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  作者: ゆくえ知らず
安達豪毅
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51/62

安達豪毅 14

俺と明日香はまともに向き合うことになり、明日香は俺の顔を見た瞬間に口に手を当てた。


必死で悲鳴を抑えようとしているのか手の間からうめき声が漏れ、涙目になっている。


 本人にも驚かれるくらいなら問題なく化けられているのだろうと半ば安心したが、邦雄の戦略にまんまと乗せられていると思うと、面白くない。


 明日香が何か言おうとして口を動かしているが、驚きのあまり声になら内容だった。


 残念ながらゆっくりと説明している時間はなかった。帽子とパーカー、それに座席番号のメモを渡し、「急いで」と明日香の背中を押して送り出し、俺はトイレの扉を開けて中に入った。 

 しばらく時間を稼いでウィグと衣装を整えてから、深呼吸をして自分に暗示をかけた。


「今からは明日香だ」


 トイレをで車室に向かうが、さすがに足が震える。表情もひきつっていないかと心配になる。しかしこの少しの時間だけだ。俺はここで大芝居を打つんだ。車室のドアが開いて静かな車内に入ると二つの視線を感じて、一層緊張した。


 明日香の所作は美しかったな。


 クイズ研究会の部屋で見たあのお辞儀は見とれてしまった。俺だって中学時代に長距離走っているから体幹が整っていて問題ないと、姉ちゃんたちからは言われたが、それでもずいぶん姿勢を矯正された。俺は、揺れないでくれよと祈りながら通路を進んだ。十歩にも満たない距離が永遠にも感じられた。

 邦雄の隣にようやく座れたが、動悸がひどい。脈拍が耳の奥で響いて呼吸が浅くなってしまう。


「落ち着け、落ち着け」と念じながら視線を動かさず、震える手を膝の上で合わせて押さえつけた。やがて後ろから通路をやってくる足音がして、俺の横で一瞬止まったように思えたが、そのまま前方にゴミ袋を持った背中が通り過ぎて行き、車室を出た。


 ここが正念場だ。監視役はゴミを捨てるとすぐに戻ってきた。

 とりあえずそのまま別の車両を探しに行かなかったのは良かった。ここで疑われないようにしなければいけない。

 俺は、監視役など全く目に入らないという表情を続けた。監視役の歩みが徐々に遅くなり、俺を観察しているように感じられた。姉ちゃんたちも太鼓判を押してくれたんだ、俺は間違いなく明日香になれている。


 好きなだけ観察してくれ、そう開き直った。


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