柳沢邦雄 3
奥から女性が現れると、おじいさんが「懐かしい写真が出てきましたよ、これ、高橋先生じゃないですか」と話しかけた。
高橋先生、と呼ばれた女性は写真を覗き込むと「あらやだ、ずいぶん若い頃の写真だわ。どこから出てきたの」と笑いながら受付のおじいさんに声をかけ、それから僕たちを見て真剣な表情になった。
「どなた?」
「あの」と牧之条さんがもう一度説明をした。
高橋先生は、「母が亡くなった」と聞くと「えっ」と言って口を覆い、しおらしくうなだれている牧之条さんに、「ごめんなさいね」と頭を下げた。
豪毅の考えた通りだった。写真は根津高校で撮られたものだった。しかも写っている人物その人に会えた。いつ撮られた写真かを確認して教室も見たい、そうすれば写真の謎を解読するヒントになるかもしれない。
しかし、ここで僕が聞くわけにはいかない、僕は付き添いの役回りなんだ。じりじりしながら牧之条さんの言葉を待った。
「あの、いつどこで撮影された写真かわかりませんか」
牧之条さんの言葉に、高橋先生がメガネの位置を直して写真を覗き込んだ
「どの教室かはわからないけれど、文化祭の時の写真ね。黒板アートが描かれているみたいだし、きっとイラスト部の発表をしている教室の写真だわ。私、ずっとイラスト部の顧問なのよ、昔は漫画研究部って呼んでいたけど」
「何年に撮られたかはわかりませんか」
「うーん、かなり若い頃というのはわかるけど、そこまでは」
その言葉にうなだれた牧之条さんに、「ごめんなさいね、あまり役に立たなくて」と高橋先生は優しく声をかけた。このまま帰ることになってはまずいと、僕は冷や汗が出た。
牧之条さんは顔を上げると「ご無理を承知で申し上げるのですが、教室を拝見させていただけないでしょうか」と背筋を伸ばして伝えてから、深々とお辞儀をした。
とても綺麗なお辞儀だった。
思わず見惚れてしまった僕も慌てて「お願いいたします」と、遅れて頭を下げ、横目で牧之条さんが姿勢を直すタイミングを見計らった。彼女はその姿勢のまま動かなかった。
「顔を上げてちょうだい」
ゆっくりと姿勢を正すと、高橋先生の目に光るものがあった。
僕はホッとして膝の力が抜けそうになった。
『3–C』と掲げられた教室には数人の生徒が残っていた。
彼らは、「ちょっと失礼するわね」と言いながら入ってきた高橋先生に首から上だけで挨拶を返し、巣鴨北高校の制服とスーツの奇妙な組み合わせに好奇の視線を投げてきた。
「この階は三年生が使っているの。他の教室は部活で使っているので、ここで我慢して」
写真と見比べると、黒板の上に書き込まれた「月」「日」「曜日」や「日直」などの字体は時間が止まったように同じだった。でもそれだけだった。写真に写っている範囲がそもそも黒板の右端だけなのだから手がかりをそこから探すのは不可能に思えた。
何か手がかりはないだろうか。牧之条さんの両親の思い出が詰まった場所に残されているものはないだろうか。考えを巡らせているうちに、思い当たった。
ある。




