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  作者: ゆくえ知らず
柳沢邦雄

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16/26

柳沢邦雄 9

「泳がせる」という豪毅の言葉は正しかったのかもしれない。牧之条さんの言葉を借りると、その後はランニングの際に止められることも気にされている様子もなくなったという。

 とにかく、駅伝大会があることはいい名目にはなっているのだろう。牧之条さんと早川さんは、週何回かクイズ研究会の部屋に顔を出し、簡単に現状報告だけするとまた出て行った。僕と豪毅は、次に出場するクイズ大会に向けて、最近の時事問題の資料を集めたり、互いに問題を出し合っての練習などをしていた。

 豪毅が、空いた時間を使ってまた走り出したと言った。もしかしたら陸上部に途中から入るかも、とも。 

 豪毅がそんな話をしたのは、たまたま四人が部屋に揃っていた時だった。

「柳沢君は走らないの? 駅伝大会に自分でエントリーしたのに」と、牧之条さんが聞いた。「私、最初は歩いていたけど、最近は随分走れるようになってきました。続けてもいいかな、と思っています」

 またか。

 何を言っているんだと思った。何のために走っているのか忘れたんじゃないかと不安になる。それももう直ぐ終わるというのに。

「何でそんな変な顔をするんですか」

 牧之条さんの言葉に焦った。黙って目をそらした視線の先で早川さんが心配そうな顔をしている。

「私も、柳沢君は走ったほうがいいと思うんだけど」

 本当に二人とも何を言っているのだ、と思った。

「俺もそう思う」と豪毅が言ったのには、本当に驚いた。思わず「は?」と声が出てしまった。

「単にお前の健康のためだよ」と豪毅は続けたが、何だか含みのある表情をしていた。


 11月21日の日曜日、その日が第二の実行日だった。日の出がさらに遅くなり、まだ夜が明けてもいない住宅街に、牧之条さんが現れた。なかなかランニング姿がサマになっている。牧之条さんの姿を認めると豪毅のお姉さんが車のエンジンをかけ、豪毅がスライドドアを静かに開いて顔を見せた。牧之条さんはペースを変えずに近づいてきて、車の脇を通り抜ける際にスライドドアから、座席を一番後ろに下げて大きくスペースをあけたところに文字通り転がり込んだ。豪毅がスライドドアを閉じるとすぐに車は出発し、しばらくしてからライトをつけた。

 細い道を使って最短距離で東京駅を目指す。僕は助手席側から見えるように調整したドアミラーで後ろを見ていたが、車が追ってくる気配はなかった。ノーマークなはずはない、かえって不安が高まる。

「今日も何も言われませんでした」

 息が整うと牧之条さんが言った。

「でもどこかで誰かが見てるって考えた方がいいだろ」

 後ろの座席で豪毅が言う。

 車は国道17号線に出た。朝早いとはいえ車の数は増えてきて、追跡する車があっても見つけることはできそうになかった。

「追跡されてるかどうかわからないです」というと、豪毅のお姉さんが黙ってドアミラーを調整した。

 追っ手がいるかいないかわからないのは不安だった。

 ミニバンは、東京駅八重洲口の車寄せに止まった。豪毅が急いで窓のカーテンを閉め、運転席と後部の仕切りを閉じて車を降り、入れ替わりに豪毅のお姉さんがスライドドアから乗り込んだ。僕と豪毅は車の外で周りを見回したが、やはり追跡しているような人を見つけることはできなかった。時計を見ると5時半だった。牧之条さんの着替えに使える時間はたっぷりあったが、十分もしないうちに出てきた。

「メイクまでしていただいてありがとうございます」と言って牧之条さんが豪毅のお姉さんに頭を下げた。豪毅のお姉さんは微笑むと、「記念に写真撮らせてね」と牧之条さんにスマホを向けた。そして、「しっかりやりなさいよ」と僕に言って、豪毅とともに車に戻った。

 僕は、あらかじめ買っておいた切符を手にして牧之条さんとともに東海道新幹線のホームに向かった。

 ホームに上がるとすでに乗車が始まっていた。豪毅からメッセージがとどいた。僕たちを尾行しているような人の姿は見えなかった、とのことだった。

 座席は6号車だったが、僕は四号車の乗車口に向かった。乗車するときに周りを見てみたが、怪しい人は見当たらなかった。4号車の車内を通過してデッキに出ると、車室ドアのガラス越しに後ろを確認する。誰も追ってきていなかった。5号車でも同じことをしたが、やはり僕たちの後ろをついてくる人はいなかった。

 考えすぎなのだろうか、本当にノーマークのところを出し抜いたということだろうか。

 いや、そんなことはないだろう、そのような期待こそが危険なのだ。

 行く先がばれている可能性を考えた。

 ばれていたとしても、飛行機は夜しかないので、日にちがばれていなければ先まわりは不可能だ。

 では、日にちがばれているということだろうか。そうであれば、昨晩のうちに先回りも可能だ。そうであればいくら探しても誰も見えないのは納得できる。結果は、目的地でわかることになる。

 いずれにせよ、向こうに着くまでは心配しても仕方がなさそうだった。コンビニで買っておいた弁当を座席で食べると、眠気が襲ってきた。牧之条さんも、隣で緊張した面持ちで座っていたが、富士山を見て「綺麗だなぁ」とつぶやいたのを最後に眠りに落ちてしまっていた。僕は、食べ終わった弁当のゴミを捨てるために席を立ったが、僕たちに注目している人はいなかった。何か変化があったら目を覚ませよ、と自分に暗示をかけて眠ったが、結局何も起こることはなく、アラームの振動で目がさめると新神戸を出発したところだった。次はもう岡山だ。

 目的地は出雲市だ。東京から約3時間で岡山駅、そこからさらに3時間かけて目的地に着く。730キロメートルを移動するのに費やしたのと同じ時間を、距離で言えば3分の1以下の220キロに費やす。中国山地を縦断するのがいかに困難かわかる数字だ。

 岡山駅での乗り換え時間は短く、昼食用の弁当を買い込む間もなく特急電車に乗り換えた。電車は倉敷から伯備線に入り、高梁川沿いに山地の間を縫って上流に向かう。分水嶺を越えると今度は日野川に沿って川を下ることになり、米子平野に出たところで山陰本線に合流して、出雲市を目指す。

 沿線は川沿いに山地を超えるので、鉄橋やトンネルが無数にあり、窓の外の風景が目まぐるしく変化した。トンネルを抜けるたびに、渓谷にかかる鉄橋を越えるたびに、山沿いを埋め尽くす色とりどりの紅葉が、息をのむような風景を届けてくれた。牧之条さんも窓の外の景色に心を奪われたように眺めている。濃いメイクをした横顔だった。豪毅のお姉さんが随分工夫してくれたのだろう。

「柳沢君」

 呼ばれたような気がして顔を向けると、牧之条さんとまともに目があった。


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