中央には、青白い光を放つ第三層の【帰還ポータル】。
そしてその奥には、微かに爽やかな青草の香りと、地上のような柔らかなそよ風を吹き上げてくる、第四層へと続く大階段が存在していた。
「あそこが……大草原への道ですね。」
「ええ。ですが、本日の任務はここまでです。ポータルを認証し、一度地上へ戻りましょう。」
橘一尉の指示に従い、私たちはクリスタルに手を触れて認証を完了。
そのまま、光の奔流に身を任せて地上へと転移したのだった。
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ザザッ……!
霧島前線ベースキャンプの広場に帰還した瞬間、私たちは再び、お決まりの突風に迎えられた。
「あかねちゃぁぁぁぁぁぁんっっっ!!」
「わわっ、やっぱり来たー!?」
案の定、白衣をコウモリのように羽ばたかせた赤城燈主任が、猛烈なスライディング気味に私へとダイブしてきた。
だが、今回は私の体が軽やかだった。
アイテムボックスのおかげで手ぶらだった私は、トントンとステップを踏んで横へスッと回避。
燈さんはそのまま誰もいない芝生の上へと綺麗にヘッドスライディングを決めた。
「ぶふっ!?」
「あ、危ないですよ燈さん!」
「ぐぬぬ……避けられた!? レベルアップの敏捷性補正かしら、それとも私の愛情に対する拒絶反応!? どちらにせよゾクゾクするわね……!」
土だらけの顔を上げた燈さんは、眼鏡を直しながらニヤリと笑った。マッド耐性が高すぎる。
「がはは! センセ、お嬢さんはもう荷物の重さでヨロヨロしたりしねえぞ。ほらよ、これを見て腰抜かすなよ!」
熊倉二曹が誇らしげに、橘一尉の持つケースを指差した。
そして、私たちが第三層の踏破、中ボス【ヴォルカニック・タートル】の撃破、そして銀宝箱から手に入れた【アイテムボックス】のスクロールについて報告すると――。
「……は?」
燈さんの表情から、すべての狂気が抜け落ちた。
完全に真顔になり、手元のタブレットをポロリと落とした。
「アイテム……ボックス? 空間拡張の……ストレージ……?」
「はい。あかねさんが習得したことで、ドラム缶二十本分以上の物資を無重量・時間停止で携行可能になりました。残りの四本がこれです。」
橘一尉がケースを開けて見せると、燈さんは震える手で巻物の一本を掴み、抱きしめた。
「うそ……うそでしょ……。物理法則の棺桶に、また一本極太の釘が打ち込まれたわ……! アインシュタインもホーキングも墓の下で卒倒するレベルよ! これを解析できれば、宇宙開発のペイロード問題が一瞬で解決するじゃない……!!」
燈さんは頭を抱えてその場にしゃがみ込み、数分間、ブツブツと数式と歓喜の言葉を呟き続けていた。
やがて、スーッと深呼吸をして立ち上がると、その瞳にはいつもの怜悧で知的な、そしてちょっぴり危険な光が戻っていた。
「素晴らしいわ。完璧よ。貴女たちは私の期待を三光年ほど飛び越えていくわね。……さて、あかねちゃん。そして橘一尉、熊倉二曹。」
燈さんが白衣のポケットから、見慣れない手のひらサイズの黒い球体を取り出した。
表面にはレンズのようなガラスと、青い小型の魔石が埋め込まれている。
「地上へ戻った貴女たちに、防衛省、内閣府、そして文部科学省の合同対策本部から、極めて重大な『特務提案』が届いているわ。」
「提案……ですか?」
私が首を傾げると、燈さんは黒い球体を宙へと放った。
球体は落ちることなく、フワリと魔力で私の目の前の空間に静止し、レンズを私に向けた。
「『君たちのダンジョン攻略と活躍を、この魔導カメラを使って全世界へライブ配信してみないかい?』という提案よ。」
「……え?」
私の口から、間抜けな声が漏れた。
橘一尉が眉をひそめ、鋭い視線を燈さんに向ける。
「主任、それは本気ですか? 霧島ダンジョンは最高機密の最前線です。探索の映像を一般に公開するなど、防諜上の観点から到底認められるものでは――」
「防衛省のトップも、内閣総理大臣もすでに承認済みよ、橘一尉。」
燈さんは真剣な眼差しで、言葉を継いだ。
