柳沢邦雄 2
土曜日の授業が半日で終わると、僕と牧之条さんは別々のルートで地下鉄の根津駅まで行き、そこで落ち合うと根津高校に向かった。
受付で牧之条さんは「巣鴨北高校の牧之条明日香と申します」と学生証を見せながら名のったのちに、根津高校の卒業生だった自分の母が亡くなり、いろいろと整理している中で気になる写真が出てきたので話を聞きたくてお伺いしました、と説明した。
「あなたは?」
「お嬢様の付き添いです、牧之条家で下働きのようなことをしています」
不慣れなスーツを着た僕の説明と格好を見て、受付のおじいさんの視線が急に厳しくなった。牧之条さんが、「あの、写真を見ていただきたいのですが」と追求が始まる前にたたみかけ、僕は付き添いらしく見えるように、うやうやしく写真を取り出してカウンターに置いた。
牧之条さんが神妙な顔で切り出した。
「母が先日交通事故で亡くなった時に残っていた写真なのです。何か意味があるのか、と思って。この学校の教室ではないかと思うのですが」
「ちょっと見せてもらっていいですか」
牧之条さんの言葉に表情を引き締めると、受付のおじいさんは写真を手に取って老眼鏡をかけ、さらにテーブルの筆立てからルーペを取り出して覗き込んだ。
「これはこれは、ほうほう」と微笑みながら呟くと後ろを振り返り、職員室の中に向かって「高橋先生」と声をかけた。
奥から女性が現れると、おじいさんが「懐かしい写真が出てきましたよ、これ、高橋先生じゃないですか」と話しかけた。
高橋先生、と呼ばれた女性は写真を覗き込むと「あらやだ、ずいぶん若い頃の写真だわ。どこから出てきたの」と笑いながら受付のおじいさんに声をかけ、それから僕たちを見て真剣な表情になった。
「どなた?」
「あの」と牧之条さんがもう一度説明をした。
高橋先生は、「母が亡くなった」と聞くと「えっ」と言って口を覆い、しおらしくうなだれている牧之条さんに、「ごめんなさいね」と頭を下げた。
豪毅の考えた通りだった。写真は根津高校で撮られたものだった。しかも写っている人物その人に会えた。いつ撮られた写真かを確認して教室も見たい、そうすれば写真の謎を解読するヒントになるかもしれない。
しかし、ここで僕が聞くわけにはいかない、僕は付き添いの役回りなんだ。じりじりしながら牧之条さんの言葉を待った。
「あの、いつどこで撮影された写真かわかりませんか」
牧之条さんの言葉に、高橋先生がメガネの位置を直して写真を覗き込んだ
「どの教室かはわからないけれど、文化祭の時の写真ね。黒板アートが描かれているみたいだし、きっとイラスト部の発表をしている教室の写真だわ。私、ずっとイラスト部の顧問なのよ、昔は漫画研究部って呼んでいたけど」
「何年に撮られたかはわかりませんか」
「うーん、かなり若い頃というのはわかるけど、そこまでは」
その言葉にうなだれた牧之条さんに、「ごめんなさいね、あまり役に立たなくて」と高橋先生は優しく声をかけた。このまま帰ることになってはまずいと、僕は冷や汗が出た。
牧之条さんは顔を上げると「ご無理を承知で申し上げるのですが、教室を拝見させていただけないでしょうか」と背筋を伸ばして伝えてから、深々とお辞儀をした。
とても綺麗なお辞儀だった。
思わず見惚れてしまった僕も慌てて「お願いいたします」と、遅れて頭を下げ、横目で牧之条さんが姿勢を直すタイミングを見計らった。彼女はその姿勢のまま動かなかった。
「顔を上げてちょうだい」
ゆっくりと姿勢を正すと、高橋先生の目に光るものがあった。
僕はホッとして膝の力が抜けそうになった。




