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  作者: ゆくえ知らず
安達豪毅

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安達豪毅 6

「君は、よく食べるな」

 1時間後、京都駅の駅ビルのコーヒーショップで明日香の親父さんと向き合いながら、俺は季節限定の和栗パフェを食べていた。

 親父さんは呆れたような顔をして、コーヒーに口をつけた。先ほど俺がカツ丼とカレーライスを食べていた時も親父さんはそう言った。親父さんは蕎麦を食べただけだったので、逆にそれで足りるのかと、俺はそっちが心配だった。

「チビの大食いと言ってください」

 俺は場を和ませるために、自嘲気味に言った。

「それを言うなら痩せの大食いだろう。僕は君くらいの時かなり太っていたけど、そんなに食べなかったからな。きっとこの後グーンと背が伸びるよ」

 そんな気休め、嬉しくもない。

「写真を見ました」

 俺が栗を頬ばりながら言うと、親父さんがコーヒーを置いて、「写真? 何の写真?」と聞いた。

「根津高校の卒業写真集の写真です」

 俺は一旦パフェのスプーンを置いた。親父さんは、腕組みをして俺の言葉を待っていた。

 俺の方は、「説明します」と言いながら、一番辛い話をどう切り出そうかと考えを巡らせていた。

 結局頭を下げて「本当は、明日香の口から伝えたほうがいいんでしょうが、俺が今ここにいるので、俺から話します、すみません」と切り出した。

 ちらりと親父さんの顔を見ると、覚悟を決めている表情だった。俺は一段と頭を下げ、へそのあたりに力を入れて声を出した。

「奥さん、牧之条花香さんは、9月に交通事故で亡くなりました」

 頭を下げたまま俺は親父さんの反応を伺ったが、親父さんはしばらく黙ったままだった。永遠にも思える沈黙の後で「そうか。わざわざ伝えに来てくれてありがとう」と頭の上で声がした。

 顔を上げると、目を赤くした親父さんが「すまない、ちょっと時間をくれ」と言って、深くため息をついた。親父さんはそのまま時間をかけてコーヒーを飲んだ。カップを皿に置くときに手が震えて音を立てた。俺は食べかけのパフェに取り掛かり、ゆっくりと親父さんの言葉を待った。

 俺がパフェを食べ終わってカフェラテに口をつける頃、「ありがとう、だいぶ落ち着いたよ」と親父さんが言った。

「事情を聞こうか。君が太極殿遺址に来たのは、花香が亡くなる前に、事情を聞いたからだろうか」

 親父さんの声は、明日香の母さんが何か言い残したのではないかと期待しているようだった。苦しいけれど、否定しなければいけなかった。

「残念ですが、明日香に写真を見て、と言っただけだったそうです」 

 俺は、明日香が写真の謎を解いて欲しいと俺と邦雄に言いに来たこと、邦雄と明日香が根津高校を訪問して卒業アルバムを見て、そこで手がかりを見つけて謎が解けたこと、今は邦雄が明日香に付き添って出雲大社に行っていることを伝えた。

「写真の10月の日付の上にバツ印がありました。10月は神無月です、そこにバツ印。神無月じゃない、つまり神在月。日本中の神様が出雲に集まるので神がいなくなる神無月に、神がいるのは出雲だけです。だから写真の示す場所は出雲大社、卒業旅行の行き先でしたね。佐藤さんが歴史研究会だったから、そんな発想するだろうと思いつきました。そして、写真が撮られたのは1992年の文化祭、1992年が「1」だから、今年、2021年は「3」、よって待ち合わせ場所は京都太極殿ということになります」

 親父さんは、「ほう」と感心したように声を出した。「よく知ってたね」

「まあ、クイズ研究会なんで」

 俺は頭をかきながら答えたが、褒められたところで、明日香の母さんが戻るわけではない。邦雄の闇の深さの理由が少しわかったような気がした。

「誤解ってさっき言いましたよね」

 俺は、思い切って聞いた。

「誤解が解けたら、奥さんが会いに来るはずだ。そう聞こえたんですけど、どういうことなんですか。明日香は『お父さんが家を出て行ってしまった』と言っていたんですけど、俺には、佐藤さん、あなたが追われているように見えます」

