セックスするかもしれない
11
被服室に戻ったアタシは、ただ黙々と手を動かし続けた。ヤウリィも、何も聞いてこなかった。夕食のときも互いに黙っていた。房に戻って点呼を終えると、夜の自由時間が始まった。アタシは二段ベッドの上段にいるヤウリィに話しかけた。
「ヤウリィ、コーヌのことだけどさ」
友達として何から話そうか、と逡巡していると、先にヤウリィが自分の考えを伝えてきた。
「ネネ。私、いろいろ考えたけれど、詳しくは知らなくていい、と思った。最期にどんな話をしたかは、ネネとコーヌの二人だけの話。ただ、私に何か言っていたのなら、それだけは聞く」
ヤウリィもコーヌとのお別れの時のことは聞かないでくれるみたいだった。それもそうか、死刑、だもんね。
「『ありがとう、楽しかったよ。ヤっちゃんにそう伝えて』って言ってたよ」
「そう……」
「うん」
それっきり、ヤウリィとアタシは無言で自由時間を過ごした。毎日どこかへ出かけていくヤウリィが、今日ばかりはずっとベッドの上にいた。きっと、コーヌと過ごした日々や楽しかった気持ちを、思い出しているのだろう。
閉房点検が終わると、アタシたちは洗顔を済ませ、ベッドに腰かけて一緒に歯を磨いた。
スースーする歯磨き粉のせいなのか、アタシは急に明日のことを思い出した。ミストとの待ち合わせのことだ。ヤウリィにも協力してもらわなければならない。
「ヤウリィ、言いにくいんだけどさ……」
コーヌのことで落ち込んでいるこの状況で言うのは抵抗があった。ヤウリィのほうを向けずにアタシは切り出した。
「明日、ミストとセックスするかもしれない」
視界の端で、白いものがポロッと落下した。横を向くと、それは歯ブラシだった。ヤウリィが放心したように口を開けて固まっていた。
「ヤウリィ?」
「え、あ……えっ? 今、なんて言った?」
「だからその、ミストと明日セックスするかもしれないって」
「ええっ⁉」
心底驚いたような声を出すヤウリィ。
「それ、なに、言われた? え、言った? 明日ヤるって」
「ちょっと、落ち着いてよヤウリィ」動転するヤウリィにそう言い、アタシは続ける。「そう言われたわけじゃないけど、明日倉庫に来てくれって言われて、どういう意味って聞いたら、首にキスされて、まあ、それしかないかなって感じだけど……」
「そ、そう……。え……、あ、明日⁉」
「そうだって……。ヤウリィ、落ち着いてしっかり聞いてよ?」
「わかってる」
全然わかってない。目と鼻息が全然わかってない。ヤウリィ?
「明日の朝、八時十五分に倉庫で待ち合わせしてるんだ。それで、ヤウリィにはヤリ看と保健室に行って三十分くらい時間稼ぎしてほしいんだ」
「三十分で足りる?」
脳がセックスに支配された様子のヤウリィに、アタシは呆れながら、わかんないけど、と続ける。
「正直、素直に喜んでいいのか、わかんない。コーヌがいなくなって、昨日の今日でこんなことするのってどうなんだろうって。まだ心がゴチャゴチャしてるっていうか……」
「けれど約束した」
「……うん。雰囲気で、絶対行くって、言っちゃった……」
「なら、もうヤるしかない。明日のセックスを全力でヤり遂げる以外、選択肢なんてない。コーヌとのセックスを我慢していたのは、そのためでしょう?」
「え、知ってたの?」
「見ていればわかる。明日のチャンスをものにしないと、あっちでコーヌが怒る」
「……そう、かもね」
たしかに、コーヌはずっと、無期刑囚のアタシの幸せを願ってくれていた。コーヌのせいで幸せの好機を逃したなんて言い訳したら、口を尖らせて怒ってきそうだ。
「わかった。明日、頑張るよアタシ。ヤウリィ、ヤリ看のこと、頼んだよ」
「当然。いい報告を待ってる」




