柳沢邦雄 5
牧之条さんは椅子に座り、壊れ物の宝物を扱うように震える手でビロードの表紙を撫でてから、そっと開いた。僕も横からのぞきこんだ。
校則が厳しくなかったのだろう、いかにも運動部という精悍に日焼けした子には坊主頭もあったが、その他の男子は今と変わらぬような自由な髪型だった。しかし女子の髪型は今とは随分違っていた、当たり前だが染めている子などいなかった。
牧之条さんは、僕にも見えるように各クラスの写真をゆっくりと確認しながらページをめくった。3–Bに出席番号34「牧之条花香」、があった。
「ママだ、若い。髪の毛長かったんだ、かわいいなあ」
写真の輪郭を指でなぞるようにしながら牧之条さんがつぶやいた。
こんな声で喋るんだな、と思った。引っ込み思案の静かな声とは違う、深い感情に溢れた優しい声。
そして3–E、出席番号10「佐藤圭」のところで、牧之条さんが小さく笑った。
「パパは、高校時代こんな感じだったんだ」
生真面目そうにカメラを見つめる、長髪で丸顔の高校生がそこにあった。
「名前無かったら絶対わからなかった。頑張って絞ったんだなー。今の方が全然かっこいいよ」
牧之条さんが半分涙声になって写真に向かって語りかけた。
「そうなのか」
見たこともない牧之条さんの父が今はどんな容姿なのか想像しながら、僕は自分の太い腹を見下ろした。
二人の存在は確認できた、でもそれだけだった。
この場所は、この高校は牧之条さんの両親、とりわけお父さんにとって大事な場所なのだ。手がかりがあるとすればここにあるはずだ。時間が限られているかもしれないのだから、もっとどんどん先に進まないと、と焦る気持ちになった。
「ちょっと」
「なあに」
打って変わって冷たい口調になり、ゆっくりと返事をする牧之条さんの言葉で、興奮していた気持ちが一気に冷めた。
「いえ、失礼しました、なんでもありません」
自分の役割を忘れていた。怪しまれて調査ができなくなっては元も子もない。冷静になれと心に言い聞かせて、高まる鼓動を抑えながら、熱くなる感情を冷ましながら、牧之条さんの手元に集中する。
高橋先生の様子を伺うと、僕たちの様子を気にしている風でもなく、近くの棚を眺めて時折資料を手に取っていた。まるで、見ないことにしているから好きなだけ調べなさいと言っているかのようだった。牧之条さんは小さく息を吐いて、ページを再びめくった。
入学式、体育祭、文化祭、模擬裁判研修、社会科見学、合唱祭。
牧之条花香は目立つ存在だったのだろう、生徒が均等に写るように気を配っているとはいえ、その姿がよく目に止まった。対照的に佐藤圭は、大人しかったのか背中を丸めている姿が写真の端を埋めていることが多かった。クラブ写真では、牧之条花香が茶道部の集合写真で振袖姿を披露する一方で、佐藤圭は学生服とブレザーの男女が発表内容が記された模造紙の前に並ぶという、地味な歴史研究会の集合写真に収まっていた。
卒業旅行は、京都と山陰地方だった。
「海外とかこの頃はないのね。京都と奈良だと中学校と一緒になってしまうから山陰なのかしら?」と独り言を言いながら写真を眺めていた牧之条さんが、「あ」と小さな声を出して手を止めた。