 俺がそう言うと、親父さんは腕組みをした。どう話そうか考えているようだった。

「騙されてね。花香にも誤解されてしまい、とにかく居場所がわからないように姿を隠した。いずれ誤解が解ければ、花香が僕を探すだろう、そう考えたんだ」

「それで、あの写真を渡したんですね」

 親父さんはうなずいた。

「僕は弱い人間、たかがサラリーマンだ。花香と結婚するためにあの家に入り婿という形になった。しきたりに従って暮らして、東野流の継承に務める人々の中で過ごした。でも花香はそれを望んでいなかった。望んでいなかったけれども、同時に諦めてもいた。だから明日香が生まれた時に、もうこれ以上子供は産みたくないと言ったんだ。次の子も女の子だったら、どちらかを後継者として選ばなければならない。後継者には自分の人生の選択の余地がない。一方、後継者とならなければ自分で人生を決めることができる、そんな不公平が自分の子供に起きるのは耐えられない、と」

 難しい問題だなと俺は思い、それから明日香がかわいそうと言えばそうだけど、贅沢な悩みでもあるな、と考えた。

 俺の親父は、アダチミートを誰かに継いでもらおうと思ってはいないと常々言っている。二人の姉も俺も今のところそのつもりはない。そのつもりはないけれども、どうなるかはわからない。

 久美子の親父さんは、自分の才覚で早川商店をチェーン店にして四人の姉妹にそれぞれ残せるように店を構えている。それでも彼女たちが引き継ぐかどうかはわからない。わからないけれどその可能性については意識せざるをえない。生まれた時から継承すると決められていると意識していることと、どこかの段階で決断していいとされていることでは、同じ「継承する」でも意識に大きな違いが出るのだろうか。

 俺にとってはまだ先の話なので、その時が来たら考えればいいのではないかと思うような話でも、東野流のような伝統芸能の家元では「継承する」の言葉の重さが違うのだろうか。言葉に色が付いていたとするなら、大分違う色になりそうだ。

 それにしても、諦めるのが早いんじゃないだろうか。継承者だからかわいそうだ、そんな風に母親に思われながら育ってきた明日香が気の毒に思えてきた。この親父さんだって、弱い人間だって自分で言っているけど、できることがあったんじゃないか。

「わかるよ、なんとなく。君が何を考えているか」

 親父さんの表情が一層暗くなっている。

「今となっては、僕たちの気持ちを押し付けた、ということになってしまうかもしれないけれど、僕たちもそれなりに頑張った。手始めに明日香は公立の中学に進学させた。僕と花香が根津高校で出会っているということがあったので、家からは中高一貫にすべきと大反対をされたけれど、それに対する反発もあって押し通した。でもそれ以来牧之条家と僕たち、というか東野流と僕たち家族の関係は本当に厳しくなった。花香には兄と弟がいて、義兄が花香の母、当代当主を助けて牧之条家を牛耳っている。この義兄と当主の、二人からはことあるごとに小言を言われたし、花香は一切の情報を遮断されて行動を監視され、それは明日香にも及んだ、見せしめのようにね。牧之条家のやり方に従えばこんな思いをしなくて済む、というわけだ。一方で義弟は東野流を離れていた。そして義弟は家のやり方に否定的だと聞いていた。その義弟が正月の集まりで久しぶりに本家に来た時に、僕を呼んで花香の様子がおかしいけど何かあったのか、と聞いてきたんだ。僕はありのままを話した。女系で継承しなければならないというのも今のような少子化の中では難しいし現実的ではない、免許皆伝のようにして東野流が継承されていけばいいのでは、とね。そうしたらその義弟が、『私もそう思う』と頷いて、日を変えて相談しましょうと言ったんだ」


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