お前は異常者だ
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頬を涙が伝う。目からどんどん悲しみが溢れてくる。
「——っ」
生き甲斐を探すとか言って恋してきたけど、そもそも無期刑囚が生き甲斐なんか、感じちゃいけなかったのかな。
『イカれてるんだよお前』
『気色悪いんだよお前。いい加減に死ね』
思い出したくないのに、ミストから言われた言葉が勝手に頭の中で何度も再生される。アタシに向ける憎悪と軽蔑の混じったような表情もまぶたの裏に張り付いて消えない。
でも時折、それを覆そうとするように、明るい笑顔や、優しくしてくれた時のことも蘇ってくる。
「っ……」
あれだけ言われて、傷つけられても、まだミストとのいい思い出を振り返ろうとするなんて。やっぱりまだアタシ、ミストのことどうしようもなく好きなんだ。
泣いたせいで頭の中がだるい。アタシは壁に後頭部をコツン、とぶつけ、目の前の真っ暗闇をぼんやりと眺める。これから、どうなっちゃうんだろう。
ああ、死刑か、と考える間もなく答えが出てきた。すぐ処刑されるって言ってたもんなぁ、ミスト。ミストの爽やかな笑顔が浮かぶ。ぶんぶん、と首を振ってその顔を脳裏から消す。死刑、そうか、処刑されるんだ、アタシ。
無期刑囚の誰かに処刑される自分を想像していると、視界の端で、扉の隙間の光が消えたのに気づく。
すぐに、ギィ、と音を立てて扉が開く。背中まで伸ばした長い髪が目に入り、そこに立っているのが看守長だとわかった。扉を閉じ、中に入ってくる。首だけ後ろを向き、扉の向こうの看守が歩き去ったのを確認したのか、アタシに近寄って片膝をつく。
「どうしたの、看守長?」
アタシが座ったまま問うと、看守長はすぐ横で、帽子を脱いで頭を下げた。
「力及ばず、ネネ様を死刑にさせてしまいました。申し訳ございません」
「看守長のせいじゃないよ。騙された、アタシのせい。顔上げて」
「すみません」看守長は顔を上げてアタシを見る。「あの男が殺ったという証拠を見つければ、どうにか死刑を回避できるかもしれないのですが……」
「いいよ」
アタシは看守長の首の後ろに手を回し、胸に抱き寄せる。手錠のせいでやり辛いが、頭を撫でてやる。あっ、と可愛い声が下から漏れる。
「ありがと、看守長。でも、もういいんだ」
「そんな。ネネ様……」
腕の中で、アタシを見上げる気配がする。アタシは看守長の髪に唇を落とし、最後に感謝を伝えた。
「看守長。今までありがと」
喉が渇いて仕方ない。今何時だろう。お腹も空いた。
力のない体で扉に近づき、隙間から外を見ると、ちょうど看守が来たところだった。正面の房の隙間に、パンや皿などが乗ったトレーが置かれ、中に吸い込まれるように消えていった。食事の時間だ、と喜びが胸に沸く。よだれが口内に溢れ出してくる。自分の扉の隙間にトレーが置かれるのを待つが、その前に扉自体が開いてアタシは後ろに尻もちをつく。入ってきたのは男看守だった。
「よう。腹は減ったか」
その声で死刑囚担当看守だ、と気づく。トレーを手に持っている。ごくりとよだれを飲み込み、手錠のかけられた両手を伸ばす。
「うん……。ちょうだい……」
男は扉を完全に閉めてから、膝立ちの状態のアタシにトレーを近づけてきた。受け取ろうとすると、突然脇腹に猛烈な痛みが走った。蹴られたのだ。アタシは横倒しになる。
「う……」
男は蔑むように見下ろしてきた。
「お前みたいなクズに食わせる飯はない」
なんだ、こいつ……。無防備な状態で食らったので、強烈に痛い。
「毎回死刑場への送迎で、お前の顔を見て気づいていた。お前は異常者だってな。快楽殺人犯だ、イカれてる。署長まで殺しやがって。処刑前に俺が殺してやりたいくらいだ」
「……っ、アタシは殺してないし、それとこれとは、関係ない、でしょ……。早くそれ、ちょうだい」
「ああ、これか?」
男はトレーを床に置いた。アタシは野良犬みたいにそれに飛びついた。
でも、そこには空になった皿しかなかった。
こいつ……! 一気に頭に血が上り、アタシは立ち上がって突進していた。
しかし結果は惨敗。警棒で殴られ、殴られ、殴られ、殴られ、殴られ、殴られ、
「このクズ女が。早く処刑されろ」
そう吐き捨て、男は出て行った。




