牧之条明日香 3
彼は今どんな気持ちでいるんだろう、顔を見たい、顔を見て謝りたい。そう思うと泣きそうになる。でも、ここで彼の努力を無にするわけにいかなかった。振り返ってはいけないんだ、カゴの外に出るんだ。車室の出口が自動で開き、私の後ろで静かに閉まった。
とにかく、今はパパに会って、逃げ切ることに集中しよう。トイレに向かえと言われた、この先にパパがいるんだ。
「明日香」と突然呼ばれて足を止めた、パパの声ではない。
「俺だ、豪毅だ。声を出すなよ」と、安達くんの声が通路の向こうから私を呼びかけた。
どうして安達くんがここにいるんだろう、パパはどうしたんだろう。
慎重に歩みを進める私の目の前に、私が突然現れた。
悲鳴が口から出るのをすんでのところで押しとどめたが、息が詰まって、涙が出てきた。
「どういうことなの」と尋ねようとしても声が出なかった。そんな私にお構いなく、もう一人の私は、私に帽子とパーカー、それに座席番号のメモを押し付け、「急いで」と豪毅君の声で私の背中を押した。
私は言われた通り、渡された帽子とパーカーを身につけて、メモで指定された座席に行った。
そこにはパパがいた。三年ぶりに会うパパだった。全然変わってない。
ところが、感動の再会のはずなのにパパは変な顔をしている。
「君か? それとも明日香か?」
三年ぶりとはいえ、実の娘がすぐにわからないなんて、ちょっとどうかと思う。私は帽子を取って顔をしっかり見せた。それでもまだ怪訝な顔をしている。
「パパ」と囁くと、ようやく私だとわかったようでパパの目に涙が浮かんできた。
安達くんの変装は本当に完璧だったんだ。
私が隣に座ると、パパが「名古屋で降りるよ」と言った。
私は帽子の中に髪の毛を収めて深くかぶり、パーカーの襟の中に顔を埋めた。もしも安達くんの変装が見破られたら「監視役」が車内を探すだろう。そうしたら、顔を出しているパパは気がつかれてしまうかもしれない。パパも緊張しているのか、名古屋駅に着くまで一言も喋らなかった。
名古屋駅では乗車するお客さんがホームに長い列を作っていて、彼らに紛れて新幹線を降りることができた。
急ぎ足で階段を降りて別のホームに登り、名古屋駅から京都駅に戻る新幹線に乗りこんだ。窓の外を闇が流れ、そこに柳沢君や久美子や、安達君の顔が浮かんでは消える。
今日の大旅行に寄り添ってくれた柳沢君に、そしてみんなに今の私の姿を見せたい。みんなが教えてくれた、信じることの強さを、そして結果を勝ち取るにはそれなりに準備と努力と、忍耐が必要なことを。この二ヶ月弱の間にきっと私は変わった。パパに会えて自分の中で揺らいでいたものに芯が通った気がする。今の私の姿を見て、みんながどう感じるか聞いてみたい、みんなの顔を見たい。
でも、これでもう終わり、皆とはもう会えない。
暗い窓に映る私の頬を涙が流れていた。




