早川久美子 5
柳沢君と豪毅の後ろを、明日香を支えるようについていく。明日香は一度私の肩から頭を上げて周りを見た。そして、「学校の中だった」とつぶやくと安心したような表情をした。
柳沢君は、「クイズ研究会」と太い字で書いた紙をドアに貼っただけの教室の前で止まると、引き戸を開いた。使っていない教室を前後で仕切った後ろ半分がクイズ研究会に割り当てられたスペースのようだった。スペースの中央に四つの机が向き合っておかれ、教室前方との仕切りの前に余った机が寄せられている。
机を挟んでこちら側に私と明日香が座り、反対側に柳沢君と豪毅が座った。二人の肩越しに教室の後ろに設けられた生徒用の個人ロッカーのスペースが見えた。いまではその中にはシグナルのようなものや大きなボタンのついた、ガラクタとしか形容しようのない機械が無造作に置かれていた。
明日香は、席についても怯えたように俯いていたが、並べられた機械に気がつくと不思議そうに目をやった。
明日香と私を観察するように見ていた柳沢君は、その視線に気がつくと振り返って「ああ、あれはね」と言って立ち上がり、一つの機械を手に取り頭にかぶった。頭から伸びたコードの先にある箱を手に取ると電池を入れてこちらを向き、箱の真ん中にある大きなボタンを押した。
ピコンと大きな電子音がして、柳沢君の頭の上に赤く輝くシグナルが跳ね上がった。
「これ、クイズ選手権の練習用。昔使っていたらしいんだ」
柳沢君が真面目な顔で言うと、明日香がぽかんと口を開けた後で、微かな声を出して笑った。その様子に柳沢君が安心したように機械を戻し、席に着いた。しかし、それでも明日香は話すきっかけを探るように視線を左右にめぐらせていた。
その様子を観察するように見ていた柳沢君が、変な顔をして明日香から豪毅に視線を移した。そして少しだけ口元を緩めた。なんだか笑いをこらえているように見えた。
本当に柳沢君の考えていることはわからない。
柳沢君の視線に気づいた豪毅は、待っていることに耐えられなくなったのか、急に不機嫌な表情になり、「なあ、なんの用事なんだよ。明日香の母ちゃんが亡くなってそれでどうしたの」と言った。
バカバカ、何てことを言うのよ、と私は焦って豪毅を睨みつけた。柳沢君の深謀遠慮ぶりも曲者だが、豪毅のこのストレートな物言いは、本当に問題だ。
明日香が肩を震わせると、重ねた手の甲にパタパタと涙が落ちた。
「豪毅はさ、もうちょっと考えて喋ってよ」
私は、豪毅を睨みつけた。
すっかり弱ってしまってなかなか声を出すことができない明日香に変わって、私は思い切って話し始めた。
「明日香のお母さんが文化祭の前日に亡くなったの、交通事故だったって。その時に写真を託されたんですって。その意味を解読してほしいの」
「意味?解読?なにそれ」と言う豪毅の隣で、柳沢君がまた眉をひそめた。
私が明日香を促すと、明日香はハンカチを出して机に置き、そのハンカチを開いて写真を見せた。
「なんだ、これ」と豪毅が首を傾げた。
「この写真の謎を解くことには、どういう意味があるの?」と柳沢君。
言われてみればそうだ。明日香のお母さんが写真を探していたとは聞いたけれど、どういう目的だったのだろう。明日香を見るとうつむいたままで、膝の上でハンカチを握った手が震えている。
「明日香」と声をかけると、明日香はハンカチを握り直して顔を上げ、「謎を解いて、私をパパのところに逃がしてほしいの」と、はっきりした声で言った。
私は、驚いて明日香の横顔を見た。決意を示すような強い目の光だった。
「逃げるって」
柳沢君と豪毅が驚いて目を合わせた。
「穏やかじゃないよね、それに」と柳沢君が言ったのに、「いきなり結論なんて」と豪毅が続けた。
「いやそうじゃなくて、理由だよ。お母さんが亡くなったことと関係があるの? お父さんは家にいないの?」
柳沢君が質問を変えた。
明日香が頷き、お父さんが中学一年の時に失踪したこと、それ以来お父さんに会いたくもないと言っていたお母さんが、最近急にお父さんに会わなければと言い出したこと、事故で亡くなる時に、写真を見てと言い残したことをぽつぽつと話した。
「信頼できる人に見せて、とママが言ったの。だから久美子に相談した」と明日香は言葉を結んだ。
明日香の言葉に、豪毅と柳沢君が私を見た。
「それで、あなたたち二人に相談したのよ」と、平静を装って言ったけれど頬が熱くなった。それを隠すために「お願い、助けて」と頭を下げた。




