安達豪毅 3
「ちょっと待て」と俺は言った。「お前、このことを最初のミーティングの時に想定していたのか?」
だとしたら恐ろしいやつだ。
邦雄は「いや、もちろんないよ。ただ、使えるかもしれない駒としては頭の隅に置いておいたけど」と言った。
つまり可能性は考えていたということだ。
「嫌だ」と俺は答えた。
「そうだと思うよ」と邦雄は一旦は同意し、「でも」と続けた。
「牧之条さんは、母親の死を間近で見ているんだ。その上で本気で逃げ出そうとしている。今日、根津高校に一緒に行ってそれがわかった。だから僕も絶対に助けてあげたいんだ」
邦雄は、「頼む」と言って頭を下げた。
明日香を親父さんのところへ、牧之条家の届かない場所へ逃がす、それはつまり明日香に二度と会えなくなるということだ、そのことを邦雄は理解しているんだろうか。
そう考えた時になぜか、久美子が自分から離れて二度と会えなくなるという想像が心に浮かんだ。その寂しさに手が震えて動悸がしてきた。久美子の暖かい涙と匂いを思い出した。
久美子が離れていくなんてこと、想像もしたことなどなかったからだろうか、なぜ今そんなことを考えるのだろう。
俺は、左手で右手の震えを抑えた。
「でもよ。それって、もう明日香と会えなくなるってことだぜ」
俺の声も震えていたかもしれない。
「そうだよ、そんなこと初めから分かっていたことだよ」
こいつ、本当にそう思っているんだろうか。
「でも、それでお前はいいのかよ」
「関係ないよ。これは牧之条さんの人生の話だ」
邦雄の言葉からは、さっき見せた感情の高まりがすっかり消えていた。数学の証明問題を解くかのような淡白な言い方だった。
理屈の問題じゃなくてさ、と俺は言いたかった。
でも、「頼む」と繰り返す邦雄の表情を見て何も言えなくなった。奴の表情が寂しすぎた。それ以上は何も言うことができず、邦雄の提案を受け入れた。
「これで問題ない、問題ない」と繰り返す邦雄が少し怖かった。こいつは一体何を抱え込んでいるのだろうか、と思った。
二人が話す様子を見ていた一恵姉ちゃんが、打ち合わせをようやく終えて邦雄が帰った後で、「豪毅が前から言っていた柳沢君?」と心配そうな顔で言った。
10月17日に明日香をピックアップできなかった時に、邦雄を待っている間にバンの偽装を剥がしていたら、一恵姉が「店に来た時にも思ったけど、あんなに寂しそうな子、いるんだね」と言った。
俺は飛び上がるほど驚いた。
「なんで。なんで急にそんなこと言うの」
「なんでって」




