イケメン看守
8
死刑囚担当看守に手錠を外され、この作業場を担当するヤウリィ好きのおじ看守——ヤリ看に引き渡される。あご肉だるだるのヤリ看は、ヤウリィに恋しているのだ。
アタシは気分が良いまま、作業場である部屋に入る。ついこの前から着手し始めた部屋だった。二十人ほどの囚人が作業に当たるので、部屋はなかなか広い。元はゴミ同然の物を放棄していた場所だったが、だいぶ前に火事で燃えたとかで、それ以来使われていなかったらしい。床中かなりのガラクタで溢れていて、焦げ付いた壁、割れた窓ガラスの破片、床にくっついた得体のしれないゴミなど、部屋は散々な様相だった。掃除し、使えるように補修して、女性看守の休憩室にするらしい。ちなみに今は男女兼用の休憩室が、この部屋の隣にある。
アタシはゴミを拾いながら、ヤウリィとコーヌを探して歩く。窓枠しかない窓から、生ぬるい風が部屋に入ってくる。前髪とツインテールが揺れる。
窓の外に目をやると、土色の広大な畑、野菜の緑の葉、しゃがむ白黒の女たちが見えた。農作業を担当する囚人たちで、嫌いなボス猿連合の姿も確認できる。畑の隣には大きなビニールハウスもあった。
アタシはすぐさま視線を切り、部屋の隅にいたヤウリィとコーヌを見つけて駆け寄った。
「おかえりっ!」「おかえり」
「ただいま」
コーヌのパァ、と喜びが広がる笑顔、ヤウリィの色っぽい笑みがアタシを出迎えてくれた。
「なんか嬉しそうだねっ」
コーヌが手を止め、アタシの顔をしげしげと観察する。得意顔になっているのかもしれない。
「死刑がうまくいったんだ。……二人のおかげで生き甲斐を見つけられたんだ。ありがとう」
「そう。よかった」
ヤウリィがアタシを見つめ、微笑する。視線を落とし、黒い袋にゴミを入れ始める。しかしコーヌは言葉の繋がりが理解できなかったようで、
「え? 死刑、が、生き甲斐になったの?」
と驚いてまばたきをしていた。
「あ、そっか。コーヌには言ってなかったね。でも、まあ、いろいろありがとね」
「ええ、なにその雑な説明、ネっちゃん酷いっ!」
ぷく、と頬を膨らませたコーヌが、脇腹を軽くつついてくる。やったな、とコショコショで応戦すると、「やめて、やめてったら、あははは!」とコーヌが黄色い声を出す。
「そこ、何やってるんだ」
低く尖った声が飛んでくる。ヤリ看に気づかれ、注意されたのだ。ヤリ看は床のガラクタで転ばないように気をつけながらこちらに近づいてくる。
「すみません、看守さん」
アタシたちの前に出たヤウリィがヤリ看に頭を下げると、彼は狼狽した様子で素早く首を横に振った。あご肉が揺れる。
「いや、君が謝ることじゃない、俺はそこの二人に言ったんだ」
「私がしっかり見ておきますから」
ヤウリィが言うと、「そうか。……頼んだ」とヤリ看は頷き、ヤウリィと会話できた嬉しさを抑えきれていない顔で去っていった。ヤウリィに感謝だ。
ヤリ看を見送り、これ以上目をつけられたくないので、アタシたちは作業に戻る。と、爽やかな声が突然耳に入ってきた。部屋の入口を見ると、濃紺の制服を着た見たことのない男の看守が、ヤリ看と何か喋っていた。誰だ?
その人物が前に出て、ヤリ看が集合をかける。全員手を止め、速やかに集まる。看守帽を脱いだ男性看守が、くしゃくしゃの金髪を露わにし、朗らかな声で言った。
「みなさん初めまして。男子棟から来ました、ミストと言います。これから女子棟を担当することになったので、よろしくお願いします」
看守のくせに囚人に頭を下げたそのミストという男性は、控えめに言っても、かっこよかった。イ、イケメン! アタシは爽やかな好青年に、思わず見惚れてしまう。心がトクン、とときめいたのを感じる。
「農作業を担当することになったらしい」
とヤリ看が補足して我に返ったアタシは、なんだ農作業か、ボス猿のとこじゃん、ここを担当してくれるかと思ったのに、と内心舌打ちをする。
ミストのかっこよさに女子たちは色めき立っていた。質問や、素直に容姿のことを褒める黄色い声が飛び、ミストはまるで囚人と看守の垣根がないみたいに、優しい笑みを浮かべて答えている。アタシだけじゃない、誰が見ても魅力的な男性なのだ。くせ毛の金髪が看守帽からはみ出ていて、それすらファッションに見えるし、金色の眉とまつ毛の下には、澄んだ湖のような青い瞳がある。アタシは吸い込まれるようにして目が釘付けになる。と、ミストはアタシの視線に気づいたのか、目がばちりと合う。綺麗な瞳が丸く見開かれる。一瞬時が止まったかのような錯覚に陥る。
「よろしく」
アタシに向かって目を細めた彼は、そう言って颯爽と歩き去ってしまった。歩く姿勢、角を曲がる時の横顔すらかっこよかった。アタシは誰に言うでもなく、口にしていた。
「恋、しちゃったかも」
ドキドキしている胸に手を当てると、死刑のときに感じる心臓とは別物に思える。気持ちが全然違うからだろうか。
「恋と、死刑、両方あっても、いい、よね」
死刑が好きだと気づいたばかりだけど、恋の好きもあってもいいよね。だってアタシ、女の子だもん。
「惚れたの?」ヤウリィの質問にコクコクと頷くと、「ヤりたい?」と耳元で聞かれる。
「ヤ……、まあそりゃぁできればね……。って、すぐそっちに持ってくんだから、もう!」




