忘れられない
6
次の日からも、コーヌとアタシは、楽しいことや、好きなこと、ワクワクすること(それが生き甲斐ってやつだとアタシは思う)を探して房を回った。刑務作業のない休日は、昼休憩後の外休みでバスケに混ざったり、開放されている図書館に行ったり、また談話室でテレビを観たりしてのんびり過ごした。
家族ごっこ(意味不明)、ギャンブル、筋トレ、トランプ、腕相撲、読書などが房での大体の娯楽だった。生き甲斐になりそうなのは、図書館で勉強を教えたり小説を書いたりすることだったけど、たぶんアタシには向いてないと思った。どれも薄っすらとはいいな、とは思ったけど、生き甲斐になるかと自問したら、そうでもない気がした。コーヌとのセックスが今のところアタシの一番の生き甲斐だった。ベッドの上でそれを伝えると、コーヌは口を尖らせた。
「もう……ボクはいなくなっちゃうんだよ、ネっちゃん。なんかビビビッ、と来るものなかったの?」
「うーん」
アタシは考えるふりをする。ビミョー、とだけ答えておいた。
しかしそれは嘘だった。
実際はもう、生き甲斐になりそうなものは見つかっていた。ただ、ここ数日は、それを超えてほしくて、忘れたくて、必死に別の生き甲斐を探していた。心の内では、もっと熱烈に楽しいことないか、これはただの時間潰しだ、もっと心が躍るような……『アレ』を凌駕するような……! と思い続けていた。
そう、アタシはここ数日、必死でアレ——死刑の快感——を忘れようとしていた。あれよりもっと楽しいことがあると信じて。でも、無理だった。他の楽しみを探し続けたが、ずっと死刑の快感が忘れられなかった。体に刻み込まれた呪いみたいだった。
アタシがやった最初の死刑から数日、他の無期刑囚も全員、死刑執行をやらされたらしい。最近夜中に叫び声が聞こえるのは、そのせいだと思う。普通はみんな悪夢を見るのだろう。
閉房点検時、看守長から小声で言伝があった。署長の命令です。明日の死刑執行はネネ様が担当です。
消灯後、真っ暗闇の中で目を開けていた。明日、死刑がある。楽しいとか、生き甲斐になりそうだとか思っていても、やっぱり恐怖や不安はまだあった。
……でも、あの気持ちよさは、一体何だったのか。また味わえるのだろうか。いや、死刑だよ。そんな感情、浮かんできたらヤバいか。
もやもやする。相反する感情が、アタシの中で生き生きと蠢いている。この気色悪さを、ちょっとでも軽くしたい。アタシはごちゃ混ぜになった腹の中身を吐き出すように、「実はさ……」と口を開いていた。二段ベッドの上段にいるヤウリィに向かって言う。
「アタシ、死刑に快感を覚えてるかもしれないんだよね」
他人に打ち明けるには、勇気が必要だった。手が震えている。ヤウリィの反応を耳を澄まして探ろうとするが、上からは衣擦れの音すらしない。ヤウリィは今、一体どんな顔をしているのだろう。言ってしまってから、狂人だと怖がられて距離をとられる可能性に気づく。アタシはびくびくして返答を待つ。やや間があり、ヤウリィの艶のある声が耳に届く。
「法律で認められているなら、個人がどう感じようと関係ない」
「……え? そう、なの?」
随分はっきり言い切るヤウリィに、アタシは聞き返す。
「そう」
声音から、適当に答えているわけではなさそうに思える。でも、アタシは反論してみる。
「死刑だよ? 人を殺すんだよ? それが好きかもって、ヤバくない?」
「確かにヤバい。けれど、そうやって人の目を気にしているようじゃ、生き甲斐なんて絶対に手に入らない」
「人の目っていうかさぁ……」
アタシはなぜか叱られているような気持ちになって、言い訳じみたことを言おうとする。
「死刑は刑務作業扱いって聞いた。だから、社会にとって必要な仕事。仕事は楽しんでやった方がいいに決まってる」
「うーん、そういう、もん?」
ヤウリィのやや強引に聞こえる理論にちょっと笑い、でも一理あるかも、と考えてみる。
たしかに、死刑自体は別に、いけないことじゃない。むしろ今回の場合は、いたぶって処刑するのが推奨されている。社会のために仕事をして、それが生き甲斐になるんだったら、迷う必要なんてないのかもしれない。
「ネネだけの人生。ネネが好きに決めればいい。生き甲斐を見つけて楽しく生きるか、何もせず楽に生きるか」
最後にそう言って、ヤウリィは寝息を立て始めた。
アタシも目を閉じた。なんとなく、さっきよりも恐怖と不安が小さくなっている気がした。黒いもやもやが体から暗闇に溶け出していく様を想像しながら、眠りについた。




