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恋と死刑と無期刑囚  作者: 畑中雷造の墓場
第一章 恋と死刑の出会い
8/49

死刑執行②

     7


 翌朝、刑務作業の途中で呼び出されたアタシは、看守に連れられて死刑場に来ていた。

 斧を手にしたアタシは、うっすらと残る体液の跡を眺める。死刑場には死体を片付ける業者が入って部屋も掃除しているらしいが、さすがに完璧には処刑の跡は消せないらしい。特に天井。

「ジェニー。四十七歳。女。同居していた義父と口論の末、刺殺。死刑囚となる。——死刑、執行」

 後ろのスピーカーから署長の声が聞こえた。アタシはふうぅ、と肺から長く息を吐きだし、椅子に拘束された四十七歳のおばさんに意識を向ける。ジェニーというらしい。なんで、いやだ、なんでよ! と大音量で喚いている。

 根っからの死刑囚ゆえに、首の囚人番号は赤字で彫られている。初めて生で見た。

「旦那と面会だって言ってたじゃない! なによこれ! なにが死刑よ!」

 神経質そうな声が部屋に響く。どうやら死刑囚は何らかの偽りの理由を聞かされて死刑場に連れ出されているようだ。これも死刑制度の変更点か。殺されるほんの直前まで死刑だと知らされないのは、可哀そうに思えた。

 アタシは、まだ電流による死刑だと勘違いしていそうなジェニーに、そっと近づいていく。はじめに斧の柄で小突いて起こしたが、まだアタシには気づいていないようだった。

 これから死刑を執行するという恐怖は、前回の三分の一くらいまで減っている。死刑も、それが好きかもしれない自分もヤバくて怖いのは確かだ。でも今は、本当にアタシは死刑が好きなのかどうか、早く試したくてうずうずしている。

 ジェニーの言葉にならない金切り声が、アタシの存在をかき消している。左側に回ってみる。抜け出そうと必死に椅子の金具をガチャガチャと揺らすジェニーの腕、アタシはその先をたどり、ひじ掛けの上で踊る細い指に目を向ける。別の生命体みたいに動くこの触手を切り落とす様を思い描く。アタシは血を想像し、断面の白い骨を想像し、ジェニーの驚く声を想像する。

「なに? やめて、いやだ、ううっ!」

 死刑執行の合図から数秒経っても電流が来ないからか、ジェニーはもがきながらも首をすくめている。アタシは斧を頭上に向かってゆっくりと振りかぶる。そして、——バツン。

「えっ」

 まずは手に斧を振り下ろした。親指以外の四本が分断され、赤がじわ、とひじ掛けの先を濡らす。ぼとり、と指が一本だけジェニーの足の甲に落下した。「えっ」とジェニーが再度困惑の声を出す。そして息をひゅっと吸った直後に、足に触れた物体の感触と左手の熱がジェニーの脳内でリンクしたのか、絶叫する。

「キィアアアアアアアア!」

 アタシの息は早くも乱れていた。痛みに吠えるジェニーの横顔を見て、心臓がとんでもない速度で跳ね、同時に悪寒とも別種のゾクゾクが体中を支配していく。

「気持ちいい……」

 思わず口から飛び出ていた。それを塞ぐように手をかざし、マジックミラーの向こう側を見る。数秒待ったが、署長からは何もない。

 何をビビってるんだアタシは。周りの目なんか気にすんな! アタシは頭を振り、今得た快感と素直な感想、そして響き続けるジェニーの叫びに意識を向ける。笑みがこぼれる。アタシは、これが、好きだ。ふと、ジェニーに話しかけたくなる。

「署長、ジェニーと話してもいい?」

 マジックミラーの向こうに聞くと、「いいぞ」と返ってきた。

「ジェニー、これはね、新しい死刑なんだ。まだまだこれからだから、逝くのは我慢してね」

「やめっ、やめて、いたぃ……うぅ……」

 叫びから泣きに移行したジェニーの声は、震えていた。目隠しの下から涙が溢れ出ている。アタシは斧を肩に担ぎ、ジェニーの周りをぐるぐると歩き回る。

「次はどこがいいジェニー」

 首をすくませ、アタシにビビるジェニー、その仕草や声、表情を見て、愉悦を感じる。アタシは次の部位を決め、切断した指と反対の右側で立ち止まる。

「次は反対側の指にしよっか」

「やめて!」

 ジェニーが甲高い声を上げ、またアタシの心は舞い踊る。——そうか、嫌がる相手をいたぶるのが好きなんだ。アタシは一つ自分を学習する。

「指、動かさないでねジェニー。それと、まだ逝っちゃダメだよ」

 ジェニーが歯を食いしばる姿を愉快に見下ろしながら、アタシは腰を捻り、斧を斜め後ろに引く。右足に重心を乗せ、ジェニーのこわばった右手の指——ではなく、全く無警戒のすねと足の甲の間に狙いを定め、体重移動、斧を叩きこんだ。

「ギ、アアアアアアアア!」

 ピピ、とアタシの口と頬の間に細い血が跳ねる。予想通り、深く刃が食い込んでいる。

「嘘だよジェニー。サプラ~イズ。——キャハハハハハッ!」

 斧の刃を足にめり込ませたまま、アタシは上を向き、今までしたことのない高笑いをしている。やっぱ気持ちいい。この脳汁は、唯一無二だ。これでしか味わえない……!

