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恋と死刑と無期刑囚  作者: 畑中雷造の墓場
第一章 恋と死刑の出会い
4/49

死刑執行①

      3


 この監獄には、女子棟と男子棟がある。男の囚人と関わることはないけれど、獄中殺人や脱獄未遂で死刑囚になったという噂はこれまでにも何度か聞いたことがあった。女子棟ではそうした監獄の禁を犯す者がいなかったので、滅多に起きないビッグニュースとしてアタシたちを喜ばせていた。しかしその死刑囚を無期刑囚が処刑することになるなんて、誰も予想していなかっただろう。

 女子棟と男子棟は外廊下で繋がっていた。鍵付きの鉄柵を三つくぐり、男子棟に着いた。

「署長、お疲れ様です」

 一年に数回程度しか見かけない副署長が頭を下げていた。いつか聞いた話によると、署長は女子棟兼全体の責任者で、副署長は男子棟の責任者という位置づけらしい。前を歩く署長が、左右に首を動かす。誰かを探しているように見える。

「今日は、お前のお気に入りの看守は?」

「ああ、彼ですか。家族の病状が悪化したとかで、一昨日から休暇を取っています」

「そうか」

 普段は通ることのない扉つきの鉄柵を何度もくぐり、アタシたちは地下に向かっていく。

やがて、一つの扉の前で署長は立ち止まる。鍵を開け、扉を開く。アタシたち無期刑囚も署長に続く。

 廊下を数歩歩くと、左側に部屋があった。署長に続きその部屋に入ると、前を歩いていた無期刑囚たちが横を見てざわめきだした。見ると、ガラス張りの窓の向こうに、男の囚人がいた。

 そいつは頑丈そうな椅子に拘束されていた。処刑用の電流椅子だろうか。しかしコードや頭に被せる器具などは見当たらなかった。目隠しをされていて、意識がないのか、項垂れている。海藻のような黒く長い髪。首の囚人番号が青字で彫られているから、元無期刑囚なのだろう。

 ——これからこいつを、誰かが処刑するんだ。

 想像すると、背中から首の後ろにかけてぞわりと毛虫が這う感覚に陥る。

「今回は初回のため、報奨金は発生しない。私の指示通りに執行してもらう」

 ガラスの前に立って影を作った署長が、左右を見渡している。アタシは動く署長の顔を無意識に見てしまっていた。

 目が合った。あ。

「お前にしよう」

「えっ」

 アタシに向かって指が差されている。冗談じゃない、と思いアタシは体をずらす。が、

「お前だ」

 署長の低い声に捕らえられる。なんでアタシが、と言おうとするも、先を越されてしまう。

「目が合ったからだ。これから『仕事』をしてもらう。断ったら死刑に処すが、どうする?」

 断ったら死刑? そんなふうに言われて、断れるわけないでしょ。

 選択肢がないため、アタシは渋々声を捻りだした。本当にやりたくない。

「……やる」

 看守に連れられ、隣の死刑囚のいる部屋に入ると、扉が施錠された。説明されて扉の中央に空けられた穴から手首を出すと、手錠を外される。中にいた死刑囚は眠っているようで、アタシが部屋に入ってきても微動だにしなかった。

 アタシは部屋をぐるりと見渡す。灰色のコンクリートで四方を囲まれた空間だった。窓はなく、天井についた白いライトが椅子に拘束された死刑囚を照らしている。左側の壁には、アタシや死刑囚が映る鏡があった。なるほど、聞いたことがある。これはマジックミラーというものなのだ。

 鏡の下には、斧やナイフやのこぎりなどの凶器が置いてあった。

「この中から好きな凶器を選べ」

 鏡の上にある黒く平べったいスピーカーから、署長の指示が飛んでくる。

 選べって言われても。好きな凶器とか、あるわけない。

 鏡の裏にいる署長を軽く睨みつけてから(目つきの悪いアタシが映っただけだったけど)、凶器に近づく。この中のどれかで、今から後ろの男を処刑するのか。

 アタシは眼下の凶器で、死刑囚を切りつけたり、刺したりするのを想像する。飛び散る鮮血や、男の悲鳴まで頭に浮かんでしまう。手が震え、心臓がバクバク鳴りだす。

 なんとなく手に取ったのは、斧だった。木製の柄の先に、四角い銀色の金属がついている。これなら、思いっきり頭をかち割れば一撃で終わるかもしれない、と無意識に思ったからかもしれない。

 正面の鏡には、斧を持って緊張した面持ちのアタシが映っていた。

 視線を外すと、背後の死刑囚も映っている。

「まずは起こせ。柄の方で頭を殴れ」

 アタシは一度つばを呑み、ゆっくりと振り返る。これから処刑するんだ、この斧で。手にした斧の刃先に視線を落とし、恐怖を感じながらも、一歩一歩近づいていく。

 言われた通りに、柄で軽く殴ってみる。

 死刑囚が、うめきながら顔を上げた。久しぶりに呼吸をするように息を吸い込み、目隠しがついているのに首を左右に動かす。

「……なんだ、これ、うご、けねえ」

 拘束具がガチャガチャと鳴った。自分が拘束されていることに気づいた様子だ。

「ただいまより、昨日脱獄未遂を犯した男の死刑を執行する。繰り返す——」

 死刑囚が目覚めると、すぐにアナウンスが響いた。さきほどと違い、若干遠くから聞こえてくる。どうやらこれは監獄全体に流しているらしい。監獄法の禁を犯した者は即時処刑される、という事実を囚人たちに知らしめるためか。

