チェロピ
「クズ、か……」
冷たい床に横たわって、全身の痛みに侵されながら、でも、あいつの言う通りかもしれない、とも思っていた。
快楽殺人犯。たしかに死刑をしているときのアタシは、その言葉がふさわしいほど歪んで狂って壊れている、と自分でも思う。死刑になって、当然の人間だったのかもね。なんだか意味もなく乾いた笑いが出てきて、その度にお腹や背中がズキズキと痛む。
「ねえ、大丈夫?」
遠くから、そんな声がした気がする。飢えと痛みと冷たさと暗さで、とうとう幻聴まで聞こえてきたのか。アタシは自分に嘲笑する。
「ねえ、大丈夫? ねえ」
しかし、今度はさっきよりも大きな声で呼びかけられた。誰かが、呼んでいる? 誰だ?
アタシは痛む体を床から引きはがし、壁に背中を預けて耳を澄ます。
「生きてる? 聞こえてるなら、返事して」
やっぱり、これは幻聴なんかじゃない。アタシは四つん這いで扉に近づき、隙間から向こう側を覗いてみる。すると、向かいの房からも同じようにこちらを見ている女の子がいた。
「あっ、よかった。さっきすごい音したから。大丈夫?」
「……うん。まあ、なんとか」
心配の声をかけてくる死刑囚に、アタシは訝しみながらも返事をする。
「あんたは、誰なの?」
目元を見る限り、ずいぶん若いように思える。年はアタシと同じかそれ以下かもしれない。
「あ、わたしはね、チェロピっていうの。よろしくね、えっと……」
「チェロピ⁉」
その名前を聞いて、アタシは思わず声を張り上げていた。
「え、どうかしたの? わたしの名前、なんか変だった?」
「いや、違う。アタシ、ちょっと前からチェロピって娘と手紙のやり取りしてたから」
「え、手紙⁉」と今度は彼女が驚いた。「じゃあ、もしかして!」
文通の相手の娘だ! アタシの体中の痛みや渇きや空腹が、一時的に吹き飛ぶ。
「うん、ネネだよ」
「うわあ~、ほんと⁉」
ほんとほんと、と頷くと、チェロピの目尻が下がる。
「嬉しいなぁ~。え、すごい偶然だね、ほんと!」
「そうだね、アタシもビックリしたよ、まさか会えるなんて思ってなかった」
こんな形で会うとは思ってなかった。丸文字から想像していた以上に可愛らしい声だった。アタシは俄然目の前の少女に興味が湧いた。
「ねえ、もっとよく顔見せてくれない?」
「いいけど、どうやるの?」
「うーん。……あ、その隙間の下からゆっくり上がってきてくれない?」
「あははっ。わかった、やってみるよ」
扉の隙間の向こうに水色っぽい髪と頭が現れ、次に真ん中で左右に分けられた生え際と白い額が見え、ぽてっとした眉、人懐っこそうな垂れた瞳、小さな鼻、無邪気に笑っている口と綺麗な歯、赤字の囚人番号が彫られた細い首が流れるようにアタシの目に映る。
「どうだった?」
チェロピが隙間に指をかけ、ワクワクと嬉しそうな瞳をアタシに向けてくる。
「最高。超可愛かった」
「え~。ほんとかなぁ。あ、そうだ、ネネも見せてよ」
それからアタシたちは、手紙のことや一般棟での暮らしのこと、ここに入る前の楽しいことをお喋りした。水も食糧もくれなかったと伝えると、チェロピは怒り、「朝食のときは別の看守が来るから、わたしがちゃんと言ってあげる。なんなら私のも分けてあげる」と言ってくれた。
「最近ね、死刑の間隔が早まってるのか、ここから連れて行かれる人が前より多いみたいなんだけど、何か知らない?」
「……さあ、知らない」
「そっか」
最後にそんなやりとりをして、アタシたちは会話を終えた。




