安達豪毅 10
親父さんの表情が一層暗くなっている。
「今となっては、僕たちの気持ちを押し付けた、ということになってしまうかもしれないけれど、僕たちもそれなりに頑張った。
手始めに明日香は公立の中学に進学させた。僕と花香が根津高校で出会っているということがあったので、家からは中高一貫にすべきと大反対をされたけれど、それに対する反発もあって押し通した。
でもそれ以来牧之条家と僕たち、というか東野流と僕たち家族の関係は本当に厳しくなった。花香には兄と弟がいて、義兄が花香の母、当代当主を助けて牧之条家を牛耳っている。
この義兄と当主の、二人からはことあるごとに小言を言われたし、花香は一切の情報を遮断されて行動を監視され、それは明日香にも及んだ、見せしめのようにね。
牧之条家のやり方に従えばこんな思いをしなくて済む、というわけだ。
一方で義弟は東野流を離れていた。そして義弟は家のやり方に否定的だと聞いていた。その義弟が正月の集まりで久しぶりに本家に来た時に、僕を呼んで花香の様子がおかしいけど何かあったのか、と聞いてきたんだ。
僕はありのままを話した。
女系で継承しなければならないというのも今のような少子化の中では難しいし現実的ではない、免許皆伝のようにして東野流が継承されていけばいいのでは、とね。
そうしたらその義弟が、『私もそう思う』と頷いて、日を変えて相談しましょうと言ったんだ」
親父さんは、コーヒーを一口飲んで続けた。
「東野流は、明治維新の東京遷都に合わせて京都から分派して始まったから新しい。そのために女系継承という風変わりなしきたりを設定して独自色を出している。
しかし、実際には明治天皇から下賜された、分派して東野流を設立せよという詔の巻物が重要だ、それが義弟の説明だった。
それを持つものが正当性を継承する、女系継承ではなくてもいいし、免許皆伝というのも東野流を先細りにさせないためにも必要なことかもしれないと思っていると彼は言い、取引を持ち出してきた。
その巻物を持ち出して渡してほしい、と。そうすれば、義弟が牧之条家に戻って東野流を改革すると言った。ただし、花香を含め誰にも気づかれないように。そう言って話してくれたお礼だと言って金を渡された。それは大きな金額ではなく、それゆえ気楽に受けとってしまったのだが、それで断れなくなった。
その時に気づくべきだったんだ」
騙されたことに、だろうな。話が分かりやす過ぎる。親父さんは俺の顔をチラリと見ると話を続けた。
「五年に一度のご開帳が終わったばかりで巻物を収納した箱は、まだ宝物庫にしまわれずに義弟の指示通りの場所にあった。それを持ち出して義弟に渡した。これで全てが変わる、そう期待した。巻物が失われたことに気づいた義兄が騒ぎ出し、そして義弟が東野流を変えるだろう」
親父さんがふっと、寂しそうに口の端を上げた。




