前髪
そして、私たちは少しずつ内容を決めていよいよ小説を書き始めた。
といっても、私は元々書くのなんて得意ではないから、ほとんど彼がやってくれた。
私は何をするでもなく、そんな彼の隣で呑気に本を読んでいたのだけれど。
実際は内容なんて全然入ってこなくって。
あ、睫毛長いな、とか。
凄い、前髪サラサラだ、とか。
袖から覗く手首が綺麗だな、とか。
隣にいる彼の方に目がチラチラ行ってしまってた。
心の奥では、私と彼が周りの人から彼氏彼女に見えてたりして。
なんてうっすらと期待しながら。
だけれど、そんな私の気持ちなんか気にも留めない様子で彼はただ淡々と、黙々と小説を書き続けていた。
私たちが目指す賞への応募締め切り2週間前になると、彼はだんだん焦ってきたのかデリートキーを押す強さが増して、なんとも言えない迫力があった。
それでも、私は呑気に隣で小説を読んでいたのだけれど。
その時の彼は夜遅くまで起きてパソコンの画面に小説を打ち込んでいるせいか、コンタクトが目に入らなくなったから黒縁眼鏡を毎日かけていた。
そんないつもとは違う彼の姿に少し胸を跳ね上げてしまう私は大概だなぁ、なんて思う。
「ふぅー、やっと終わった!」
午後5時過ぎ、彼はそう言うと大きく背伸びをした。
彼の肩からはポキッという音が鳴っていて、その音がいかに彼が頑張ってくれていたかを教えてくれる。
「全部任せっきりでごめんね、後は私が誤字とかチェックするよ」
私はそう言って、彼に私のUSBを渡した。
彼は私の青色の小さなUSBを受け取ると、早速書き込みを始める。
「はぁー、疲れたよ」
そんな時に彼がいきなり、私の肩に頭を預けるものだから。
「……え!?」
今まで聞いたこともないような馬鹿らしい声を出して驚いてしまう。
そして、彼もそんな私の言葉に、初めて自分がしたことに気づきました、とでも言わんばかりに顔を赤らめて肩から頭をすぐにどけた。
「……あ、ごめん!なんか、その、うん」
なんて表現の苦手な人だろう。
小説はカタカタとあんなにも書けるのに。
違うんだよ、いや違わないんだけど。
彼はそう自分に言い聞かせるように前髪を引っ張っりながら、そう呟く。
「ねぇ、これで終わり?」
私はそんな彼に追い打ちをかけるように、ふと疑問に思ったことを彼にぶつけた。
この言葉一文が彼にどう受け取られるかは分からない。
主語もないし、私が具体的にどう答えて欲しいかも、きっと言葉の裏の裏に隠れてる。
でも、たった数週間だったけれど、彼の隣にずっと私がいたことは確かなことで。
遅すぎるかもしれないけど、私はもう自分の心の底の本音が分かってしまってて。
彼の心の中も同じ想いが流れてたらいいのに、なんて自然に思っちゃうくらい、それは重症化してて。
でもこの言葉が不意に口をついて出ちゃうくらい、私の心の中のこの感情は揺るぎないものになってしまってる。
あ、ほら。
また、彼が前髪を引っ張る。