「理由は二つあるわ。第一に、研究と啓発のため。現在、全国の学校や企業で『ダンジョン共生』のカリキュラムが始まっているけれど、一般国民にとってダンジョンはまだ『正体不明の恐ろしい魔窟』か、あるいは『一攫千金のゲームの舞台』という極端な二者択一でしか捉えられていないの。……プロの自衛官がどう連携し、どう環境に適応し、どう安全を確保して探索を行っているのか。その『正しい探索のお手本』を国民に見せる必要があるわ。」
そして、燈さんは私の目を真っ直ぐに見つめた。
「そして第二の理由……それこそが、”笹貫あかね、貴女の存在”よ。」
「私……?」
「そうよ。世界にたった五人しか確認されていない、神話級の種族進化者。……今、世界中が貴女に注目しているわ。北欧の巨人は軍事パレードで山を砕いて国威発揚に利用され、北米のハイエルフは巨大コングロマリットの広告塔として派手な魔法をぶっ放している。そんな中、日本の進化者は『未成年』という理由で完全に情報を秘匿されてきたわ。その結果、何が起きていると思う?」
燈さんが手元の端末を操作し、ネットのニュース画面をホログラムで空中に広げた。
『日本の進化者は政府に人体実験されているのではないか?』
『鹿児島に幽閉されているという噂は本当か?』
『海外の過激派組織が進化者の奪取を計画中か』
画面には、根も葉もない憶測と陰謀論が世界中の言語で飛び交っていた。
「放置すれば、先日の『ダンジョン解放戦線』のような暴徒が、今度は貴女自身を標的にして学校や自宅に押し寄せてくる危険があるわ。……だからこそ、先手を打つのよ。『日本の進化者は、自衛隊と対等なパートナーシップを結び、自身の意思で、極めて健全かつ平和的に未知を開拓している』という姿を、白日の下に晒すの。」
「隠すのではなく、あえて堂々と見せることで、あかねさんを守る盾にする……ということですか。」
橘一尉が納得したように呟いた。
「そういうことよ。もちろん、顔や本名は伏せたままでも構わないわ。アバター機能やモザイクをかけることも技術的には可能よ。……あかねちゃん、貴女はどうしたいかしら?」
燈さんに問われ、私は自分の手を見つめた。
耳元のサキのリボン。ポケットの中の兄のポーション。
そして、今週学校でクラスメイトたちからかけられた温かい言葉。
『笹貫、いつもありがとな!』
『無理すんなよ!』
あの言葉を思い出した時、私の胸の中にあった小さな迷いは、綺麗さっぱり消え去っていた。
「……私、配信、やってみたいです。」
「あかねさん!?」橘一尉が驚いて私を見た。
「顔は……別に隠さなくても大丈夫です。学校のみんなはもう私のこと知ってますし、ネットで変な噂を立てられて家族や友達が不安になるくらいなら、私が元気にダンジョンで薬草掘ってるところを見てもらった方が、みんな安心してくれると思うんです。」
私はニッと笑い、頭の上の狐耳をピクリと動かした。
「それに……オタクとしては、未知のダンジョンを冒険する楽しさを、誰かに布教したいじゃないですか!」
私の言葉に、橘一尉は呆気に取られたあと、クスリと優しく微笑んだ。
熊倉二曹が腹を抱えて大爆笑する。
「がははははっ! さすがはお嬢さんだ! 肝が据わってやがる! よし、決まりだな! 俺のこの分厚い盾の勇姿も、バッチリ全国の茶の間に届けてもらおうじゃねえか!」
「決まりね!」
燈さんが満足そうに指をパチンと鳴らした。
「次回、第四層――見渡す限りの大草原エリアへの突入時、『日本政府公式・ダンジョン特務チャンネル』を開設し、世界同時ライブ配信を敢行するわ! 配信用の魔導ドローンカメラのチューニングは私が完璧に仕上げておくわよ!」
夕暮れの霧島山麓。
冷たい風が吹き抜ける中、私たちの物語は、地下の暗闇から、世界中がリアルタイムで見守る大舞台へと、大きく舵を切ろうとしていた。
未知なる第四層の大草原。
そして、画面の向こうで待つ何億人もの人々。
新しい冒険の予感に、私の尻尾はワクワクとした興奮で、夕暮れの空に向かって大きく揺れていた。




