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  作者: ゆくえ知らず
柳沢邦雄

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11/21

柳沢邦雄 4

「10月は、神無月だ。10月じゃない、じゃなくて神無月じゃない、だったんだ」

 視界が一気に開けた。

「牧之条さん、お父さんに会えるかもしれない」

 僕は、役回りも忘れて興奮して声をかけてしまった。牧之条さんは高橋先生の胸に顔を埋めて泣いており、その高橋先生は目を丸くしている。

 その時、資料室のドアに何かが当たる音がした。その音で僕は我に返った。が、目の前の高橋先生の方が問題だった。今更ではあるが、何もなかったかのように「あ、いや、お嬢様。謎が解けました」と、言い直した。

 高橋先生は、牧之条さんの頭を撫でながら口をポカンと開けていたが、やがて吹き出して笑い始めた。

「お友達? クラスメイト? それとも」

 もう隠し通すのは無理だった。クラスメイトですと、うなだれて答えた。

 高橋先生は、少し意外そうな表情で「そう」と言うと、自分の胸に顔を埋めている牧之条さんの背中に回している腕に少し力を入れてから、体を離した。

 そして僕に向かって明るく笑い、「かわいいいたずらね。こういうの、嫌いじゃないわ」と言いながら、耳元に手を当ててメガネのつるを直した。

 その動作を見たときに違和感の正体が分かった。全く、何で今まで気がつかなかったんだろう。

 僕は、高橋先生から離れて写真を見直した。写真の中では高橋先生の左手の薬指は眩しい光を放っていた。しかし今高橋先生がしている指輪は、光っていないのだ。

 指輪が違う。

 左手の薬指にするのは結婚指輪だ。結婚指輪は変わらない。変わるのは、相手が変わる時だ。

 僕は考え込んだ。この写真がいつ撮影されたかわからないと、牧之条さんをお父さんとの待ち合わせ場所に連れて行くことができない。何年の写真なのかを確認するには、指輪の相手がいつ変わったのか聞くのが一番早い。しかし、その質問はあまりにも失礼だった。

 僕は、まだ涙で頬を濡らしている牧之条さんに「ちょっと」と声をかけて部屋の奥に連れて行き、指輪の件を説明した。

「指輪が違うことに気がついたのはさすがとは思うけれど」 

 牧之条さんは呆れた表情をしてため息をついた。「柳沢君も安達君も、凄く博識なのにこういう方面は全くなのね」

 何を言っているのだと僕は思った。こういう方面、ってなんなんだ。

 牧之条さんは僕の手から写真を取り、「先生」と言いながら高橋先生に近寄ると、「この写真に写っている先生は、エンゲージリングをしていますね。これはダイヤモンドですか」と聞いた。

 高橋先生は、驚いて写真を見直し「よくわかるわね。言われてみればそう、これは婚約指輪をしていた時ね」と言った。

 牧之条さんはまだ赤く腫れた目をキラキラさせて頷いた。その表情を見て高橋先生は少し照れた表情をし、それから昔を思い出すように少し視線を上げて、「旦那が凄いロマンチストでね」と続けた。

「七夕の夜にプロポーズされて、翌年の6月に結婚したのよ」

「素敵、プロポーズされたのは何年のことなのですか?」

「1992年ね」

「平成四年ですね」と僕が変換した。またもや首をかしげていた牧之条さんは「あ」と言って卒業アルバムの表紙を見た。そこには平成四年度とあった。

「この写真、三年生の文化祭の時の写真なのね」と牧之条さんが切れ端を手にとってつぶやいた。「大事な写真なんだ、きっと」

 僕もそう思う。そしてそれほど大事な写真なのであれば、残りの4分の3に何が写っているのかは自明だろう。

 そうだ、と思い当たった。「せ!」も、確かにこの写真が1992年に撮影されたことを証明していた。1992年が「1」なのだ。

「柳沢君」

 もう素性がバレてしまっているので、牧之条さんが僕にいつものように話しかけてきた。高橋先生の表情に少し微笑みが浮かんでいる。急に恥ずかしくなってきた。

「でも番号はなんなの」

 僕は、口に指を当てると、資料室の入り口に近づきながらしゃべりだした。

「ずいぶん長居をしてしまったから、そろそろ行こう」

 資料室の入り口にわざと足音をさせながら近づくと、ドアの外でパタパタと遠のく足音がした。その音を聞いて、牧之条さんと高橋先生の表情が硬くなった。

 参ったな、今年が、2021年が「1」でなければいいのだが。


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