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恋と死刑と無期刑囚  作者: 畑中雷造の墓場
第四章 恋と死刑の嗜虐囚
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アタシが楽しんで処刑したから

      4


 と、なるはずだったのだが。

「死ねえぇええええええ——!」

 バン!

 突如横から大きな音がして、

「やめろっ——!」

 女の叫び声が耳を貫いた。来るはずだった衝撃とまっ黒な憎悪の気配が、直前で霧散した。ミストが動きを止めたのだ。遅れて、今のは看守長の声かもしれない、と思い当たる。

 死刑場入り口の方に意識を向けると、ざっざっざっ、といくつかの足音が入ってきて、

「ミスト。貴様を殺人容疑で逮捕する」

 男の声がした。え? は? アタシの混乱をよそに、正面にいたミストが「な、放せ!」と叫び、がちゃ、と聞き慣れた手錠の音がした。複数の足音が遠ざかっていく。

「え……? なに、がどうなってるの?」

 静まり返った死刑場でひとり疑問を口にすると、横から返事が来た。看守長の声だった。

「病院で署長が一瞬だけ意識を取り戻し、『ミストにやられた。伝えてくれ』と言ったそうです」

「え」

 あ、やっぱり署長はあの時点ではまだ生きてたんだ。そして、証言してくれたのだ。

「救急隊員がそれを警察に伝えた後、警察はミストに証拠を隠蔽されないように、署長の証言の裏付けとなるようなものをできるだけかき集めてくれていたようです」

 看守長がアタシの目隠しを優しく外してくれる。

「それで、アタシが殺ったんじゃないってわかったんだ」

「はい。……ほんとうに、っ、よがっだ……」

 よほど張りつめていたのか、看守長はいきなり泣き崩れて、アタシに寄りかかってきた。胸がすぐに濡れてくる。涙も息も、熱かった。看守長にとってアタシは神も同然だったな、と思い出す。

 ふう、と息をつくと、緊張していた体の力が抜けた。

 楽しんで死刑をしてきたことへの天罰が下ると思って覚悟してたけど、アタシがここで死ななかったってことは、別に罰を受けるようなことじゃなかったってことだよね。


 冤罪とはいえ死刑囚だったアタシを無期刑囚に戻すには、書類上の手続きが必要だったようで、アタシはもう一日だけ死刑囚房に戻った。

 そして翌日。死刑囚房に看守長がやってきて、警察がミストを自供させたと説明を受けた。

「無事書類も通りました。ネネ様、一般房に戻りましょう」

「そっか。ありがとね」

 死刑囚房から出て行くとき、「ネネ、行っちゃうの?」と向かいの扉の隙間から覗くチェロピが寂しそうな声で言ってきた。実は冤罪だったことや、死刑寸前で取り消しになったことだけは昨日伝えておいた。

 アタシは立ち止まり、しゃがんで扉越しに目を合わせて笑う。

「大丈夫、また会えるよ」

「うん、わかった。……手紙、待ってるから!」

 その返事を聞いて、アタシは愉快な気分になる。手紙もいいが、早く直接会いたいものだ。


「死刑囚になったって聞いてた」

 房に戻ると、ベッドの上段から、目を丸くしたヤウリィの驚いた声が降ってきた。死人が化けて出たとでも言いたげなその表情が面白くて、アタシはすこし笑う。

「なったのはなったんだけど~、まあ戻ってきたって感じ?」

「どういうこと? 全部最初から説明して」

 アタシがベッドにふぅ、と腰を下ろすと、はしごを降りてきたヤウリィがすこしイラついたように眉根を寄せた。

「どこから説明しようかな。あ、じゃあ——」

 アタシはヤウリィにあの日被服室から抜け出した後のことを話した。

 え、とか、は、とか言うヤウリィの顔は新鮮だった。都度疑問に答えつつ話し終えると、ヤウリィはぽつりと言った。

「——そう。とても災難だった」

「まったくね」

「けれどとにかく、無事で良かった」

 友だちとして、本当に心配してくれている。アタシを見るヤウリィの瞳は優しい。

「ありがと」

 礼を言うと、ヤウリィが「なるほど」と宙を見てあごに指を当てる。

「ミストは同性愛者だった。だから私はそそられなかった」

 ああ、とアタシも納得する。ヤウリィはミストに手を出さないの? と聞いたとき、ビビッと来ないからと言っていたっけ。

「さすがはヤウリィ。いいアンテナ持ってるね」

 頭に触角のように指を当ててみせると、ヤウリィが口角を上げる。

「それにしても、セックスできなかったのは残念。ネネにとっても、私にとっても」

「ふふ、だね。……ヤりたかったなぁ」

 セックスして、気持ちよくなって、ミストとの愛をもっと強固にしたかった。コーヌはそれにすこし嫉妬するかもしれないけど——、と普段の思考が束の間現れ、コーヌの笑顔が蘇る。アタシは緩く頭を振り、都合のいい幻影を追い払う。

「コーヌはもういない」

 それを察したのか、ヤウリィが隣で言う。

「……うん」

 そうだ、コーヌはもういない。アタシが楽しんで処刑したから。

「けれど、それを悲しみ続けるのはコーヌも望んでいない」

 アタシは横を向く。ヤウリィの綺麗な横顔は、記憶の中のコーヌを懐かしんでいるように見えた。きっとヤウリィの中のコーヌも、明るく笑っているのだろう。

「だから、コーヌの分まで、私たちは楽しく生きる」

「うん。そうだね。好きなことして、楽しく生きよう」


 翌朝、檻の内側で開房点検を待っている時、横でヤウリィに言われた。

「ネネ、なんか今日色気すごい。ムンムン。どうかした?」

「ちょっと仕事が楽しみなだけだよ」

「仕事?」

 そう、仕事。念願の、夢にまで見た大仕事だ。

 朝食を摂り、食堂から戻ってきて房で一休みしていると、死刑囚担当看守がやってきた。

「1082番、出ろ」

 お、早い。作業場に行く前に呼ばれるなんて、最初の死刑以来だ。

「やっぱり今日は特別なんだね」

 嬉しくて、口角が勝手に上がってしまう。

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