安達豪毅 4
少し一恵姉は考えた。
「なんだか、言わなきゃいけないような気がした。自分では心の中が空っぽだと思い込んでいるみたいで、心という器の方を理論武装して固めて守っているように見える。本当は言いたいことがいっぱい詰まっているのに、気づいていないのか気づかないふりをしているのか、感情を無視して責任感や論理性に価値を求めているみたい」
それから、俺の顔を見て表情を引き締めて言った。
「本人は気がついていないようだけど。破滅的に見えるし、危ないよ」
俺も一恵姉の顔を見た。姉ちゃんは笑顔を作って言った。
「今度家に連れて来なよ、一緒にすき焼きでもしゃぶしゃぶでも食べようよ」
泣きそうになった。邦雄のことを心配しくれる優しさが嬉しかったのか、尊敬している姉ちゃんの言葉だからなのかわからないが、感情が高ぶってしまった。そして久美子が俺の肩で泣いた時のことを考えた。久美子の体温をなぜか懐かしく感じた。
その邦雄は、俺と一恵姉が待っている場所によたよたと、歩いているのか走っているのかわからない状態でやってきた。
明日香のピックアップに失敗したのだから、邦雄か俺が明日香の親父さんに接触することも次の手段として考えられた。もともとそれは第二の決行日の後の最終手段だったが、効率性を重んじる邦雄だったらこの段階で採用するかもしれないと思って、俺は提案した。
「それじゃあ、意味がない」と、邦雄ははっきりと言った。
声がいつものそれではなかった。根津高校を訪問した日に、うちの店に来て頭を下げた時の、感情のこもった声だった。
明日香を親父さんのところへ運んで会わせるのも、親父さんの方をこちらに連れてきて明日香に会わせるのも、「会う」という意味では同じことだった。でも、明日香がここから逃げて親父さんのところに行くことに大きな意味があるのであれば、親父さんを連れてくるのは、確かに「意味がない」。
そのことを強調するということは、邦雄が明日香のことを考えているということだ。邦雄の中で何か変わってきているのかもしれない。良い兆候だと思った。
俺は、もう一度ランニングを勧めてみた。しかし、この点では邦雄は相変わらず頑なだった。
「牧之条さんをお父さんの元に逃したら、参加者が足りなくなって僕たちは棄権する」と、邦雄は言った。




