柳沢邦雄 20
そう小さく呟くと牧之条さんは僕の肩から頭を離し、僕と目を合わさないまま歩き出した。
そしてそれきり牧之条さんは口を開かなかった。
牧之条さんは、岡山へ向かう列車の中でも一言も喋らなかった。
山の中では日が落ちるのが早い。夕日が山の峰の向こうに隠れると、谷を縫うように走る線路の周りはすぐに闇に覆われてしまった。牧之条さんは顔を窓の外に向けたままで、目を開けているのかどうかもわからなかった。列車は空席が目立ったが、行きの列車や出雲大社で見かけた顔はなかった。父親に会うことも叶わず落胆して東京に帰るだけなので、もしかしたら監視はもう外れているかもしれない。
岡山からの新幹線は、思いの外混雑していた。念のため一つ車両をずらして乗車し移動したが、やはり付いてくる人はいない。
本当にもう監視が付いていないかもしれない、そうであれば牧之条さんの誤解を解くために説明をする時間が取れる。
しかし、確証が持てなかった。
もしも監視が続いていたら、下手に動くとここまで慎重に積み上げてきたものを、最後の最後に自分の手で壊すことになってしまう。
そんなことはできなかった。
監視がいるのかいないのか、それを早く見極めなければならなかった。そして、時間は刻一刻と過ぎていく。一日動いた疲れもあり、さすがに思考力も低下してきて焦ってくる。
ところが、新神戸を出発すると車両の後ろの方でちょっとした騒ぎが起きた。自分が予約した席に座っている人がいる、というトラブルだった。席を占拠していた人は乗務員に、この車両の中で他に空いている席はないか、と交渉していた。彼はすぐ近くの席に移ったようだった。
ついに見つけた。やはり監視は付いていたのだ。しかもまだ監視は続いている。他の乗客と同じようにあまり関心がなさそうな視線を送って、乗務員と交渉している男性の様子を伺ったが、顔や容貌にあまりにも特徴がなさすぎた。一度目を離したら、次に顔を合わせても初対面だと思ってしまう、そのような印象だった。もしかしたら出雲大社にもいたのかもしれないが全く覚えがなかった。
とにかく、これで作戦を先に進めることができる。
そして残念ながら牧之条さんに謎解きの説明する時間はなかった。根津高校の帰りに交わした約束、それを未来永劫守ることになりそうだ。
僕は、「監視を見つけた」とタイプしたスマホの画面を牧之条さんに見せた。
牧之条さんは、黙ってスマホを僕の手から取り上げると、「だから?」とだけ打ち込んで返してきた。
京都駅が迫っている、細部を説明する時間はない。
「京都駅を出たら前方のトイレに行って。監視が見ているから自然に」
牧之条さんがスマホを手に取ろうとするのを遮って、「お父さんに会ってきて」と続けてタイプして見せた。