 言い終わると、ブツ、と言う音が鳴り、「準備はいいな」と死刑場のスピーカーから声が聞こえてきた。いいわけないでしょ、と毒づきながらアタシは仕方なく頷く。怖くなってきた。

 ガチャガチャと金具が鳴る音がして、男が力いっぱい暴れていることに気づく。長い髪が振り乱される。

「なにが死刑だ! ふざけんな! 妹の病院に行けるって話はどうした!」

「あれはお前を連れ出すための方便だ」

「は? 方便?」

 男が呆けたように口を半開きにする。それから、歯を食いしばり、叫ぶ。

「ざけんな! 大体俺は、たった一人の妹が今にも死ぬかもしれないっていうから、会いに行こうとしただけだ! それなのに、脱獄未遂で死刑だと! おかしいだろ!」

「無期刑囚のお前に、外出する権限はない。フェンスを超えようとしたお前は脱獄未遂犯で、禁を犯した者は死刑囚になる。昨日も説明しただろう」

 男にもそれなりの理由があったようだが、規則は規則、ということだろう。

「納得できるかよ! ふざけんな! おかしいだろ! 妹の元に行かせろ!」

 署長は男の言い分を相手にせず、簡潔に事実を並べ立てた。

「ジン。二十八歳。男。自宅に侵入してきた強盗にナイフで刺されそうになり、逆に刺殺する。無期懲役囚となる。そして昨日、脱獄未遂を犯し、死刑囚となる。——死刑、執行」

 余計な言葉を一切口にせず、署長は言い切った。

「いいか、これは国の殺人率を下げるため、国民に恐怖を与える死刑にしなければならない。ゆえに、死刑囚を楽に死なせてはならない。ただ処刑するだけでは足りない。苦しめて、いたぶって、恐怖させ、これまで生きてきたことを後悔させるような死刑にしろ。いいな」

 って言われても。そんな酷いこと、できる気がしない。

「……は、誰に言ってんだよ。……おい、そこに誰かいるのか」

 署長の指示を聞いて、ようやくアタシに気づいたらしい。男はアタシを探すように首を左右に巡らせる。

「まずは、すねを切りつけろ。全力で力を込めて」

「は? なに言ってんだ、おい! なにする気だ! おい!」

 すねを、切りつける……。アタシは震える手と斧を見下ろし、すねを横から切りつける動作を想像してしまう。息が荒くなる。急速に口が乾いていく。

「早くやれ。十秒以内にやらないと、お前も死刑囚にする。十、九……」

「え? ——はぁ⁉」

 カウント、それは聞いてない。アタシは本気で焦る。しかしやらないわけにはいかなかった。元電流椅子に座っている男がわめく。アタシは男のすねに目を向ける。

 男のそばに近寄り、斧を後ろに引く。

「おい、やめろ! 本気かよ!」

「六、五、四、三……」

 やるのか、ほんとにやるのか、でもやらないとアタシが殺される。でもこんな、こんなこと……って、そんな、迷ってる場合じゃない——! 本気でヤバいってこれ!

 アタシは歯を食いしばって、男のすねに狙いを定め、

「……二、一、」

「やめろおおおおぉ!」

全力で斧を振った。ゴッ。

「ああああああああぁぁ——!」

 男の絶叫。手に伝わる不快な感触。すねに深く食い込んだ斧の刃先。そこから滲み出る血液。

 その光景を目にした瞬間、ゾクゾクした何かがアタシの体内を這いまわった。

 目隠しのふちから涙を流し、頭を揺らす男は、断続的に、鼓膜が拒否する声を出し続ける。

「次だ」

 署長の冷酷な声が、アタシの心臓を跳ねさせる。

「斧を抜いて、腕の上から振り下ろせ。骨を断つように力を込めて。カウントはいるか?」

 アタシは反射でマジックミラーに向かって首を横に振る。乱れた息と思考で、斧の柄を持つ手に力を込め、嫌な感触を感じながら、食い込んだ刃を引き抜く。男が悲鳴を上げ、床にバタタ、と血が飛び散る。それを見て、心拍数がまた上昇する。ハァ、ハァ、と息が荒くなる。

 アタシは一歩横にずれ、目隠しをした男の「ぁ、やめ……」と発する口を見る。それから視線をずらし、椅子のひじ掛けの上の腕を凝視する。深く息を吸い、震えながら吐き出す。

 やる、やる……。

 斧をゆっくりと持ち上げ、今度は畑を耕すクワのように振りかぶった。

 息を吸い込み、歯を食いしばり、肘から手首の間の一点を見つめ、全力で振り下ろした。骨と肉を絶つ不快な音。

「ぐえあっ」

 弾けるようにびしゃびしゃ、と血液が鼻と眼球と頬にかかる。赤く染まった斧は、完全に腕を両断していた。男は椅子の背に後頭部を激しく何度もぶつけた。

「まだだ。もっといたぶってから処刑しなければ意味がない——」

 署長の声に従い、アタシは斧を振り続けた。最後に、もうほぼ死んでいる男の脳天に、薪を割るように斧を振り下ろした。脳漿が軽く飛び出た。

 死刑執行が終わると、スピーカーから署長の声がした。シャワーを浴びて、精神確認のためのカウンセリングをする、と言われたようだった。それらの言葉が、意味のない音として耳に入ってきていた。

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