恋とセックス
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ギシギシと音を立てるベッドの上で、コーヌが喘いでいる。アタシは上からコーヌの敏感で弱いところを、執拗に弄り回していた。コーヌの赤らんだ顔を視界に入れながら、しかしアタシは別のことを考えていた。
……婆ちゃんが言ってた生き甲斐って、絶対にあれのことじゃない。あれは違う。あんなのは、絶対にアタシの生き甲斐なんかにはならない。絶対に違う。違う。違う。
脳内では、いつの間にか死刑の様子が再現されている。男の絶叫。違う。あんなのを求めていたわけじゃない。顔にかかった生温かい新鮮な血液。別にアタシがヤらなくてもいいことだ。忘れろ。肉に食い込んだ斧の感触。
もう、あんなことは、やらない。やりたくない。
……やらない、よね?
「ぁぃ、ぁぃょ、っちゃん——」
だって、怖かった。——あれで快感を得たアタシが。
振り下ろした斧。ヤバいことしてると思って怖かった。でも、ゾクゾクもした。紛れもない、快感だった。飛び出た脳漿。あれは、知っていい感情だったのか。あれを、好きと感じていいのか……。
「痛い、痛いってば、ネっちゃん!」
コーヌに怒鳴られ、アタシははっとして、現実に回帰する。
「ごめん……」
仰向けだったコーヌが、胸元を隠すようにシーツを手繰り寄せ、ベッドの上に座る。
房の外を横切る女の話し声が聞こえて、アタシはそちらを見る。そうだ、今は、夜の自由時間で、ここはコーヌの房、シーツで入り口を隠して、イチャイチャしていたのだった。
死刑執行の後、通常の刑務作業に戻ったアタシは、ずっと上の空だった。死刑の映像がひっきりなしに再生され、他のことは考えられなかった。コーヌと他の友達に話しかけられた気がするけど、ああ、とか、うん、とか適当に返事した記憶しかない。
アタシはベッドの上で体育座りをし、床をぼんやりと眺める。
「死刑のショックなんだろうけど、びっくりしちゃったよ、ボク。夕飯から戻ったらいきなりベッドに押し倒されるんだもん。必死でシーツかけたんだからねっ」
視界の端で、コーヌが怒っているのがわかる。そうか、死刑のことはもう知っているのか。アタシが執行したことも。
「そっか。……ごめん。なんか、むしゃくしゃしてたのかも、アタシ」
これほどまでに心を乱されたのは人生初めてだった。死刑を拒絶する元の自分と、受け入れて喜ぶ悪魔みたいなアタシが内側で戦ってて、どうしようもなかった。
コーヌがふ、と笑った気配がした。
「わかってるよ。ボクはいつだってネっちゃんの味方だからね」
ふいに、横から抱きしめられた。温もりを感じる。
「コーヌ……」
可愛い顔が目の前にある。その笑顔が、荒んだ心を綺麗にしてくれる気がした。
消灯三十分前、閉房点検開始の音楽が鳴り、アタシはコーヌの部屋から出て行く。ちなみにコーヌは一人で房を使っている。すこし前に同房の娘が釈放されたからだ。
部屋に戻ると、歯を磨いている様子の白い長髪の女の後ろ姿があった。一瞬房を間違えたかと後ずさるが、見覚えのあるエロい尻だなと思いなおし、部屋に入る。友達のヤウリィだった。
「おかえり」
ヤウリィが振り返り、口元にいつものカーブを描いて言った。輝く絹糸のようなさらさらつやつやの白髪が、振り向く動作で背中を流れる。重めのまぶたの下で、色気のある瞳がアタシをじっと見つめてくる。
「もう大丈夫そう。作業中は何話しかけてもダメだったから」
「コーヌのおかげで、落ち着いたよ」
アタシはヤウリィの隣で歯を磨き始める。ヤウリィはコップを手に取り、うがいをした。
「ところで、なんでヤウリィがいるの?」
言いながら、アタシは二段ベッドの上段に小物類が置いてあるのを確認した。木製の上等そうな櫛や爪切りや化粧水らしき容器が転がっている。
「引っ越し」
端的にそう言ったヤウリィから事情を聞くと、看守長に頼んだら引っ越しの許可が出た、と説明された。ヤウリィも看守長も、婆ちゃんがいなくなって独りぼっちになったアタシに気を使ってくれたのか。素直に嬉しい。
鍵束の音と隣の房が閉められる音が聞こえて入り口から顔を出すと、赤い長髪を背中まで伸ばした看守長がこちらに歩いてきていた。アタシよりも背が高い女だ。深めに被った看守帽の下から切れ長の瞳を房の中に向け、異常がないか確認すると、看守長は檻をスライドさせた。
「看守長、引っ越しの件、ありがとうございました」
ヤウリィが礼儀正しく頭を下げた。
「別に、お前のためじゃない」
しかし看守長は冷たくそう言い、アタシをちらっと見た。看守長は、いつもこうなのだ。アタシ以外には、だけど。
「ありがとね、看守長」
「いえ」
アタシが礼を言うと、看守長は恥ずかしそうに下を向き、顔を赤らめる。相変わらずだ。
あの制服の下のシャツの柄を、アタシは知っている。前にこっそり見せてくれた。ピンクの髪をツインテールにして、歌ったり踊ったりしているキャラクターだ。アタシにそっくりなそのアニメキャラが大好きだそうで、部屋にはアタシに似た女の子が壁や天井、棚などを埋め尽くしているそうだ。だからか、アタシを崇拝している。いざとなったら看守長を頼れば、必ず力になってくれる。なんせアタシは看守長の神みたいな存在だから。
寝る仕度を終え、二段ベッドの下段に横になる。ヤウリィははしごを登って上段に行く。上から声が届いた。
「そういえば、生き甲斐探し、順調そう?」
「ううん。昨日はコーヌと一緒にテレビ見たけど、あんまりだった」
「そう」
死刑のことに触れないのは、ヤウリィの優しさだろう。そうだ、アタシは生き甲斐を探そうとしているんだ。一旦死刑のことは忘れないと。
「難しいよねぇ、監獄の中で生き甲斐を見つけるなんてさ。ちなみにヤウリィはあるの? 生き——」
「恋とセックス」
言下に答えられ、しかも自信満々の張りきった声だったから、アタシはぷっ、と吹き出してしまった。真正面から飛んできたヤウリィの正拳突きは、避けられなかった。
「私と寝る気はない?」
「え? ふふ、ないよ」
冗談でしょ、と笑って返すと、「そう」と残念そうな声音が耳に届く。
「でも、何をするにも本気で向き合わないと、生き甲斐なんて見つからない。私は経験からそう思う。たとえばセッ——」
「わかったわかった」
アタシはヤウリィのセックス講義が始まる前に教室を飛び出した。それから、礼を言った。
「ありがと、ヤウリィ」
なんとなく、いろいろ気遣ってくれているんだろうな、と感じた。
消灯時間になり、檻の外が真っ暗になると、しばらく沈黙が続く。そろそろ眠りに落ちそう、と意識を手放そうとしたところで、
「男子棟にいるイケメン看守とかどう? 恋するならやっぱりイケメンだから」
終わったと思っていたヤウリィの恋愛講義が、また始まろうとしていた。そういえばヤウリィは元教師で、未成年に手を出して監獄にぶち込まれてきた性欲お化けだったな、と眠い頭で思い出した。でも恋かぁ、できたらいいなぁ、とぼんやり考えながら、返事したら長くなるなと思い、寝たふりをして無視することにした。




