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  作者: ゆくえ知らず
柳沢邦雄
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37/62

柳沢邦雄 22

 あとは彼女に消えてもらうだけだ。浜松駅を通過してトイレが使用可になると、彼女が拳を向けてきた。僕が拳を合わせると、彼女はそのまま無言で席を立った。


 トイレの使用中ランプが点いて、やがて消えた。

 そしてそれきり彼女は戻ってこなかった。


 しばらくするとさすがに監視役も、彼女が戻らないことに気がついたようで、慌ただしい足音が近づいてきた。足音はイヤホンをして本に没頭しているふりを続ける僕の席の横の通路で一瞬立ち止まり、それから早足で車室を出ていった。


 長い時間が経過したが、監視役が戻ってこないまま新幹線は新横浜に到着し、かなりの乗客が降りた。しばらくすると「お客様、車両のドアが閉まります、車内におもどりください」というアナウンスが二度流れた。ようやく戻ってきた監視役は、赤い顔に汗をかき、呆然とした表情をしていた。彼は、僕の席の横で立ち止まり僕を睨みつけた。アルコールを入れた体で新幹線の中を走り回ったのだろう、肩で息をしていた。僕は、イヤホンを外すこともなく、ちらりと彼を見ると、「変な人がいるな」という表情を作って視線を本に戻した。ゆらりと影が揺れるように彼が離れていった。


 僕は品川駅で降りた。

 

 山手線に乗り込むと、タイミングを計っていたように豪毅から「お疲れ」とメッセージが届いた。

 返事を返さず、そのメッセージを眺めていると、しばらくして「元気出せよ」と続けて送られてきた。


 僕は、その文字を長い時間眺めていた。そして、結局返事はしなかった。それから、昼に出雲大社の銅の鳥居で撮影した牧之条さんの写真を見た。少し体を傾けてピースサインをこちらに向けて、卒業写真のお母さんと同じように微笑んでいた。本当に素敵な笑顔だった。


 これで終わった、もう牧之条さんに会うことはない。別れはいつもこれほどに唐突で淡白だ。母が亡くなったことを理解した時と同じだ。気が付いた時には、もういない。胸まで水に浸かったような冷たさと体が動かない感覚が蘇ってきて、僕は視線だけを上に向けて山手線の車内広告の、乱暴に並べられた文字を追った。


 牧之条さんの人生は、お父さんに会えることできっと変わるのだろう。僕たちは彼女の人生にもう関わることはないし、彼女を裏切ったと誤解されたことを弁明する機会もない。牧之条さんの前途は開けた、僕の方は何も変わらない。


 豪毅、言っただろう? 棄権するよ、クラス対抗駅伝大会は。

 次のロングホームルームでそう宣言するよ、予定通りに。



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