安達豪毅 2
背が高くなりたい、久美子と釣り合う身長になりたい。
運動のしすぎが良くないのかもしれないと、中学の時に打ち込んだ陸上部は高校に入ったら一旦やめた。相変わらず食べる量は変わらないのだが、この細くて白い体に筋肉がつくことがあるのだろうかと、鏡を見るたびに思う。姉ちゃん達に着せ替え人形みたいにされたのも、久美子にぬいぐるみか抱き枕のように扱われるのも、この容貌のせいだ、きっと。
久美子が明日香の手を引いて相談を持ちかけてきたあの日、邦雄が俺と明日香を見比べて口元を緩めた時も、きっと俺の容貌のことだろうと、嫌な気持ちになった。もっとも、あいつは俺と違って物事の先や裏を読む癖があるから、何か企んでいたのかもしれないけれども。
そして、今もまた邦雄は何かを企んでいるようだ。今日は根津高校に明日香と一緒に訪問したはずだが、何かを発見したのか思いついたのか、さっき「折り入って話がある」とメッセージを送ってきた。今日は両親の店で手伝いをしているので、そっちに来てくれと返信した。
俺はたまに両親の店で手伝わせてもらっている。商店街にある小さな肉屋ではあるのだが、親父は、俺や姉ちゃん達を店で働かせるということをしなかった。コストはかかるがバイトを雇って、頑なに子供達に手伝わせなかった。だから、店を手伝うときはこちらから頼んで手伝わせてもらう。それは事業というものへの疑問が湧いた時であったり、日々の学校生活から離れたり頭を整理したい時であったりした。
家族経営の事業の利点は家族を低コストで雇用できることにあるし、それゆえに細々とでも長く続くことがあるのだ、と本で学んだが、親父の考えは何か少し違うらしく、姉ちゃんたちの言葉を借りると、俺たちに足かせをはめたくない、でも事業への興味が湧いた時にはいつでもアクセスできるようにしておきたい、ということらしかった。
今日の俺は、事業への興味ではなくて頭の整理のために働いている。根津高校を訪問して写真についての手がかりを探る、と決めた時に、邦雄が「僕と明日香で」訪問すると思案顔で告げてから嫌な胸騒ぎがしてるのだ。手を動かし物を動かすのは、頭の中であれこれ考えるのと違って成果が見える手応えがある。俺は、夏休みが明けてから巻き込まれた、明日香の写真をめぐる複雑で時折不安になるようなやり取りを、一旦頭の外に追い出したかった。
しかし、やってきた邦雄の表情を見て、もっと面倒なことになるのではないかと不安になった。こんなに感情を表に出した邦雄は見たことがなかった。
邦雄は、謎が解けたと高揚感を抑えながら言い、情報が牧之条家に伝わってしまっている可能性を指摘し、「だから保険が必要だ、豪毅は顔を晒してないからやってもらいたいことがある」と付け加えた。
邦雄が説明した、「やってもらいたいこと」を聞いて驚いた。
「ちょっと待て」と俺は言った。「お前、このことを最初のミーティングの時に想定していたのか?」
だとしたら恐ろしいやつだ。
邦雄は「いや、もちろんないよ。ただ、使えるかもしれない駒としては頭の隅に置いておいたけど」と言った。
つまり可能性は考えていたということだ。
「嫌だ」と俺は答えた。
「そうだと思うよ」と邦雄は一旦は同意し、「でも」と続けた。
「牧之条さんは、母親の死を間近で見ているんだ。その上で本気で逃げ出そうとしている。今日、根津高校に一緒に行ってそれがわかった。だから僕も絶対に助けてあげたいんだ」
邦雄は、「頼む」と言って頭を下げた。
明日香を親父さんのところへ、牧之条家の届かない場所へ逃がす、それはつまり明日香に二度と会えなくなるということだ、そのことを邦雄は理解しているんだろうか。
そう考えた時になぜか、久美子が自分から離れて二度と会えなくなるという想像が心に浮かんだ。その寂しさに手が震えて動悸がしてきた。久美子の暖かい涙と匂いを思い出した。
久美子が離れていくなんてこと、想像もしたことなどなかったからだろうか、なぜ今そんなことを考えるのだろう。
俺は、左手で右手の震えを抑えた。
「でもよ。それって、もう明日香と会えなくなるってことだぜ」
俺の声も震えていたかもしれない。
「そうだよ、そんなこと初めから分かっていたことだよ」
こいつ、本当にそう思っているんだろうか。
「でも、それでお前はいいのかよ」
「関係ないよ。これは牧之条さんの人生の話だ」
邦雄の言葉からは、さっき見せた感情の高まりがすっかり消えていた。数学の証明問題を解くかのような淡白な言い方だった。
理屈の問題じゃなくてさ、と俺は言いたかった。
でも、「頼む」と繰り返す邦雄の表情を見て何も言えなくなった。奴の表情が寂しすぎた。それ以上は何も言うことができず、邦雄の提案を受け入れた。
「これで問題ない、問題ない」と繰り返す邦雄が少し怖かった。こいつは一体何を抱え込んでいるのだろうか、と思った。
二人が話す様子を見ていた一恵姉ちゃんが、打ち合わせをようやく終えて邦雄が帰った後で、「豪毅が前から言っていた柳沢君?」と心配そうな顔で言った。




