死刑執行⑦
5
灰色のコンクリートに囲まれた死刑場。その中央に立つ十字架には、アタシの大好きなミストが囚人服を着せられて、目隠しされたまま固定されている。腕は横に真っすぐ伸ばされている。首に彫られた赤字の囚人番号が目に入る。真新しい。
副署長の慣れない指示に従い、アタシはミストの頬にキスしてから耳元で愛を囁く。
「っ——」
目を覚ましたミストが、首を動かす。アタシに気づいたのか口を開くが、その寸前に副署長が監獄全体へ向けたアナウンスを始める。
「ただいまより、昨日、獄中殺人を犯した男の死刑を執行します。繰り返します——」
「副署長! 酷いですよ! こんなのがまかり通っていいはずない!」
自身の危機的状況に気がついたのか、ミストは叫んだ。アタシはすでにそれを見てゾクゾクしている。目隠しというギミックは、やはりそそるものがある。
副署長はミストの訴えを無視し、マイクを切り替える。死刑場にアナウンスが響く。
「1082番、今回はマジックミラーの内側に、他の監獄の署長と、国の関係者がいます。それを踏まえて、いい死刑を執行してください」
署長と、国の人たち。口の中で繰り返し、アタシは思い出す。そういえば、コーヌを処刑した後、署長がそんなこと言ってた。つまり、公開処刑ってことだ。
「ミスト、運がいいね」
アタシは嬉しさを抑えきれずに、ニヤニヤしてしまう。ミストは黙ったままアタシの方に顔を向ける。
「だって、みんなに見られてなんて、興奮するよねぇっ! キャハハハハ!」
アタシは今、最高に興奮している。死刑場に響き渡る自分の狂った笑い声が、そう感じさせる。
「副署長! 俺は婚約者を殺された復讐をしただけだぞ! こんなの絶対間違ってる! おかしい!」
「ミスト。二十八歳。男。看守として本監獄で勤務。昨日、獄中殺人を犯し、死刑囚となる。——死刑、執行」
「あり得ない! ダメだ! 間違ってる! こんな制度、許されるわけがない!」
ミストが必死に唾を飛ばして叫んでいる。あのかっこいいミストが、こんな醜態をさらしている。なんていい光景だろう。アタシは身震いする。
「アタシ、大好きなミストを、ずうっと処刑したかったんだ」
斧を引きずる音をわざと立てながら、ミストの周りをゆっくりと歩き回る。
「ホント、夢が叶って嬉しいよ」
「副署長! なんでわかってくれないんですか! 俺は死刑囚なんかじゃない! 間違ってるのはこの制度と、署長だ!」
くしゃくしゃの金髪を前後に揺らして喚くミストに、しかし返答はない。
アタシは正面で立ち止まって、怖がってちょっぴりだけ首をすくめる素直な反応のミストを鑑賞する。可愛い。
「ミスト、なんでずっと無視してるの? アタシとミストは、ずっと両想いなのに。キャハッ」
ミストが歯を食いしばる。でも、何も言ってくれない。
「もう、強情だなぁ。——じゃあ、もう始めちゃおっかな~」
アタシはわざと斧の峰をミストの足の甲に当ててみる。ブルブル、とミストの体が震えた。
「あれぇ? どうしたの? 寒いの? キャハハ!」
それでもミストはまだ口を開かない。だったら——、とアタシは横に伸びたミストの指先に狙いをつける。腰を捻り、斧を肩の後ろに引き、十字架ごと壊す勢いで刃を指に叩きつける。ガン!
