柳沢邦雄 2
男女混合メイドカフェがあるほど盛り上がるとは想像以上だった。意外なことに変身願望というのは皆が持っているようだった。きっと突き抜けた非日常の中でそれが解放されたのだろう。
女子が豪毅をキャストに推薦した時のやり取りを思い出すと自然と笑いがこみ上げる。小さい時から、色白であの容姿ゆえに二人のお姉さんに着せ替え人形のような扱いを受けていたと僕は聞いていたから、豪毅に同情はしたけれど、皆の気持ちがわからないでもなかった。
それにしても、牧之条さんがキャストを引き受けたのはなぜなのだろう。結果的にはその姿を見ることはできなかったけれど、あの引っ込み思案の牧之条さんが推薦を受けたのは何か心境の変化があったのだろうか。
これまでの牧之条さんの弱々しい表情と、「パパのところへ逃がしてほしい」と言った時のはっきりとした表情。牧之条さんの中で何かが変わりつつあるのだろうか。
僕は、自分はどうなのだろうと思った。母の死や父の存在に向き合うように変わることがあるのだろうか、と自問した。
そんなことは、まだできそうになかった。
レンジがまた鳴った。温めなおすものはもうなかった。僕はテーブルに食事を並べ、食べ始めた。
土曜日の授業が半日で終わると、僕と牧之条さんは別々のルートで地下鉄の根津駅まで行き、そこで落ち合うと根津高校に向かった。
受付で牧之条さんは「巣鴨北高校の牧之条明日香と申します」と学生証を見せながら名のったのちに、根津高校の卒業生だった自分の母が亡くなり、いろいろと整理している中で気になる写真が出てきたので話を聞きたくてお伺いしました、と説明した。
「あなたは?」
「お嬢様の付き添いです、牧之条家で下働きのようなことをしています」
不慣れなスーツを着た僕の説明と格好を見て、受付のおじいさんの視線が急に厳しくなった。牧之条さんが、「あの、写真を見ていただきたいのですが」と追求が始まる前にたたみかけ、僕は付き添いらしく見えるように、うやうやしく写真を取り出してカウンターに置いた。
牧之条さんが神妙な顔で切り出した。
「母が先日交通事故で亡くなった時に残っていた写真なのです。何か意味があるのか、と思って。この学校の教室ではないかと思うのですが」
「ちょっと見せてもらっていいですか」
牧之条さんの言葉に表情を引き締めると、受付のおじいさんは写真を手に取って老眼鏡をかけ、さらにテーブルの筆立てからルーペを取り出して覗き込んだ。
「これはこれは、ほうほう」と微笑みながら呟くと後ろを振り返り、職員室の中に向かって「高橋先生」と声をかけた。




