生き甲斐探し
5
日中の作業を終え、今は夜の自由時間。
アタシは房の外で、コーヌにぐいぐいと引っ張られている。
「生き甲斐を見つけに、いっくぞ~っ!」
「ふふ、張り切ってるねコーヌ」
コーヌはアタシのために、一緒に生き甲斐を探してくれているのだ。今日はみんなの房を回ってみようということになった。
あとひと月ほどで釈放される予定のコーヌは、「ネっちゃんにはできるだけ幸せになってほしいからっ!」と気合い十分だった。コーヌがいなくなったら寂しすぎるけど、それが一般囚と無期刑囚の定めなので、アタシはなんとかコーヌがいるうちに生き甲斐を見つけて安心させてあげたいと思っていた。
アタシは今まで、娯楽をなんとなく避けてきていた。楽しんじゃいけないっていう罪の意識でもあったのかもしれないし、単に交友関係が狭いだけが理由かもしれなかった。
一階の房を回っていると、ワァ、と楽しそうな声が聞こえてきた。
「なんかすごく盛り上がってるねっ」
「そうだね、行ってみよっか」
アタシとコーヌは声がした方向に足を向ける。しかし近づくにつれ、アタシの中に嫌悪感が生じてきた。囚人出入り口から見て一階左側の奥の房。たしかボス猿の房じゃ……。
アタシがボス猿と呼んでいるのは、ロッドという中年女のことだった。一般囚だが、もう二十年もこの監獄で暮らしているらしく、アタシが入った五年前からすでに派閥のトップに立ち、肩で風を切って歩くような偉そうな奴だった。アタシが目立つ容姿だからか、年に数回は難癖をつけて絡んでくる。できれば関わりたくない人種だ。
「っしゃー!」
盛り上がりを見せる房内に、アタシとコーヌはこっそり顔を出して覗き見る。ボス猿連合——アタシは勝手にそう呼んでいる——のボスであるロッドは下段のベッドの上に胡坐をかいて、手下たちに渡してあったトランプを回収していた。茶髪を真ん中で分け、サイドと襟足を刈り上げて若者風の髪型をしているが、聞いた話だと今年で三十八歳。そのおばさんの周りには、三人の手下たちがいた。床にだらしなく座り、ボス猿がシャッフルするトランプを見ていた。手にはくしゃくしゃの金が握られている。どうやら、ギャンブルらしい、とアタシは推測する。
後ろから近づいてくる気配がして振り向くと、男の看守が「邪魔するぞ」と房の中に足を踏み入れていった。ボス猿たちが男の低い声に一斉に振り向く。
「なんだい、今お楽しみの最中なんだよ」
ロッドが言うと、看守は、
「わかってるだろ」
と手を差し出し、くいくい、と動かして、「よこせ」と当然の権利を行使するように言った。
ち、と舌打ちをしたロッドが輪ゴムで丸めた札束を看守に放り投げた。看守が金を数えている。
ロッドがトランプを配り始めて、ゲームを再開しようとするが、
「おいおい、足りないぞ、勘弁してくれ。今月はピンチなんだよ」
「知らないね、あんたの懐事情なんか」
「いいのか、そんな口聞いて。誰のおかげで作業をサボって遊んでられると思ってるんだ」
看守が圧をかけるように言うと、ロッドはため息をつき、手元にあった札を何枚か看守に手渡した。
「わかればいい」
看守は懐に金をしまい、悪い笑みを浮かべて房を出て行った。初めてこういう取引きの現場を目撃したアタシは、面倒なことになったら困る、とコーヌを連れて帰ろうとした。
「待ちな。いるんだろ、ネネ」
しかし、聞きたくない声に呼び止められてしまった。見つかってたか。アタシは仕方なく姿を見せる。コーヌもアタシの陰から顔を出した。
「あんた専用のホールちゃんも一緒かい?」
ホールだってよ、とボス猿連合が全員ゲラゲラと笑う。カチン、とくる。
「こいつはコーヌだ。アタシの友達を馬鹿にすんなって何回言ったら覚えんだババア、認知症か?」
だから言ってやった。ロッドの目つきが鋭くなる。やるならやるか。肉弾戦には自信がある。アタシはロッドと視線をぶつけたまま、逸らさない。動いたのは、ロッドでもアタシでもなく、手下の一人だった。坊主頭にカラフルな蝶の入れ墨が入っていて、鼻と口と眉にピアスがついている。立ち上がり、唾を飛ばしながら距離を詰めてくる。
「あん? お前んとこのババアと一緒にすんな。ああ、もうあの老いぼれは死んじまったか」
アタシは胸倉を掴む。引き寄せ、目と目がぶつかり合う寸前まで引っ張り上げる。殺すか? 一瞬あの死刑囚が脳裏をちらつく。坊主頭もこちらの胸倉をつかんでくる。
しかし相手の目が一瞬泳いだことで、こいつは大したことない、と直感する。誤魔化すように「この」と額をぶつけてきたところで、
「キャッジ。やめな」
ロッドが怒りを帯びた声を出した。坊主頭はびくっとし、アタシを恨みがましく睨みつけてから、手を放した。
コーヌと婆ちゃんを侮辱されたのは腹立たしいが、騒ぎを起こして懲罰房に行くのは御免だった。アタシも手を放してやる。
「今は楽しんでるんだ、邪魔者はどっか行きな」
厄介者を追い出すように手を振ったロッドと、キャッジと呼ばれた坊主頭に一瞥し、アタシはコーヌの肩に手を回してその場を去った。イラついたので、今日の生き甲斐探しは中止することにした。