「ぐっ、ああああああ——!」
「キャハハハハハハ!」
親指以外の四本の指が切断され、鮮血とともにミストの足元に転がり落ちる。爽やかな整った顔が台無しになるほど口を開けて絶叫するミストは、新鮮この上なかった。
「ミスト、そんなふうに鳴くんだね! アタシ知らなかったよ!」
斧を担ぎ直し、床にしゃがむ。何指かわからないけど一本拾い、よく眺める。綺麗な指だ。ああ、あああ、あっ、とミストは呻いている。あぎ、と指の先を噛んでみる。ついでに舐めてみる。ちょっとしょっぱくて、鉄の味がする。これがミストの体の一部だと思うと恋しくなる。
「おいしいよ、ミスト」
指を放り捨て、立ち上がって斧を肩に担ぐ。ミストがその気配を感じたのか、俯き気味だった顔をアタシの方に怯えるように向けた。
その姿を目の前にして、アタシは前に夢で似たようなものを見たな、と思い出す。
「やっぱり、ずっとこうしたかったんだ——」
幸福感に包まれる。そう、あの夢で気づいたんだ、セックスも死刑も、大好きなミストとヤりたいって。あの時からだよ、アタシがもっとミストのことを知りたいって思うようになったのは。もっと好きになりたかった。もっと距離を縮めたかった。本当は、アタシのことを本気で好きになってほしかった。——そしたら、今よりもっと最高に気持ちよくなれた。
アタシは首を振り、後悔を振り払う。愛を深められなかったのは、今さらもうどうしようもない。今はこの幸せな時間に集中しよう。
「——っ、イカれてるんだよ、このクソ女がぁ!」
ミストが痛みを我慢しながら、歯が擦り切れるほど食いしばって憎悪を飛ばしてくる。目隠しの下から透明な涙が溢れている。
「なんで俺が、こんなことされなきゃいけないんだ! 俺は、ジンの仇を討っただけなのに!」
ミストから出る言葉がもう諦めに変わりつつあるのを感じ、アタシはゾクゾクする。
「ジンじゃなくて、ミスト、今はアタシだけを見ててよ」
アタシは近づいて、ミストの目隠しを剥ぎ取る。目が合う。金色のまつ毛に縁どられ、潤んだ青い瞳が、アタシの心を射抜く。脳が、とろける。それほどに、愛おしい。
「ああ、ミスト、なんていい顔なの? 大好き!」
たまらなくなって、そっと頬に手を伸ばす。
「やめろっ!」
顔を背けて、本気で嫌な顔をされる。……ああ、すごくいい。うっとりしてしまう。
「我慢できない、ごめんねミスト」
目隠しを取って表情を見てしまうと、触れるだけでは物足りなくなってしまった。
今度は太ももの外側に向かって、思いっきりガツンと斧の刃を叩きこんだ。柔らかい肉と、骨にぶつかる感触。
「ああああああっ——!」
赤が数滴床に飛び散り、斧をじっとりと濡らした。
「いい、いいよミスト、ああ、ほんとに好き、大好き!」
斧を引き抜くと、粘ついた体液が糸を引いている。官能的にさえ感じる。ミストの顔を間近で見つめる。今まで見たことのないミスト。鼻面にしわを寄せ、口の端から唾液をだらしなく垂らし、涙と鼻水で顔面はぐちゃぐちゃ。ふと下が気になり目線を下げると、股に大きな濡れ染みができていた。
「あれ? ミスト、お漏らししちゃったの? キャハハハ! か~わいいっ」
頭を垂れて息も絶え絶えに喘ぐミスト。指と太ももから血が流れ、股はびしょ濡れ。
もう、最高の気分だった。ここで人生が終わってもいい。
「ネネ……」
と、思ったのに。え?
「俺、死にたくない」
ミストがくしゃくしゃの金髪をわずかに揺らし、アタシの目をまっすぐに見つめてくる。
「なんとか、今からでも、中止に出来ない……か?」
「え?」
「やり直そう、最初から。……俺、ネネのこと、本当は好きなんだ……」
「……えっ」
今、なんて言った。好き? 本当は、アタシのこと、好きって言ったの?
ミストは維持するのが難しいのか、震えながらも唇を閉じ、目をつぶってアタシに向けてきた。キス顔。アタシは一瞬にして虜になっていた。濡れて艶めいて見える唇に、アタシは吸い寄せられていった。
「ん……」
優しく重ね合わせる。
ミストが目をゆっくりと開け、微笑んだ。再び目を閉じ、今度は舌を滑り込ませてくる。アタシは我を忘れて、ミストの顔を両手で挟み込み、貪るようにそれに応えた。頭の奥が痺れていく。もっと、もっと愛を……。
「——痛っ」
突然、舌に激痛が走った。アタシは反射的にミストの横顔を殴っていた。離れると、ミストの前歯が赤く染まっていた。舌を噛まれたのだ。口内に血の味が広がる。
アタシは舌を出し、触ってみる。大丈夫、噛み切られてはいない。ちょっと切れただけだ。
へぇ……。
これだけやられてもまだアタシを殺したい。その執念と強い想いを感じ、アタシはなぜだかゾクゾクしてくる。もう、この感情を抑えきれない。
斧を担ぎ、振り下ろす。絶叫が部屋中に響く。斧を振り切り、切断する。絶叫。振り下ろす。振り下ろす。振り下ろす……。
「……し、ね……死、」
「キャハハハハハ! こんなに抗ってくるなんて、ミスト、やっぱり最高だよ! 大好き!」
囚人と看守という立場では、この夢は決して叶わなかった。アタシは今、最高に幸せだ。
大好きな人の脳天に、全力で、斧を振り下ろした。
「キャハハハハハハハハハハハ——!」




