柳沢邦雄 6
週明け月曜日の六時限目、いつの間にか寝落ちしてしまったらしい。気がつくと延長ホームルームで年明けに行われるクラス対抗駅伝大会についての説明が行なわれているところだった。
土曜日に根津高校から帰ってきた後で豪毅に連絡をして、それから週末二日かけて二人で計画を練っていたのだが、そのために二人ともひどい寝不足となっていた。何とか目を開くと、黒板には、男女2名ずつ計4名が、それぞれ三キロずつ走ると書かれていた。
「…ということで、参加チームが多いほど、クラスに付く基礎ポイントが上がるので、とにかく参加お願いします」と、実行委員が呼びかけていた。クラスのそれぞれの参加チームが順位に応じて獲得したポイントと、参加チームの数に応じて付与されるポイントの合計がクラスの獲得ポイントとなり、クラス対抗の順位を決めるということらしかった。
僕が手を上げて「参加します」と発言すると、教室がざわついた。
「あ、ありがとう。で、チームメンバーは?」と委員がホッとしたように言った。
「メンバーは、僕と安達君、女子は早川さんと牧之条さんで」
僕に名指しされた残りの三人から、同時に「は?」と戸惑いの声が上がった。
ホームルームが終わり、まちまちに集まった四人がクイズ研究会に揃うと、なぜ駅伝大会にエントリーしたのかと、さっそく早川さんが聞いてきた。
「明日香をお父さんに再会させることと関係あるということなのよね?」
僕は頷いた。
「明日香のお父さんがどこにいるかわかったの?」
早川さんの追及は厳しい。僕は、牧之条さんを見た。
「いや、どこにいるかはわからない」
早川さんが首を傾げた。「それは、どういう意味なの?」
「どこにいるかはわからないけれど、再開する場所と日にちはわかった、という意味だよ」
早川さんは明らかに不満げな表情をしている。とても面倒見が良くて責任感が強い、四人姉妹の長女で野球部のマネージャー。情報を小出しにされるのは嫌だろう。
「牧之条さんとも話したんだけど、計画についてはあまり詳しく話さないことにしたんだ。写真の謎についても全てがうまくいったら、その時に種明かしをするよ」
早川さんが牧之条さんを見た。
「本当よ、久美子。聞いたら、家で追及されて何かヒントになることを口にしてしまうかもしれないから、私からもお願いしたの」
早川さんが驚いて、それから優しい表情になった。
「明日香が納得しているのなら、それでいいわ。でも、どうして駅伝大会にエントリー?」
「豪毅と二人で計画を立てた。牧之条さんを朝一番である場所へ移動させる」
二人が首をかしげた。
「どうやって?」
早川さんが尋ねた。
「それは伏せておくよ」と僕は答えて続けた。「朝一番に移動するためには、牧之条さんが朝早く家を出るのが当たり前になっていないといけない。朝のランニングを始めてもらうのがいいかなと思っていたけれど、急にランニングを始めるとそれも怪しまれるから名目をどうしたものか豪毅と悩んでいたんだよ。駅伝大会の練習は十分説得力のある名目になる」
「でも私、運動なんて全然したことないから、朝ランニングするなんてできるかしら」
「まだ一ヶ月近くあるから、少しずつ始めていけばいいよ。週末土曜日と日曜日だけでもいいんだけど、平日もたまに走ってくれると更にいい。時間が大事なんだけれど、朝の五時から家の周りを十五分走ってくれれば充分だから。最初は歩いてもいいし」
牧之条さんが「わかりました」と頷くと、早川さんが「じゃあ、みんなでそれぞれ走ったらいいんじゃない? 競争したら明日香にも励みにもなるだろうし」と楽しそうな表情で言った。
何を言っているのだろう。
「いや、いいよ」と僕は言った。
「なんで?」
早川さんに質問されるときちんと答えないといけない気になる。
「言った通り、これはカムフラージュのためのランニングだから。牧之条さんを逃すまでのことだよ」
「でも」と早川さんは明らかに不満そうだ。豪毅も何か言いたそうな顔をしている。
「みんな、目的を忘れないで。他にもやらなきゃいけないことはあるんだから、余計なことまで背負いこむことないよ」
僕は、半ば強引に次のテーマに移った。
「牧之条さんをランニングの途中でピックアップするので、着替えを持っておかねばいけないんだけど」
「家から持ってくる?」
牧之条さんの言葉に僕は、豪毅をちらりと見た。豪毅は憮然とした表情をしている。
今更ダメとは言わせない。
「いや、早川さんと一緒に買い物に行って、一式決めてほしいんだ。でもその場では買わないで、リストアップして教えてくれるかな。こちらでチェックして買っておきます。こんなイメージで」
僕はファッション雑誌から切り抜いた写真を見せた。
「こんなイメージって。これそのまま揃えたらすごくお金かかってしまうけど」
困惑して牧之条さんが言った。
「いや、これはイメージなだけだから。長袖シャツ、幅広のズボン、こういう感じのショートブーツとしてくれればいいんだけど」
「この写真、柳沢君が?」
早川さんが驚いている。そりゃあ、僕がファッション雑誌を読んでいたら驚くだろう。
「いや、それは豪毅が」と僕は答えた。
早川さんと牧之条さんが豪毅を見た。
「俺じゃなくて、姉ちゃん達な」
「お姉さん?」
牧之条さんの質問に、早川さんが豪毅には二人の姉がいることを説明し、その途中で気づいたように「あれ、」と言った。
「明日香をランニング中にピックアップするって、どうやって?」
「うちの、アダチミートの、車を使う」と豪毅が言った。
「誰が運転するのよ」
早川さんの質問に、豪毅が「一惠姉ちゃんが」と言い、不貞腐れたように腕を組んだ。その様子を見た牧之条さんが「ごめんなさい、ご家族までご迷惑をおかけして」と膝の上に手を揃えて深々と頭を下げた。
豪毅が慌てて「いや、迷惑とかそういうのは全然ないんだけどよ」ととりなし、「姉ちゃんたちがすげえ乗り気でさ、いやんなっちゃうよ」と言って頭をかいた。
「乗り気、いやんなっちゃう? どうして?」
早川さんが聞いても、ガリガリと頭をかくばかりで豪毅は答えず、「あ、そうだ」と言って、話題を変えた。
「そうだ明日香、親父さんの写真持ってきて」
牧之条さんが困った顔をした。
「邦雄から聞いたけど、この高校の時の写真からだいぶ様子が変わってるっていうじゃんか。俺たちも顔知っておいた方が探すときに都合がいいからよ」
よろしく、と続けた豪毅に小さな声で牧之条さんが「持っていないの」とうつむいて答えた。
「パパが家を出た時に、ママがアルバムとか家族写真とか全部どこかに移してしまったので何もないの。家の中のものは全てお祖母様たちが管理してるから、どこに何があるのか分からないの」
「そんなに見た目が変わってる? 高校生の時の写真と比べてもわからないレベル?」
僕が転送した写真をスマホの画面で見ながら、豪毅が尋ねた。
「はい。ずいぶん痩せて顔の輪郭縦長になっているし、髪も短くなっているし。私も名前を見たからパパってわかったくらいで。名前がなかったら見過ごしていたと思うの」
「この写真だと前髪が目にもかかって眉毛も全く見えないから、そもそも顔がはっきり分からないな」
どうやって本人だと確認するんだよ、と続けて豪毅は困った顔をした。




