早川久美子 4
翌日、言葉通りに明日香は学校に来た。急病と聞いていたクラスの子達は、一層白さを増してやつれたように見える明日香を見て体調を心配し、一通り心配した後では、文化祭の写真を見せて明日香が不在だったことを惜しんだ。
二人きりになれる時間は、なかなかできなかった。休み時間のたびに、メイドカフェの盛況さを伝え、自分の推しの写真を見せに来るクラスメイトが明日香の席の周りに次から次へと現れた。私は調理担当であまり店に出ていなかったので、改めて写真を見てその仕上がりと盛り上がりに驚いた。女子の男装の可愛さに負けず劣らず、サッカー部や野球部や水泳部などの、運動部男子の女装も魅力的だった。夏休みの練習で焦げたくらいに日焼けした肌に、プラチナやブロンドのウィグと華やかなメイクがよく映えていた。
「男子なのにメイク上手なのね」という明日香の言葉に、みんなが笑った。
「わたしたちがメイクしてあげたのよ、楽しかった」
「運動部男子だってあんなに映えるんだから、安達くんだったらもっと綺麗だったと思うの、残念。久美子もそう思うでしょ」
そう言って、何人かの女子が頬を膨らませた。その言葉が聞こえたのか、席から豪毅が私を睨みつけた。その豪毅の視線に「違う違う、私は何も言っていない」と手を振って答えた。
明日香と話す時間は昼休みまでとれなかった。昼食を終えるとトイレに行くと言って皆から離れ、そのまま二人で階段を上がって屋上に向かった。
明日香のお母さんは、交通事故で亡くなった。
「パパに謝らなければ」とうろたえていた明日香のお母さんは、文化祭の前日に「さっき見つけたの、話さなければいけない」と言って慌てて明日香を連れ出したそうだ。
「監視が付いているから急いで」
そう言ってまだ青信号に変わっていない横断歩道を無理に渡ろうとして車に轢かれてしまったという。
「監視って」
呆然とした。
「明日香にも付いているの?」
明日香は暗い表情で「大丈夫よ、学校の中にまでは入ってこないから」と言った。
信じられなかった。
「そういう問題じゃないわ。自分の家の人間に監視つけるなんて、おかしいよ」
「そうなの」
明日香が諦めたように頷いた。「おかしいのよ、私の家。どうしてこんなことになっているのか、わからないままパパもママもいなくなってしまったけれど」
明日香の表情が、高校入学の時に戻ってしまっていた。自信のない、かごの鳥。
「ね、相談したいことって」
私は話題を変えた。
明日香は、ハンカチを取り出すと、そこに包まれていた写真を私に見せた。
「ママが事故で亡くなる時に、『写真を見て』と言ったの。見つけた、ってこれのことだと思う」
写真の切れ端のようだが、何の意味があるのか、見当がつかなかった。私の疑問を感じ取ったように明日香は、「私にも何だか全然わからない」と言った。
こんな謎解き、私には絶対無理。
「どうして私に」
写真と明日香を交互に見比べながら私は聞いた。どう考えても相談する相手を間違えている。
「ママは、信頼できる人に見せて、と言ったの」
明日香が私の目を見ていた。
「だから久美子に相談したの。まだ誰にも話していない」
心の奥で、青白い炎が小さく音を立てて燃え上がった。なんとかしないと、と思った。しかし私の知識ではどうにもならない。高校一年生も半分を過ぎたがそれほど人脈があるわけでもない。こういうことを相談できそうな顔が一つ、真っ先に思い浮かんで頬が熱くなったが、それを横に置いて野球部の部員や先輩のマネージャー、父や、その会社の社員の方々を思い浮かべた。
「誰に相談するか、私が決めていいの?」
結局、心から信頼できるか、という点では今のところ候補者は一人だった。
明日香は、頷いて「久美子を信頼している」と言った。
放課後、私は明日香の手を引いて「相談相手」に向かった。私の視線の先には、自分の机に浅く腰をかけている豪毅の姿があった。豪毅は、その隣の席に座っている柳沢邦雄君と話をしていた。この二人はいつも一緒にいる。
柳沢君のことはよく知らないが、すごい切れ者だろうと思う。文化祭の出し物を、ただの喫茶店から男女混合メイドカフェにして、男女を入れ替えるアイデアを出したのは柳沢君だった。
おかげで男女共に幅広く仕事が分担されたし、まさかあれほどみんなが乗り気になるとは想像以上だった。人気投票でも上級生の中に食い込んで全校3位になって、文化祭実行委員が泣いて喜んでいた。今は、豪毅と一緒にクイズ研究会の再興を目指しているということだった。
中学校の時は陸上部に所属していた豪毅が文科系に興味があったのは意外だったし、お世辞にもスポーツマンには見えない柳沢君といつも一緒にいるのも意外だ。
柳沢君は、性格も見た目も、何から何まで豪毅と違う。いつも冷静で、分析するとか値踏みするとか、そんな目で人を見る。豪毅と違って大柄で横幅が広い。豪毅と同じなのは、色が白いところくらいだが、運動をしていないから、という理由が豪毅と違っていた。
今も、私と明日香が近づくと豪毅よりも先に気がついて口を閉じ、じっとこちらを見ている。「信頼できるのか」と問われたら、あまり自信がない。 豪毅が遅れて私たちに気がつき、少し意外そうに「よ」と声をかけてきた。
私は、柳沢君の視線に落ち着かないものを感じながら、「あの、少しいいかな」と豪毅に声をかけた。
「俺に? それとも邦雄と俺の二人に?」
「二人に。それにちょっと込み入った話なの」
私の言葉に柳沢君が少し眉を寄せた。観察されているようで居心地が悪い。
「助けてほしくて」
近くに人がいないことを確認して、私は小声で言った。
「助ける? なんか真面目な話?」と豪毅があっけらかんと聞いてきた。真面目な話に決まっているじゃないか、こういう時の豪毅の無神経さに呆れてしまう。
私の横で硬い表情で明日香が頷いたので、「どこまで話していい?」と尋ねたが、白い顔を一層白くして頷くだけだった。仕方ない、と私は声の届く範囲に人がいないことをもう一度確認して、「明日香のお母様が亡くなって」と切り出した。
さすがに二人の表情が一変した。
豪毅が慌てて「そ、それは。御愁傷様です」と明日香に向かって頭を下げた。みんなにわかってしまうじゃないか、豪毅のバカ、と言いたいのを我慢して、どう切り出そうかと考えていたら、柳沢君が「確かに、場所を変えた方が良さそうだね」と静かに言い、体を揺すって立ち上がった。




