安達豪毅 9
俺は、思い切って聞いた。
「誤解が解けたら、奥さんが会いに来るはずだ。そう聞こえたんですけど、どういうことなんですか。明日香は『お父さんが家を出て行ってしまった』と言っていたんですけど、俺には、佐藤さん、あなたが追われているように見えます」
俺がそう言うと、親父さんは腕組みをした。どう話そうか考えているようだった。
「騙されてね。花香にも誤解されてしまい、とにかく居場所がわからないように姿を隠した。いずれ誤解が解ければ、花香が僕を探すだろう、そう考えたんだ」
「それで、あの写真を渡したんですね」
親父さんはうなずいた。
「僕は弱い人間、たかがサラリーマンだ。花香と結婚するためにあの家に入り婿という形になった。しきたりに従って暮らして、東野流の継承に務める人々の中で過ごした。でも花香はそれを望んでいなかった。望んでいなかったけれども、同時に諦めてもいた。だから明日香が生まれた時に、もうこれ以上子供は産みたくないと言ったんだ。次の子も女の子だったら、どちらかを後継者として選ばなければならない。後継者には自分の人生の選択の余地がない。一方、後継者とならなければ自分で人生を決めることができる、そんな不公平が自分の子供に起きるのは耐えられない、と」
難しい問題だなと俺は思い、それから明日香がかわいそうなだけだし、少し贅沢な悩みでもあるな、と考えた。
俺の親父は、アダチミートを誰かに継いでもらおうと思ってはいないと常々言っている。二人の姉も俺も今のところそのつもりはない。そのつもりはないけれども、どうなるかはわからない。
久美子の親父さんは、自分の才覚で早川商店をチェーン店にして四人の姉妹にそれぞれ残せるように店を構えている。それでも彼女たちが引き継ぐかどうかはわからない。わからないけれどその可能性については意識せざるをえない。生まれた時から継承すると決められていると意識していることと、どこかの段階で決断していいとされていることでは、同じ「継承する」でも意識に大きな違いが出るのだろうか。
俺にとってはまだ先の話なので、その時が来たら考えればいいのではないかと思うような話でも、東野流のような伝統芸能の家元では「継承する」の言葉の重さが違うのだろうか。言葉に色が付いていたとするなら、大分違う色になりそうだ。
それにしても、諦めるのが早いんじゃないだろうか。
継承者だからかわいそうだ、そんな風に母親に思われながら育ってきた明日香が気の毒に思えてきた。この親父さんだって、弱い人間だって自分で言っているけど、できることがあったんじゃないか。
「わかるよ、なんとなく。君が何を考えているか」




