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  作者: ゆくえ知らず
柳沢邦雄

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15/28

柳沢邦雄 8

 翌日の月曜日、牧之条さんは学校に来た。

 来るには来たが、青い顔をして、ときおり震えてさえいた。早川さんは、赤く泣きはらした目を隠すこともせず、そしてときおり何か言いたそうに、僕と豪毅に視線を向けた。

 放課後、クイズ研究会の教室にやってくると、早川さんは泣き始めた。その隣で牧之条さんは背筋を伸ばしたまま、ぼんやりと中空に視線を漂わせていた。きっと眠れなかったのだろう、白い顔が一層白くなり、目の下に隈ができている。

「明日香、どうなっちゃうの? これからもずっと檻の中で過ごさなければいけなの?」

 早川さんが詰まりながら言った言葉に、牧之条さんが電気を受けたように肩を動かした。

 豪毅が、非難するような目で僕を見た。わかってる。ちゃんと次のプランについて話すつもりだ。

 でも僕よりも先に豪毅が口を開いた。

「久美子はよ、面倒見いいから責任を感じちゃうんだよな」

 相変わらず言葉は悪いが、優しい言い方だった。

「でも、心配すんな。チャンスはまだあるからよ」

 早川さんが顔を上げた。

 牧之条さんが僕に視線を向けた。

「柳沢君」

 牧之条さんが口を開いた。静かな響き、資料室で聞いたあの優しい響きだった。

「パパのところに逃がしてくれるのよね」

 怒っているのでも絶望しているのでもなく、ただ静かに問いかける声だった。

僕は、頷いた。

「昨日の日付は、根津高校で見られているからバレているかなとも思ってはいたんだ。昨日はなんて言って外出を止められたの?」

「朝のランニングに行こうとしたら、止められました。とにかく今日は一日外に出るな、と言われました。」

 その言葉だと、何をしようとしているかまではわかっていないのだろう、少しやりやすいかもしれない。

「でもよ、このままとは限らないぜ」

 豪毅が僕の考えを読んでいるかのように、忠告をした。

「豪毅はどう思うんだ」

「明日香の母ちゃんが親父さんに会おうとし始めたら、監視がついたってことは、母ちゃんを逃さないようにしたのではなくて、家の方でも親父さんを探す必要ができたからかもしれないぜ」

 牧之条さんのお母さんは、家の人と議論したあと急にお父さんに会おうとし始めた、それが牧之条さんの説明だった。何か状況に変化があったことは明らかで、だとすると豪毅の考えもあり得ることだった。

「もしそうなら」と豪毅が続けた。「俺なら、明日香を泳がせて尾行するけどな。そしたら親父さんがどこにいるかもわかるし」

 もしそうなら、今後は行動が制限されることはないかもしれないけれど、監視されているかどうかわかりにくくなるかもしれない。

 とにかく注意するのに越したことはない。

「豪毅が言ったように、まだチャンスはあるんだ。牧之条さんは、これまでと同じようにランニングを続けてください。言った通り必ず週末はランニングして。雨が降っても雪が降っても」

「また週末なの? どうして?」

 早川さんは本当に知りたがりだ。

「説明は終わってから。でも今年だけなんだ、こんな偶然は。だからなんとか今年に決着させたい」

 牧之条さんが頷き、そして「本当は、怖かった」と言った。

 僕たちは、そのまま目を伏せて考え込む牧之条さんの次の言葉を、ただ待った。

 やがて牧之条さんは、言葉を選ぶようにゆっくりと話し始めた。

「怖かった。大人に囲まれて、家から出るなと言われて。ママのようにこの檻に一生縛られることになるのかと思いました。お祖母様のような人になってしまうのかもしれない、自分が変わってしまうかもしれないと思うと、それも怖かった。でもそれよりも強く、負けてたまるものかと思いました。私には、久美子がいる。柳沢君や安達君もいる。高橋先生も励ましてくれました。逃がしてくれると言われた、まだ終わってない、自分で終わらせてはいけないんだ。そう思ったら、なんとか耐えられました。どうなるのかわからないし久美子とも連絡取れないし、不安で眠れなかったけど」

「こうして久美子の顔を見て、柳沢君と安達君の顔を見たら、やっぱり心強い」

 牧之条さんが、早川さんを見た。

「ありがとう」

 そう牧之条さんが静かに言った。早川さんが、「大丈夫、大丈夫だよ」と言いながら泣き出した。

 豪毅は、優しい表情で二人を見ていた。しかし僕の心の中には、不安が広がっていた。置いていかれているような寂しさを感じた。僕は今、どんな表情をしているのだろう。

 牧之条さんが僕を見た。

「信じているので」

 牧之条さんの言葉に心臓を掴まれた、胸が苦しくなった。

「柳沢君、柳沢君は私と同じ苦しみを抱えているのだろうと思います。だからなのか、だけどなのか、わからないけれど、信じています」

 母の面影を感じた。心の奥で何かが沸騰して涙腺にこみ上げてくるのを、必死にこらえた。  

「だから、ありがとう。ここにいてくれて、ありがとう」

 僕は笑おうとした。


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