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恋と死刑と無期刑囚  作者: 畑中雷造の墓場
第三章 恋と死刑の代償
39/49

——矛盾してる。

     10


 死刑囚担当看守に連れられ、アタシは廊下を歩いていた。ぼうっとする頭に、かすかに水の流れる音が聞こえてくる。そちらに視線を向けると、ちょうどトイレの電気が消え、看守が出てきた。

「ミスト……」

 トイレから出てきたのはミストだった。ハンカチで手を拭きながら、アタシたちに近づいてきた。死刑囚担当看守に言った。

「お疲れ様です。あの、僕が代わりに送っていきますよ。ちょうど今から戻るところですので」

「……そうですか。では、お願いします」

 すこし迷ったようだったが、死刑囚担当看守はアタシの手錠を外した。

「行こうか」

 ミストはアタシに小声でそう言い、背を押してゆっくりと歩き出した。

 隣にミストがいる。アタシは、どんな顔をするのが正解なのか、わからなかった。だって、アタシがミストに恋しなかったら、ロッドに憎まれることはなかったし、コーヌが巻き込まれることもなかった。死刑になるなんて結末、あり得なかった。大好きなコーヌをこの手で処刑することもなかったし、こんな気持ちになることもなかったはずだ。

「ミスト?」

 これから作業場に戻ると思っていたが、途中でミストは立ち止まり、廊下の前と後ろを素早く確認し、ポケットから鍵を取り出した。なにしてるの? と聞くアタシを無視して、ミストは備品庫と書かれている部屋の扉を開錠した。もう一度廊下を確認し、手招きした。

「おいで」

 言われるがままにアタシは部屋に入った。薄暗く、静かな感じがした。雑多なものが棚中に置かれている。ミストが後ろで鍵を閉めた音がした。

「座ろうか」

 握った手を引かれ、扉からすこし離れた壁際にミストが座り込む。股の間を空けていて、アタシはそこに導かれるようにして座った。尻がひんやりして、背中が温かい。

 ミストがいきなり、アタシを後ろから抱きしめた。心臓がトクン、と跳ねる。温もりと心地よさがアタシを包む。

 でも、その体温で、コーヌを思い出してしまう。コーヌの熱い体が、可愛い笑顔が、交わした大切な言葉が、心の内から溢れ出てくる。

 涙が出る。

 もういないんだ。会えないんだ。抱きしめられないんだ。

 最後に触れたコーヌの髪の硬い手触りが、まだ手のひらに残っている気がする。

 ——矛盾してる。

 アタシはそう思う。本当に、涙なんか流す権利はない。

 でも、涙は流れ続ける。アタシは、きっとおかしいから、泣けるんだ。


 アタシの中の悲しみが出尽くすまで、ミストはただ黙って抱きしめてくれていた。

 目に残った涙を袖で拭いて、鼻をすすっていると、ミストがティッシュをくれた。

「ありがと」

 鼻をかんだティッシュを丸めると、ミストが躊躇なく手から奪っていく。それにちょっと笑い、またありがとう、と言った。

「ネネ」

 ミストがアタシを抱いたまま喋り出した。

「コーヌのことは、俺からは何も言わないし、聞かない。それはきっと、ネネが時間をかけて整理していくことだと思うから」

「……うん。そうだね」

 そのための最初の時間を、今ミストはアタシにくれたんだ。

「ミストのおかげ。ありがと」

 そう呟き、首を後ろに向ける。ミストはゆるりと首を振った。

 それからしばらく沈黙が続いた。

 心もだいぶ落ち着いたし、そろそろ作業場に戻ろうかな、とアタシは首を回し、ミストの目をちらと見た。すると、ミストはまだ何か言いたそうな、何か言葉を探しているような表情をしていた。言い出すか迷っているようにも見える。

「どうしたの? 何か言いたいこと、あるの?」

 気になったので促すと、ミストは、一呼吸入れてから、重そうな口を開いた。

「こんなときに、言うことじゃないかもしれないんだけど……」

「ん? いいよ、聞きたい」

 アタシが言うと、ミストは「わかった……」と言って切り出した。

「明日の朝、作業を抜け出して倉庫に来てくれないか?」

「……倉庫?」

「そう、明日、署長が休みなんだ。外の作業もないから、倉庫には誰も近寄らないし」

 話が見えない。署長が休み? 誰も近寄らない? だから倉庫に行く?

「え、どういうこと?」

 聞くと、ふいに首の横に温かいものが触れた。吐息がかかる。ミストの髪が頬に当たって、アタシはキスされたことに気づいた。え、なに⁉ びっくりした!

「こういうこと」

 耳元で囁かれ、ザワザワした。

 アタシの胸はいつになくドキドキし出し、同時に倉庫へ誘われた意味を理解した。ほ、ほんとうに……? 意識した途端、お腹の奥がうずき出す。

「あそこが一番誰にも見つからないと思うんだ。外作業も、しばらくないしね。……どうかな?」 

「うん、わかった」

 体中が、急激に熱を持ったように感じる。顔が真っ赤になっているのがわかる。

「で、でもさ……」

「うん」

「上手く抜け出せるかな。アタシも、ミストも」

「大丈夫。俺、ちょうど作業場が移動になって、見張りが二人体制の持ち場になったから、余裕だよ」

 ミストが得意の悪い顔をしている。そういえばそうだ、被服室の看守がヤリ看に代わってた。

「ふふ、相変わらず悪いね、ミストは」

「だろう?」ミストは笑う。「ネネの方は、ボートさんが見張り役だったね。……なら、ヤウリィに具合が悪いフリをしてもらうってのはどうだろう。二人で医務室に行ってもらって、ヤウリィに時間を稼いでもらうんだ。その間に、窓から出て倉庫にくれば、たぶん大丈夫だよ」

 たしかに、それなら三十分くらいは時間稼ぎできるかもしれない。

 ミストはすまなそうな顔をしていた。

「……ごめん、本当はこんなときに言うことじゃないのに。でも、なんか泣いてるネネを見たら、俺、大事にしたいなって思って、我慢できなくて、言っちゃった」

 大事にしたい。我慢できない。うわ、なんだそのセリフ。すごい心に刺さる。アタシは口角が上がっていくのを自覚した。

「嬉しいよ、ミストのその気持ち。明日、絶対行くね」

 アタシたちは見つめ合い、それから、唇を重ね合わせた。

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