安達豪毅 5
秋が深まるのは、京都の方が東京よりも早いらしい。バスの窓から見える街路樹や寺の樹木が見事な色に染まっている。
邦雄と明日香が出雲大社に到着する頃、俺は京都駅に到着し、新幹線を降りてバスに揺られていた。千本丸太町で降りると、同じバス停で降りる乗客が数人いた。念のためその場でスマホをいじる振りをしたが、俺に注意を払う人はいない。邦雄の言うように、俺の方はノーマークのようだった。
向かう先は内野公園、住宅に囲まれた小さな普通の公園だ。
だが、何もないというわけでははない。バス通りから公園に入るとすぐ、右手に石碑が建っている。「大極殿遺址」の文字を確認して、ブラブラと公園を一回りする。ブランコとその周辺で遊んでいる子供が数人、その付き添いらしい男女の大人が数人立っている。二つあるベンチの一つには老人が二人腰をかけて話し込んでいる。もう一つのベンチには中年のおじさんが座っていた。周りを見たが、その他には人はいない。
石碑のある囲みには石段があり、俺はそこに腰をかけて様子を伺った。ベンチに腰をかけたおじさんは細身で、スポーツでもしているのか締まった体型に見える。何をするともなく時折伸びなどをしている。
俺は邦雄から送られた高校時代の明日香の親父さん、佐藤圭のふっくらとした顔写真を見た。明日香は、名前がなかったら親父さんだとは分からなかった、と言っていた。だから写真と見比べても本人とは思えないという点では、ベンチのおじさんが佐藤圭である可能性はあった。彼は、俺に気がついても最初は気に留めている様子もなかったが、俺が立ち上がって石碑を見てまた座るという動作をしたら、落ち着きがなくなった。彼でまちがいないだろう。あとはどうやって味方だと思ってもらうかだ。
しかし、どう声をかけたものかと考えて視線を落とした隙に、おじさんはベンチから立って足早に公園の反対の出口に向かってしまった。
あろうことか、追っ手と思われたらしい。ここで逃げられたらこれまでの努力が水の泡だ。俺は慌てて後を追った。おじさんは公園を出ると右に曲がって走り出した。俺が走って公園の出口を出て右を見ると、奥へ伸びる路地にすでに姿はなかった。
俺は、走り出そうとして思いとどまり、「明日香さんのお父さんですよね、僕、明日香さんの同級生です」と無人の路地に向かって呼びかけた。
何の反応もなかった。もしかしたら本当に走って逃げられてしまったかと不安になり路地の奥へ一歩、進むと、後ろから「君は誰だ」と声をかけられた。振り返ると少し離れたところにさっきのおじさんが立っていた。俺がホッとして一歩近寄ると、彼は体を半身にしたまま後ずさった。
「俺、いや僕は安達豪毅と言います。牧之条明日香さんの同級生で、彼女のお父さん、佐藤圭さんを探しています。逃げないで、お願いします」
早口でそう言って頭を下げてから、俺は一歩彼に近づいた。今度は彼は動かなかった。
「佐藤圭さん、ですよね」と尋ねると、直接答えず「なぜそう思う」と逆に質問された。相当警戒しているようだ。
「僕が大極殿遺址をみたら、反応しましたから。やはり今年は京都御所が待ち合わせ場所だったんですね」
俺がそう言うと、「なるほど、花香から聞いたのかな。花香や明日香はどうしてここにいないんだ」と親父さんは尋ねた。
「明日香は、友人と一緒に出雲大社に向かっています。カムフラージュのために」
「カムフラージュ?」
「監視が付いているんです。それをまかないといけないので」
一瞬考え込んだおじさんは、なるほどという表情で頷いた。
「それでこちらの本命には君が代わりに来た、というわけか。花香の誤解は解けたということなのかな」
誤解? 誤解って何のことだ。
親父さんは明日香が中学一年生の時に突然姿を消して、それ以来明日香の母さんは親父さんに会おうとしなかった。しかし牧之条家で揉め事があって、明日香の母さんは急にまた会わなければいけないと言い出した、それが明日香の説明だった。明日香の母さんの態度の急変、それは誤解が解けたということなのだろうか。
俺はしばらく考えにふけってしまっていたらしい。気がつくと俺を見下ろす親父さんの視線が俺を疑っていた。
「君は花香から、何を聞いたんだ?」
まずい。親父さんの警戒心が高まって話ができなくなる前にこちらからきちんと説明をしておく必要がありそうだった。俺は、順を追って説明するので京都駅まで行きましょう、と伝えた。




