牧之条明日香 4
背中の羽はまだ小さいかもしれない、でもパパのところまで逃げればいい、そう思って三人に打ち明けた。
そして今、私はパパに会おうとしている。
柳沢君が私にスマホの画面を見せて「行って」と指示した通りに、私は車室の出口に向かっている。
柳沢君を振り返ることはもうできない、彼に謝ることもできない。
席を立つときに最後に目を合わせた柳沢君の表情は、感情を隠したという意味のいつもの彼の無表情とは違う、まるで幼い子が親に捨てられたことがわかったとでも言うような、途方にくれたような寂しい表情だった。
いつも感情を見せない彼が感情を見せたのは、これで三回目だった。
クイズ研究会の部屋で両親の話をした時に「なぜ置いて逃げてしまったんだろう」と言った時が一回目。
柳沢君の表情は「無駄だから諦めた方がいい、きっともうこの世にはいない」と言っていた。そのときにわかった、柳沢君は私と同じような悲しみを抱えているのだと。もしかしたらご両親のどちらかをとても辛い形で失ってしまったのではないかと思った。しかし、柳沢君がそれを私の身の上に重ねて見るのは、違う。パパはそんなことはしない、パパが写真をママに託したのは、生きてまた会うつもりだったのだから。パパはどこかに必ずいる。だから私は柳沢君に「パパは死んでいない」と言ったのだ。
根津高校に訪問した日の帰り道、私の問いかけに答えた時が二回目。
「パパに会えるのよね」と問いかけた私を見た彼の目の奥に、確かに小さな光のゆらぎを見た。それは暖かくて落ち着いていて、寄り添いたくなるような安らぎを感じさせるものだった。
私は本気で逃げるつもりだったし、彼は「本気で」私を逃がそうとしている、そう確信した。
その時に私は、柳沢君を最後まで信じようと決めた。
それなのに私は最後まで信じることができなかった。