 ジェニーの口が張り裂けそうなほど大きく開かれ、今日一番の大声が飛び出る。と思いきや、途端に静かになる。口を開けたまま呼吸が止まっている。よだれが舌から落ち、胸元を汚す。

「あれ、逝っちゃったの?」

 アタシは深く入り込んだ赤い斧を引き抜く。「ギャア!」と鳴いたので、かろうじてまだ意識は残っているらしい。血の池がみるみる広がっていく床を見て、アタシの震えも全身に広がっていく。小さい子がしゃくりあげて泣くときのように呼吸を不規則にしながら、あ——とジェニーはか細い声を発した。それから垂れていた顔を上げ、目隠しのままアタシを見る。

「あ、あんたは地獄に堕ちる、ぜ、絶対に……」

 怒りの気持ちをこめた呪詛をアタシにぶつけてくる。でもアタシは、それすらも面白おかしく感じ、笑いながら答えてあげた。

「堕ちないよ、だってこれ、仕事だから」

 アタシはもう終わりが近いと感じ、密かに考えていた、死刑らしい罰を実行することにした。目には目を、歯には歯を。

「次はお義父さんを殺したっていうこの悪いお手手にしようかな。ね、ジェニー。キャハハハハハハ——!」

 斧を振り下ろした。ゴツン、と手首と手の間の骨を断った音が部屋に響き、電気ショックを受けたみたいにジェニーの頭が揺れる。舌がだらしなくぶら下がり、動きを止めてしまった。ひじ掛けの上から赤く染まった水が落下し、床を濡らしていく。鉄臭さが鼻につき、アタシは鼻を擦る。

「さすがにもう喋れないよね」

 ぴちゃ、ぴちゃ、とアタシは靴裏に水たまりを感じながら、終わったかもしれないジェニーの正面に移動し、立ち止まる。

「でも、よくここまで我慢して罰を受けたねジェニー」

アタシは笑い、斧を振り上げる。

「もう逝っていいよ、じゃあね、ジェニー。キャハハハハハッ!」

 脳天に向かって斧を振り下ろした——。


 すこしぬるめのシャワーを浴びながら、アタシは興奮して温まった体と頭をクールダウンさせる。冷静になり、数分前のことを思い返し、「あれがアタシ」と呟く。頭から降ってくる水の音が、耳のすぐ近くで聞こえる。

 ……知らなかった。まるで別人みたい。

 ——でも。

 アタシは手のひらを上に向け、軽く握ったり広げたりする。人体を傷つけたときのあの感触を思い出す。——でも、紛れもなく、あれもアタシなんだ。

「楽しかった」

 快感の余韻なのか、頭の奥がすこしだるい。アタシは水を止め、シャワールームを出た。用意されていた綺麗な囚人服を着て、血のついていない新しい靴に履き替える。

 シャワー後はカウンセリングを受けることになっている。マジックミラーの部屋のドアを開き、署長が待つ中に入る。薄暗い中で、署長の質問に答えたり、アタシの意見を伝えたりする。マークシートのようなものも鉛筆で埋めていく。それらの作業が終わると、アタシは署長にも確認のため、聞いてみる。

「死刑って、いいことなんだよね。殺人とは、違うよね」

「当然だ」

「それは、アタシが快感を得ていても、だよね……?」

「ああ。無期刑囚がどう感じるかは、どうでもいいことだ。看守の代わりが務まり、なおかつ死以上の罰を与えられれば、問題はない」

「そっか」

 ほっ、と息を吐きだし、アタシは心に決めたことを署長に伝える。

「次からも、アタシが死刑執行する。いい?」

「志願する、ということか?」

「そう」

「一応聞くが、なぜだ?」

「楽しいし、気持ちいいから。これが生き甲斐になると思ったから」

「そうか。いいだろう。以降の死刑はお前に任せる」

 手錠をしたアタシは、署長の後ろについて階段を昇る。空いた扉の先には、死刑囚棟を担当している看守がいて、そこからはそいつに連れられて作業場へと戻った。作業場から連れ出されたのもこいつだったから、おそらく長らくアタシの送迎担当になるのだろう。「よろしくね」と言うと、無視されたので、「ねえ、聞いてる? よろしくって言ってんだけど」とはじめより大きい声でもう一度繰り返す。が、

「黙って歩け」

 と顔も見ずに言われた。つれない奴。

 まあどうでもいいや。だって今は気分がいい。

 ——アタシ、監獄の中でも見つけたよ、生き甲斐ってやつを。

 アタシは天国の婆ちゃんに心の中で報告しつつ、鼻歌を歌いながら、廊下を歩く。そして直感していた。この快感がない日常には、もう戻れない。

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