早川久美子 15
はっきりとした明日香の口調だった。
「怖いんです、あの家。お祖母様も大叔父様も東野流を維持することが全てで、そのためならなんでもするの。普通の会社員だったお父さんの態度も考え方も気に入らないって」
ため息をついて、それでも明日香は話を続けた。
「パパがいなくなる前のことだけど、高校時代の私は残酷だったかもってママは言っていました、お父さんが諦めないでくれてよかった、一緒になれて幸せだって。それなのに」
明日香は急に言葉に詰まると、下を向いてしばらく黙り込み、「パパ」とつぶやいた。
明日香の話は不思議だった。それほど仲が良かったご両親なのに、どうしてお父さんは家を出てしまい、お母さんの方も会おうとしなかったんだろう。写真のことと言い、明日香の家のことと言い、わからないことだらけだった。
「なんで牧之条さんとお母さんを置いて逃げてしまったんだろう」
柳沢君の声が聞こえた。いつもとは違う、硬い鈍色の声色だった。
明日香は顔を上げると涙で潤んだ瞳を柳沢君に向け、そのまましばらく柳沢君を見つめていた。
そして、言った。
「柳沢君、パパは生きています。パパを責めないでね。弱いとか言わないでね」
「置いて逃げる」なんて、柳沢君のらしくない言葉にも驚いたが、明日香の言葉にも驚いた。
柳沢君も表情が硬くなった。
「ひどくない?」
これまであまり関心なさそうに話を聞いていた豪毅が、口を開いた。
「かわいそうだぜ、明日香も、親父さんも。親父さんは、どこかで待っているよ、明日香のお母さんを」
「根拠は?」と柳沢君が聞いた。
言い方が一層冷たくなったような気がする。
「写真は、明日香の親父さんがお母さんに渡したと考えていいよな?」
柳沢君が頷いた。
「どういう経緯で家を出たのかはわかんねえけど、親父さんからお母さんに連絡先を伝える時間がなかった。メールもないから落ち着き先が決まってから連絡することもできない」
今度は私たち三人が揃って頷いた。
「親父さんは手に持っていた写真に書き込みをして、メッセージとしてお母さんに渡した。それが、落ち着き先そのものか、会える場所を示している」
「でも豪毅、そのメッセージの意味がわからないから困っているんじゃないの」と私は言った。
「うん、わかんねえよ。でも手がかりがある場所はわかった。この写真を、この古い写真を、親父さんが手元にずっと持っていたとするなら、それほど大事な写真を撮ったのはどこだろうか?」
ハッとした。
「これ、根津高校だと思うんだ。二人が一緒に過ごした思い出の場所なんだろ。だったら撮影場所は根津高校のはずだ。高校時代に撮った写真を親父さんがずっと大事に持っていたんじゃないか。そうであれば根津高校に行けば何か出てくるかもしれない」
豪毅の勢いに飲まれるように話を聞いていた柳沢君も硬かった表情を和らげた。
豪毅の凄いところはこういう風に、結論にいきなりたどり着くところなんだ。鋭い時にはとことん鋭い、そして興味がないことにはとことん鈍い。「思い出の場所」なんて言葉をなんの思い込みもなく口にする豪毅を、腹立たしくも思った。
「そしたら、土曜日の午後に乗り込みますか!」
豪毅が威勢良く拳を振り上げた。
「いや、ちょっと待って」
柳沢君は、豪毅の乗り気に水を差すと長いこと考え込み、「行くのは僕と牧之条さんにしよう。監視もあるかもしれないし、顔を晒す人間は少ない方がいいし」
「なんで俺じゃなくて邦雄なんだ」
「うん、それはちょっとね」
柳沢君はそう言ってまた考え込んだ。柳沢君の考えていることはよくわからないし、少し怖い。




